ネックレスと約束
離れたくない。名残惜しい。
ずっとこのまま二人で。
唇が離れていくときに、そう思った。
今思ったことじゃない。きっと私は、自由になりたいということよりもずっと強く、それだけを願っていた。
もしも私がそう願わなければ、フェリアス様だけなら乙女ゲームの世界に関わらずにいられたはずなのに。
「アイリス。そんな顔しないで?……アイリスが今この瞬間ここにいることが、俺の幸せなんだって分かって欲しい」
「フェリアス様……」
「それとも、もっと深くつながらないと俺の気持ちは通じないのかな?」
「──え?」
黒い髪の毛が、そっと私の頬に触れて抱きしめられる。
体が熱い。どうしていいかわからなくて、震えてしまう。
「そんなに怖がらないで。アイリスが嫌がることは一つもしないから」
「フェリアス様……」
フェリアス様が優しく笑う。
そっと、手を引かれてそのまま私たちは見つめ合う。
「そういえば、ネックレス二人とも壊れてしまったね?もう一度買いに行こう。今度はきちんとした店で買いたいな」
そのまま、呼ばれたルシアに手伝ってもらい私はドレスに着替える。
今日のドレスは、赤色だった。
それでも、悪役令嬢として身に纏っていた赤とは全く違う。まるで、咲きたての薔薇の蕾のように、どこか優しい色。そして、フワフワと優しい曲線を描いたシルエット。
「やっぱり……何を着てもアイリスはきれいだ。まるで、朝露に濡れた薔薇の蕾みたいだね」
「そんな美しいものではないです……」
「ずっと褒め続けられるけど、時間が無くなってしまうな。残念だけど行こうか」
今日は、転移魔法は使わないようだ。おそらく魔力温存のためなのだろう。
それでも、こうやって一緒に歩けるなんて夢みたいだ。
なぜか「見せつけられる側の気持ちも考えてくれ」とか言いながら背中に魔人うさぎがくっついているけれど。
「ああ、今まで魔法で移動ばかりして勿体ないことをしていたな……」
そんなことを思った瞬間、フェリアス様が蕩けるような笑顔を私に向けてきた。
まるで時間が止まってしまったかのように、目が離せなくなる。
「手を引いて歩き出した瞬間、アイリスがとてもうれしそうな顔をしたんだけど……。こんな顔を見ることができるなら、もっと一緒に出掛ければよかったな」
フェリアス様はこんなにも幸せそうに笑っているのに、なんだか叶わない願い事をしているように聞こえてしまって胸がズキンと痛む。
「──これからも、いくらでも一緒に出掛けられますよ?」
「──そうだね」
そうだったらいい。そう願いながら、私たちは手をつないで歩きだす。
フェリアス様とこんな風に出かけるのは、まだ二回目だ。
そして、私が外の世界に自由に出るのも。
「一緒に出掛けられるの、うれしいです。フェリアス様」
やっぱりうれしくて、気持ちを伝えたいと笑いかける。
それを見たフェリアス様がなぜか瞠目したまま固まってしまった。
「……フェリアス様?」
しばらく動かないフェリアス様をじっと観察する。
あ、少しだけ耳が赤い。可愛いフェリアス様。
そう思っていたら、フェリアス様の瞳から光が消えてしまった。
あれれ……?
「こんなの……やっぱり誰にも見せたくない。ごめんアイリス!」
残念ながら、私は選択を間違えてしまったらしい。
気がついたら、すでに宝石店の目の前に魔法で移動していた。
もっと二人の距離が近づけばフェリアス様も安心できるのかしら。
さっきのフェリアス様の台詞のせいか、そんなことを考えてしまい頬が上気していく。
──な……何考えているの、私?!
たぶん、こんなことを私が想像しているなんてフェリアス様は知らない。
知られたら生きていけない!
背中で魔人うさぎが長い溜息をついたのを感じてますます頬が熱くなってしまった。
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