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【電子書籍化】 目覚めたら悪役令嬢の中でした  作者: 氷雨そら
幕間 悪役令嬢の中の人と少年魔術師
11/74

2回目の自由と再会


 侍女に髪を整えられている時に、急に私は自由を取り戻した。前回少しだけ動けてから2回目だ。あの少年の事も気にかかるけれど、断罪回避のために行動を起こさなくては。


「あの……悪いけど、髪の毛は巻かなくていいわ。今日はそういう気分じゃないの」


 侍女がほんの一瞬、また私のわがままが始まったという顔をした。私は、これはチャンスだとばかりに表情を取り繕って侍女に告げる。


「一人になりたいの。しばらく部屋に入って来ないでくれる?」

「かしこまりました。お嬢様」


 こういう時に、普段の悪役令嬢っぷりが役に立つ。心の中で、いつも丁寧に私に対応してくれている侍女に謝りつつ、私は窓から下をのぞき込む。


 私の部屋は1階の一番日当りのいい部屋にある。今は庭には誰もいない。いつも公爵家令嬢として暮らしている私が、窓から抜け出すなんて誰も思わないだろう。


 窓を開け放って、私は表へと飛び降りる。ドレスが重い。いつもこんなドレスを着て生活している悪役令嬢アイリスをある意味私は尊敬した。


 私はいつも自由がなくて、物語の進行を悪役令嬢の中から見ているばかりだった。それでも、しっかり抜け出すことができそうな場所は確認している。一か所だけ太い蔦が生い茂っていて、壁を上ることができそうな場所がある。しかも、公爵家からは大きな木のおかげで死角になっているのだ。


 ドレスの裾が重い。それでも必死になって私は、蔦を掴んで上っていく。普通なら上ることなんて不可能だと思うのに、なぜか蔦が私の足の裏をそっと押してくれるような感触があった。


(気のせいだと思うけど……)


 壁の上に立つと、さすがに公爵家。飛び降りたら確実に怪我をしそうなほど高い。それでも、次にいつこんな機会があるかわからない。あの少年に会うまで、7年以上自由にできる瞬間なんてなかったのだから。


「危ないからそんなところから飛び降りないで」


 一人の少年が慌てたようにこちらに手を広げている。壁の外には知り合いなんていないはず。でも、時間が限られている私は、その忠告を聞かずに壁から勢いよく飛び降りた。


 その瞬間、強い突風が私の体を浮かび上がらせる。そして私は、その少年の真上に落ちていった。怪我をすることはなかったけれど、下敷きにしてしまった少年の安否が気になる。


「あの……大丈夫?」

「俺は大丈夫だけど……今回も無茶するね」


 ほこりを払いながら立ち上がった少年は苦笑しながら言った。初めて会ったはずなのに?


 でも、その少年の黒髪には見覚えがあった。


「あなた……あの時の」

「そうだよ。まさか公爵家のご令嬢様だったとは思わなかったけど。久しぶりだね?会いたかったよ、アイリス」


 まるで遠距離恋愛の恋人に、本当に久しぶりに会ったような笑顔で少年が私に笑いかける。以前あった時はフードのせいで顔だちは見えなかったけれど、とても整っていることがわかる。


 ──それに今、魔法を使った。


 忘れられるはずもない、私の魔力と一つになった白銀の美しい魔力。あんなに、少年の体の中で荒れ狂っていた魔法。少年は今は自由に扱うことができるようだ。


 ──天才っていたのだわ。


 私は衝撃を受けていた。悪役令嬢アイリスは、我儘だが決して怠惰なお嬢様ではない。そこだけは好感が持てる。公爵家の令嬢にふさわしくあるために、日々努力をしている。

 それでも、魔力暴走を起こしてからここまで短期間に、自分の魔力を操作できるようにはなれなかった。


 それにくらべて、この少年はすでに風の魔法をあんなにも自由自在に操っている。さっき、壁を上ることができたのも、土魔法で蔦を操ってくれたのではないだろうか。


「あの……あなた」

「フェリアスです」

「フェリアス様?」

「フェリアスでいいんだけどな……」


 少し困ったようにこちらを向けて微笑むフェリアス様。笑顔の破壊力がすごい。大人になったらどれだけモテるのだろう。私はぼんやりとそんなことを考えていた。


「あ、そうだ。この間はごめんなさい」


 私は、魔力暴走を抑えたあとすぐに、もとの状態に戻ってしまったため失礼な態度をとってしまったことを謝りたかった。


「……アイリスが謝ることなんて一つもない。あの瞬間、魔力の流れが急に大きく変わっていたし君の意思でないことはすぐにわかったから。一体君は何に囚われているんだ」


 フェリアス様の、前回は見ることができなかった深い蒼の瞳が真剣な光を帯びる。この人なら、もしかしたら私の境遇を話したとしても笑ったりしないで信じてくれるのではないだろうか。


「私、実は……」


 その瞬間、前回は感じることができなかった寒さを感じた。今、フェリアス様が言った魔力の流れが変わるという意味を私は理解する。


 まるで十二時の鐘が鳴って魔法が解けてしまうように、私の意識は悪役令嬢を後ろから眺める存在へと変化していく。


「ごめんなさい……迷惑かけてしまう」


 フェリアス様から離れなければ。このまま悪役令嬢に戻ってしまったら、フェリアス様にあらぬ疑いがかかってしまうかもしれない。


 その瞬間、フェリアス様が私の肩に手を置いた。その瞬間、ぐにゃりと景色がゆがんだような感覚がして、気づいた時には私の部屋に戻ってきていた。


「安心して……俺にとってはアイリスが与えてくれるものすべてがご褒美みたいなものだから。迷惑をかけるなんて思わないで」


 転移魔法なんて不可能といわれているおとぎ話の中の魔法ではないのか。そして、フェリアス様の顔色が悪い。次の瞬間、「必ず助けてあげるから」と一言告げたフェリアス様は私の前から消えて、私は部屋に一人取り残される。


「あら、私の髪の毛どうして完成していないのかしら……早く侍女を呼ばないと」


 侍女さん、私のせいで悪役令嬢アイリスに怒られてしまったらごめんなさい。私は心の中でさっきの侍女に謝罪する。幸いに、不思議に思っただけだったようで侍女が怒られることもなく、私はいつもの縦巻きロールに整えられた。


 それにしても、フェリアス様の顔色は悪かった。転移魔法については研究されていることは知っているし、古の大魔道士は使うことができたとお伽噺では語られている。

 でも、実際に使うことができる人を公爵家令嬢である私ですら聞いたことがない。


 私の体は、また私の意思と関係なく動き、そしてしゃべりだす。

 その分私は、フェリアス様のことを考える時間だけはいくらでもあって……。


 フェリアス様は大丈夫なのだろうか。だいぶ無理していた気がするのだけれど。


 それでも、また会いたい。私の中で、フードをかぶった少年の姿は、今日出会った黒髪に深い蒼の瞳をしたフェリアス様へとすっかり書き換えられる。


 次に自由になった時に会えたらうれしい……。そう願った瞬間から、色あせているように見えていた世界に色が戻ってきたような気がした。


 私は、この人生で初めて淡い期待と希望を胸に秘めた。

最後までご覧いただきありがとうございました。


『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるととてもうれしいです。

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『目覚めたら悪役令嬢の中でした』


html> イラストは木ノ下きの先生に描いていただきました。加筆改稿書き下ろしたっぷりの電子書籍版もどうぞよろしくお願いします(*´▽`*)
― 新着の感想 ―
[良い点] 短い時間しか会えなくても、二人の間にはつよい絆が結ばれていますね(^_^) フェリアス様は、すでにカッコよく、すでにアイリスに並々ならぬ執着を感じているご様子でした!現場からは以上です^_…
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