その瞳の色は
✳︎ ✳︎ ✳︎
筆頭魔術師フェリアス。
大魔道士の称号を持つ、今代最強の魔術師。
その美貌は、氷のように見るものを捉え、凍てつかせてしまう。
敵になるものには容赦がない感情の読めない瞳。
ドラゴンすらその前には跪き、王都の平和は彼により守られている。
──その人、目の前にいるフェリアス様と本当に同一人物なのかしら?
うーん、たしかに美貌に関しては納得するしかないけれど?
私の手を離さないままに、ネックレスを吟味するフェリアス様は、今日も穏やかな笑顔だ。
「アイリスはどれがいい?ところでオーナー、魔石はないのかな」
魔石なんて、公爵家でも家宝として宝物庫にしまっておくような代物なのだけれど……?
「ここにはなんでもあるさ。それにここにないものは手に入れれば良い」
それなのに、なぜかこの店にはあるらしい。
宝石店といっても、とても小さな店構えなのに。
私の疑問に気づいたのか「ここのオーナーはS級冒険者だから」とフェリアス様が教えてくれた。
……王都にも三人しかいない、S級冒険者がお店をやっているの?
そんなことを考えている間に、目の前には深い蒼と淡い氷のような水色の石が置かれた。
「ふぅん。見事だな?」
「昔、海底神殿を探索した時に手に入れたものだ。それにしても、お前たち二人を待っていたみたいな色合いだな?」
「これを貰う」
なぜかフェリアス様は、値段も聞かずに即決した。
「た……高いんじゃ」
「公爵家の御令嬢が値段を気にするなんて変わっているな?現金なんか触ったこともないだろうに」
たしかに、この世界に来てから現金を触ったこともない。でも、それはこの世界での話だ。
金銭感覚については、そんなにずれていないと思う。むしろ、フェリアス様がおかしいと思う。
「いくらでも良いんだけど?でも、アイリスが気にするなら何かと交換しようか」
「──シェラザード公爵家嫡男様が歩けるようになったらしいな?」
「相変わらず情報を得るのが早い。それが欲しいのか?……何本用意すれば良い?」
「5本でお釣りがくるだろう」
フェリアス様がこちらを振り返った。
「交渉成立みたいだよ?」
笑顔のフェリアス様と、まだ理解しきれていない私。
「あのエリクサーが欲しいってさ」
「──え、差し上げますけど?」
「アイリス。あれを簡単に出したら市場が混乱してしまうよ?」
「……たしかに。それにフェリアス様が魔力を込めたお水と貴重な素材使わせてもらってますものね」
フェリアス様が困ったように「アイリスはこれだから」と笑う。背中にくっついたままの、魔人うさぎもなぜか震えている。
もしかして、笑いを堪えているのだろうか。
「交渉成立はありがたいが、その背中のぬいぐるみ、ドラゴンよりも強い気配を発しているみたいだが……大丈夫なのか?」
「──大丈夫だと思います。たぶん」
まーくんについては、私もそう答える他にない。
見た目はとても可愛いんだけど、中の人は人間ですらないのだから。
早速受け取った、フェリアス様の瞳の色をした宝石。私は今回も「フェリアス様を守ってくれるように」と願いを込めて魔力を注ぐ。
魔石というだけあって、金色の魔力を凄い勢いで吸い込んでいく。
おそらく満タンになったのだろう。魔石は一度だけ強く輝くと、そのあとは元の深い蒼に戻っていった。
「おい……それ祝福か?」
オーナーが信じられないというように首を振って、そんな言葉を呟いた。
前にもフェリアス様がそんなことを呟いていたけど、世の中では魔力を込めることを祝福と呼ぶようになったのだろうか。
「オーナーのことは信用している。他言しないでもらえるかな?」
「あ、ああ……。おいそれと広めて良いことではないしな」
それ以上は何も言わずにフェリアス様は、ただ微笑んで自分も白銀の魔力を私の瞳の色をした魔石に注ぐ。白銀に輝いたあと、魔石は元の氷のような色に戻る。
それを見たオーナーは「魔石の価値が数十倍から数百倍に跳ね上がる瞬間に立ち会ってしまった」と喉を鳴らす。
そのあとは、ちゃんと手を繋いで街を歩いた。
「さっきは、やっぱりもったいないことをした」
手を繋ぎながら、本当に幸せそうに微笑んでいるフェリアス様と歩く。
このままどこまでも、歩いていけそう。
誰とも出会わないのは、たぶん気のせい。
リリーチュールのお店に魔石を使ったネックレスとチョーカーをオーダーして帰路に着く。
お店で「国宝級のネックレスが出来そうですね」と言われた私は苦笑いするしかなかった。
今度こそ一生大事にしたいと思う。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけると嬉しいです。