新たなはじまり
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寝苦しさに目を覚ます。布団をかけた私のお腹の上で、黒いうさぎのぬいぐるみがピョンピョン飛び跳ねていた。
「えぇ……?!」
恐らくこの間フェリアス様の胸を貫いた闇の魔力を私に防ぐすべはない。たしかにフェリアス様が灰にしたのを見たのに、なぜ目の前にいるのか。
目の前を業火が通り抜ける。その炎を当たり前のように、黒いうさぎのぬいぐるみが避けた。
「はあ、何度燃やしても再生するその力、今度は凍らせてみたらいいのかな」
私を守るようにフェリアス様が正面に立った。
「まあ……魔人は序列を重要視する。俺より実力が下のお前は俺には逆らえない、そうだな?」
真面目な感じで、自分と同じ色合いの黒いうさぎのぬいぐるみに話しかけるフェリアス様は、少しシュールだ。
でも、もう逆らえないと言うなら。
「──アイリスの言いたいことが、予想できるのが嫌だ」
「……じゃあ、燃やしたり凍らせるのやめてもらえますか?」
中の魔人が、悪いことしないなら、できれば大事なぬいぐるみは手元に残したい。
「俺のこと少しでも思い出して欲しくて贈ったけど、まさかぬいぐるみに嫉妬することになるとは」
フェリアス様が、冗談か本気かわからないことを言ってくる。でも、このうさぎのぬいぐるみを見ては、なんとか心を立て直してきたのは事実で。
「甘い!甘すぎる!」
その時うさぎのぬいぐるみが、可愛い声で喋った。あれ?中の人魔人のはずだよね?
なにこれ、可愛い。
「どうして聖女はそんなに甘いんだ。そんなだから、何度もこちらの世界の扉を閉めるための生贄にされてしまうんだ」
私は別にそんなに甘くないと思う。それとも前世の感覚がこの世界の常識とズレているのだろうか。
「そこがアイリスの美徳だ。それに、その扉は俺が塞いだ。多分もう開くことはない」
「……そうだな」
「とりあえず、アイリスを守る気があるなら生かしておいても構わない。再生するものに攻撃して無駄な魔力使うのもムダだ。まあ、永遠に燻り続ける地獄の業火で焼くのでもいいけど」
なんだか、そんなふうに焼かれ続ける私の相棒を想像するとかなり悲しい。
「俺がアイリスを害するとは思わないのか?」
「…………そうなのか?」
フェリアス様の雰囲気がその瞬間変わる。魔人うさぎの耳がペタンと垂れる。可愛い。
「わかるよな?」
「わかります」
魔人うさぎとは、これからも一緒に過ごせるらしい。とりあえず、お気に入りのぬいぐるみが、動いて喋るなんて夢のようだ。
中の人魔人だけど。そんなの着ぐるみの中の人とそんなに変わらない。
「それから、アイリス。帰ったら結婚する約束だったね?」
約束しただろうか?帰ったら結婚しようとはたしかに言われたけど。
「アイリスさえいてくれれば、俺はそんな形式どうでもいいけど、アイリスは憧れとかあるよね?」
たしかにある。できれば白いウェディングドレスを着てみたい。花束を友人に投げたい。今はまだ友達いないけど……ルシアに投げよう。
「そう、ドレスはもう用意してあるから。白い裾の広がったリリーチュールのドレスだよ?楽しみにしていて」
用意が良すぎるフェリアス様に、退路が立たれるのを感じた。絶対外堀から埋めてくるタイプだと思う。
「──俺だけ舞い上がってしまって、ドレスまで用意するなんて嫌われてしまうかな?」
「ううん。フェリアス様が私を思ってしてくれたことなら、なんでも嬉しい。それに、ドレスなんて自分で選んだことないから」
「そっか、じゃあ今から買いに行こうね?」
その言葉の直後に、リリーチュールの豪華なお店の前にいた。あれ?予約半年から数年待ちじゃなかったかしら。
「この店の立ち上げの時に、出資してるんだ。アイリスにドレスを贈りたくて」
「え?」
リリーチュールの創業は、新進気鋭のデザイナーとはいっても五年以上経つのだけれど?いつから準備していたのだろう。ドレスを贈るだけなのに、なんだか壮大な話に?
豪華なドアに気後れする間も無く、フェリアス様のエスコートで店内に入る。
「いらっしゃいませ、フェリアス様」
フェリアス様は、顔パスだった。
「オーナーいるかな?」
「はい、奥の部屋でお待ちください」
呆然とするばかりの私の手を引いて、フェリアス様がどんどん店の奥へと入っていく。お店の奥に入ってしまったけれど、良いのだろうか。
お店の奥は、意外にも豪華なホテルみたいな作りだった。
「王族も作りに訪れるからね。出張はしていないんだ」
「えっ、じゃあ私のドレスはどうやって」
「そうだね。……なんでも知っているつもりだよ。アイリスのことなら」
「えぇ……」
相変わらずフェリアス様は、どこで私の好みやスタイルを知っているのだろうか。転移の瞬間、思わず掴んできてしまった魔人うさぎを見る。
今はただのぬいぐるみのフリをしているけれど、怪しい……。このずっと一緒に過ごしていたぬいぐるみが、怪しいのではないだろうか。
奥の豪華な部屋で、緊張するよりも、私はそのことが気になって仕方がなかった。
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