公爵家と筆頭魔術師
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リリーチュールのドレスは、なぜかどれも私のサイズにピッタリで、しかも好みのど真ん中だった。
「アイリスはどれが気に入った?」
そう言って微笑むフェリアス様に、私は「これかな……」と一つのドレスを指さす。
それは、氷のような私の瞳の色に深い蒼と白銀のリボンがあしらわれている少し大人びたドレスだった。
「そう……すべてアイリスに似合うと思うけれど、とりあえずこれに着替えようか」
「え……すぐに着替えるんですか?」
「ごめんね?これから少し付き合ってほしいところがあるから」
そう言ったフェリアス様に手を触れられると、次の瞬間ルシアの前にいた。なぜか私を飾り付けるための準備が完全に整えられている。
なんだか、用件だけを終えてとんぼ返りする出張のような忙しないお買い物だった。
「アイリス様は、やはりその色があしらわれたドレスをお選びになったのですね。じゃあ、出ていてもらえますか?フェリアス様」
ばれている……フェリアス様の瞳と魔力の色に似ているなって思わず選んでしまったことがばれているらしい。私は猛烈に恥ずかしくて赤面してしまう。
予想していたのか、ルシアが用意していたのは、淡い蒼から水色へのグラデーションが美しい宝石があしらわれた髪飾り。あっという間にメイクされて髪の毛をアップにまとめられて、鏡の前には淑女が現れる。
「あの……どこへ行くのかしら?」
「フェリアス様は話してないんですか?仕方がないお人ですね……。さ、入ってきていただいても良いですよフェリアス様」
扉を開けて入ってきたフェリアス様は、白銀のタイやカフスがポイントに使われた白い盛装。麗しすぎるその姿に、しばし呆然としてしまう。
でも、それ以上になぜかフェリアス様が呆然としているようだ。
しばらくの沈黙のあと、フェリアス様は大股でこちらに近づいてくる。
「アイリスは可愛い……。俺の色を身に着けてくれるなんて幸せだ。どうして、こんなに可愛いアイリスを人目がある場所に連れて行かなければならないんだ。それともこのまま、遠くに攫って行ってしまおうか」
「あの……よくわかりませんが褒めて頂いてありがとうございます?」
なんとなく、私を褒める時のフェリアス様は、重くて大げさで……。でも、そんな風に褒められることが嬉しいと感じてしまう私もかなり重症だと思う。
そもそも、麗しい姿のフェリアス様に比べれば、はっきりしない色合いの平凡な素顔の私がいくら着飾ったところでつり合いなんて取れないだろうに。公爵家令嬢という身分とドレスで着飾って初めて隣に立つことができるのに。
一つ咳ばらいをすると、フェリアス様が私の手を取って微笑んだ。
「アイリス、君の実家に婚約のお許しをもらいに行こうと思って」
「え?急ですね」
「まあ……やっと準備が整ったから」
そういってこちらに笑顔を向けるフェリアス様。その時、魔人うさぎが私とフェリアス様の間にピョコピョコはねながら割り込んできた。可愛い。
私は思わず魔人うさぎを抱き上げる。フワフワの肌触りは、相変わらず心を落ち着かせてくれる。
そんな私から、スルリと魔人うさぎが取り上げられてフェリアス様の腕の中へと。
「なあ……アイリスの家はおかしいと思わないのか?フェリアス」
「――そうだね。娘が魔人のための生贄になっても平気な家だ。だから、我儘放題していても許されるし……破棄されるとわかっていて王太子と婚約させた」
二人は内緒話をしているようだ。真剣な顔で、魔人うさぎに話しかけているフェリアス様まで、かわいらしく見えてくる。でも、なぜか会話の内容が聞こえない。
「だからこそ、どちらが上かはっきりさせておかないとね」
「そういうことなら」
内緒話は終わったらしい。笑顔のフェリアス様が、魔人うさぎをこちらに投げてよこす。
「魔人はもともと、聖女に対しては好意的だった。どちらかというと、聖女を生贄に扉を無理に閉ざそうとする人間に怒りを覚えている。だから、アイリス。そのぬいぐるみを離さないで?」
「……そうなの?」
「まあ、そうだな。魔人にとっても聖女は特別な存在だ」
とりあえず、公爵家へは行かないといけないらしい。
少し気が重いけれど、こちらに笑顔でフェリアス様が手を差しのべてくれるから、私は勇気を出して前に進むことを決めた。
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