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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
エピローグ
53/53

53.全ては半世紀前の思い出話

 水平線から日が昇った。

 熱され始めた空気が、海の上を心地よく吹いている。

 陸から少し離れた海の上で、霧子はただ一人、湖畔を探していた。


「湖畔! こはーん!! どこだ! 返事をしろー!! こはーん!!」


 返事は返ってこず、声は木霊せず壁も無い水平線の先へと消えていく。霧子は歯を食いしばり、海に潜る。

 潜った海の中は冷たくも、海面から照る光が無数の線になって降り注いでいる。

 そんなに明るいんだ。湖畔が居れば分かるはず。でも居ない。

 じゃあ、光の届かない海底か? うっかり罠にはめた時は、自力で海面に戻って来たんだ、潜っているだけかもしれない。

 そう思い、海底にまで潜っていく。


「……」


 でも、一番底の砂にたどり着いて、無数の生き物を見かけても。湖畔はどこにも居なかった。


「ぷはっ!!」


 霧子は、海面に顔を出す。

 痕跡は、何一つ見つからなかった。瞳刻の遺体も、式神達の残骸も、湖畔のなにもかも。まるで全部が、限界を過ぎて、弾けてしまった泡のように、跡形も残っていなかった。


「……分かっていただろ。あんなに切羽詰まった中で言い出した事を許したら、どうなるかなんて……くそっ……」


 霧子は海面に浮き上がり、そして膝を落とし俯いた。


「生きていてくれると嬉しいとか言っといて、こっちがその気になったら、勝手に居なくなるとか、ふざけんじゃねえぞ……湖畔……! 畜生!!」


 霧子は悪態を叫ぶ。でも、それに返ってくる言葉も無い。

 どれだけ言葉を重ねても、どれだけ今の事を長く語ろうとも。それは語っているだけで、何かを変えるわけじゃない。

 音の木霊さえもほとんど無い海面の上で、霧子は次々に後悔を言ってはその事を身に理解していった。






 バサバサ。道を歩いていると、近くの草むらに隠れていた鳩が飛び去った。

 花束を抱え歩いていた和泉は、その後を目で追った。視線の先には入道雲が空高くまでそびえていて、夏の真っ盛りの陽ざしを見せていた。


「……海の上と比べて、蒸し暑いなぁ……」


 ぽつり呟き、ふと気が付いてみれば、石作りのタイルが目の前に見え始めていた。

 その視線の先には、たくさんのお墓達が静かに並んでいる。この町の、墓地だ。

 和泉は深く一呼吸をすると、その中に一歩足を踏み入れる。

 左右には最近のものから大昔のお墓までが並んでいる。そんな中を通りすぎ、和泉は一番奥の、一段高く作られたお墓に向かった。


「久しぶり、湖畔お姉ちゃん」


 今出来る限り、お墓に優しく微笑んでみせた。

 そこには、町の長となっている泡眠家の、大きな墓があった。

 その墓の名前一覧には、歴代の先祖の名前が、その家系を表すように十数人以上の長い名前の数が連ねられている。そして、その名前達の一番最後には、先日海に攫われ、死亡したとして、泡眠瞳刻の名前が書き連ねられている。


「…………」


 和泉は、自分の父親の名前をしばし見つめていたが。やがて首を振ると、そのまま先祖の名前を追っていく。

 そして、その中の途中に「泡眠湖畔」と「泡眠美湖」の名前が見つかった。


「……変だよね。湖畔お姉ちゃんが死んだのって、つい数週間前なのに。こんな……こんなっ……大昔に名前が書かれているなんて……」


 和泉は声を震わせながら墓に花を添える。湖畔は、本来数百年も昔に、泡眠家の人柱の贄となって死んだ筈であった。それなのに、大昔の人の筈である湖畔の事を、和泉はどうしても知っていた。

 湖畔は最後まで、自分が和泉に救われたと言い続けていた。けどそれ以上に、巨大なイクチに初めて出会た時の霧子、栄螺鬼の群れに。自分が直前まで気づかないでいた、自分自身が死ぬという運命。そんな定めからも救ってくれた。

 命の恩人として、和泉は湖畔の事をよく知っていた。


「よお、和泉」


 ふと、背後から声がした。

 和泉が振り向くと、そこには穴がしっかりと埋まっている柄杓に、半分ほど水が残っている桶を持った霧子が立っていた。


「キリねえ。お父さんと、お母さんのお墓参り?」

「ああ。それと……湖畔のな」


 霧子は、湖畔の名前を言い出した辺りで、声を曇らせ、俯く。

 黙る霧子。その俯いた視界の中に、小さな掌が入り込んできた。和泉の手だ。


「一緒に、お姉ちゃんのお墓参りしよ?」

「……ああ」


 霧子は小さく頷き、お墓に水をゆっくりと駆け始めた。




 線香の火が灯り、細い煙の糸が伸びる。和泉と霧子は、ゆっくりと手を合わせ祈った。


「……足跡も残っている、ね…。幽霊みたいなあたしを、生きているって言ってたのは、案外間違いじゃなかったぞ。湖畔……」

「……お墓参りも、できるしね…」


 霧子は頷き返す。


「…あたしはさ。湖畔の奴を、あたしの家族の墓参りに付き合わしてやりたかったよ」


 ぽつりと、お墓を見ながら霧子が喋る。


「あたしの両親は、どうもあれから離婚もしないで、ずっと生涯寄り添ってたらしくてな。一緒の墓に入ったってな。会えなかった二人の最後を聞けたのは、お前のおかげだって、言ってやりたかった」

「……そう」

「…それで、さ」


 霧子はそう言うと、お墓の名前一覧をそっと指さす。


「ん……?」


 和泉は霧子が指をさすままに、その先を追う。

 そこには、湖畔の名前と、その妹、美湖の名前が刻まれていた。


「もう一つ言ってやりたかった。お前の妹が、その後子供を残して、それが代々子孫を繋いでいったって。その末端が、和泉ちゃんだなってさ」

「!!」

「……お前は美湖に何もしてやれなかったなんて言うが。美湖の残した大事なもん、守り抜けたじゃないかって、言ってやりたかった……!」


 そう言って、霧子は和泉とは反対側の方を向いて、小さく肩を震わせた。

 小さなしゃっくり声。和泉は、初めて霧子が泣いている所を見た。


「……キリねえ…」


 和泉は、その背中を見つめる。


「……あたしが、成仏しないで残ったのは…。恩返しがしたかったんだ。こっちの願い叶えてもらったんだから、湖畔が、おまえをこの先幸せにできるよう、何か手伝ってやりたかったんだ」


 きっと、和泉が自分の妹の血だと改めて認識したら、今後その為に生きていくだろうって思った。霧子はそう言った。


「……」


 和泉は、改めてお墓に刻まれた湖畔の名前を見直した。その横の、先祖である美湖の名前を見直した。

 そして、お墓の上を見て立ち上がった。


「……キリねえ?」

「……」

「私、やりたい事がある」


 拳を握り、自分の中に湧き上がる熱に従い、口に出す。


「湖畔お姉ちゃんは、壊してはいけないルールよりも、私に生きていて欲しいって思ってくれた。この先、色んな魂が、この世界にいろんな姿で生き返っても、私が生きてくれた方が良いって思ってくれた」


 それは、湖畔を失って数週間。母である白地から聞いた、湖畔の選んだ思いであった。


「私、湖畔お姉ちゃんがそうしてくれた事が、この先間違いじゃなかったって、見せたい」


 和泉は霧子に顔を向け、胸を張って言った。


「お母さんと一緒に、色んな戦い方を教えて。生まれ変わった人たちと、生きてる人たちが一緒に生きていけるよう、私が頑張っていく為の、戦い方を教えて!」


 その時、墓地一帯に強い風が吹いた。

 辺りの木々がさざめき、ざわざわと音を鳴らす。


「……分かった。湖畔の代わりに、最後まで見てやるよ…」


 ざわめきの中で、霧子の言った声はハッキリと和泉に聞こえた。






 雪が降り始めた。

 無数に並ぶビル群の屋上で受ける雪は、思ったよりも和泉の肌に答えていた。

 スマホが濡れるのが嫌だから、2020年を指しているニュースのサイトを落とし電源を切る。


「ふぅ……霧子、遅いな……。もう先行の子達、動き始めちゃってるのに」


 遠くで翼の羽ばたく音が聞こえ、そちらに顔を向ける。

 数件遠くのビルの屋上から、人とはやや離れた姿をした二人組が夜の空へと飛んでいくのが見えた。一人は両腕が翼になっている、いわゆるハーピーと呼ばれる姿の魑魅魍魎。もう一人は、青白い肌にコウモリの翼が特徴的な吸血鬼だ。


「和泉ー」


 仲睦まじく飛んでいく二人を眺めていると、霧子がビルの屋上を跳び渡ってやって来た。


「霧子。遅いじゃない、あの子達先に行ったよ?」

「あ? あー、この辺りの区で最近話題の二人か」

「そう、タンカーの魑魅魍魎達、落としたって言うね。片方は最近生まれ変わったそうだけど、酷い魑魅魍魎嫌いだったって」

「それで、今じゃあの仲か」

「うん。最初はうまく合わなくても、やっぱ変われるものね」

「ははっ」


 霧子が軽く肩をすくめる。


「にしては……。出会ってから48年。お前は変わらなすぎだ」


 そう言う霧子に対し、和泉も軽く笑い返した。

 その姿は、湖畔を思わせる真っ白な髪に、厚めの灰色のコート。そして、20代前半程に見られる、スリムな体形だった。


「ふふ、私は良いのよ。老いちゃったら、湖畔お姉ちゃんとの約束も果たせないもん」

「あっはっは。そんだけ健康じゃ、あたしもいつ成仏できるんだか」

「ぎりっぎりまで頑張ってくださーい」


 そう言って、和泉はぴょんっとビルの屋上沿いに建てられた柵の上に飛び乗った。辺りに、件のターゲットが居ないかどうかを探す。

 すると、こそこそとビルの屋上に姿を見せる、死に装束を着た荒れ果てた姿の魑魅魍魎が見えた。それは階下を見下ろし、ぎろりと、下の明るい街道を行きかっている人間を睨みつけていた。


「さ、ここ辺りの区の鬼島さんに、久しぶりって顔見せる前に、一発やっていきましょ」

「オッケーオッケー。贈れんなよ、和泉!」

「霧子こそ!!」


 そう言って、和泉は軽く膝を曲げると、足元に小さな泡を作り、バネのように跳び上がった。

 冷たい空気を全身に浴びながら宙を舞う。

 そして、手元に紙を集結させお札を作り、それを現れた魑魅魍魎に向けて振り下ろした。


「てやああああぁぁああ!!」


 鋭い刃物のように飛ぶお札。それは人間を狙う魑魅魍魎に届き、まばゆい閃光を放った。


 和泉は、湖畔の事を忘れていない。

 自分に生きていてほしい言ってくれて、これからの世界に死んでいくはずの人生を止めてくれた、大好きな姉の事を。

 だから、幾らかの魂が、様々な魑魅魍魎の形をとって、この世に転生し後者(あともの)と呼ばれる者になりだしたこの世界で、和泉は戦い続ける。

 いつか人が蘇るこの世界が、そうであったとしても、当たり前のように生きていけるようになるまで。


おしまい

 

こんばんは、斉木明天です。

これにて、旧名『泡神様は膜の中の君を思う』、現在名『コハン様の記憶とその重量』、最終話で簡潔です。

ここまで見てくださり、本当にありがとうございました。


いやはや……第2作目、無事に完結です。今回の話は、無事綺麗に完結で来た前作、ハーピーは街道に似合わないから48年前、1973年頃に、なんで世界は死んだ人が魑魅魍魎に生まれ変わってくるようになったか? という事を語る、前日談のような緩い繋がりの物語として書きました。

本当に……かなり、混乱とスランプに見舞われましたが。無事完結出来て良かったです……。


前作を書き終わってから2週間か、そのぐらい。書き終わってみると、なんだか毎日、小説を書く前の、何かが落ち着かなく感じる日が続いたので、また小説を書こうと思って書き始めました。

庭で洗濯ものを干してたら、急に泡の神様で、記憶を分離するお母さん見たいな子、って感じでイメージが浮かんで。思いついたならやってみよう! って書きましたが……いやはや、今回はかなり反省が気になる部分がたくさん出ました……。


ざっと羅列すると……。

・前作みたいな人がたくさんいた組織から、人との出会いもなさそうな所に主人公をほっちゃったから、話が含まらない

・前作と違う事をやろうとしすぎて、無理に1人称で最初書き始めて、色々破綻しちゃった

・キャラの心理描写で延々と気持ちを文章に書いてしまう癖がついて、話が進まない

・相変わらず、三幕構成で言うところの第二幕前半が苦手で、かなり苦労する

とか、その他もろもろ色んな問題に気づく。教訓みたいになった執筆活動でした。


 一番面白かったのが、初期アイデアでは命乞いしてひいこら付いてくる仲間、ぐらいしか考えていなかった霧子が。願いにまっすぐで、話をまっすぐ引っ張ってくれるメインキャラクターになってくれたことですね。正直、話の大半霧子に助けられて、彼女の影響の結果。最終的に湖畔が湖畔として生きてくれるようになりました。

 やっぱり、何か願いがハッキリとしていて、それに頑張れるキャラが居るっていうのは強いですね……。霧子みたいな子を、今後とも書いていきたいです。


 さて、第2作目はこれで完結! ここまで見てくださり、改めまして本当にありがとうございました!! 投稿するたびに見てくださったと分かる閲覧数が、本当に心の支えになりました。

 読んでくださり、良かったと思ってくださったら、是非ブックマークや評価も頂けると幸いです!


 また、以前書いていたハーピーは街道に似合わないですが。この度、裏でやっていた作業が無事終わり、アマゾンのKindleで、電子書籍として販売開始しました!

 表紙はオリジナルで描き、内部は誤字等を修正し、少し部分部分で文章を直したり加えたりしております。

 アマゾンで『ハーピーは街道に似合わない』と検索すれば出て、KindleUnlimitedに加入しいる方ならそのまま読むことが出来るので、是非読んでください!


 次回作は、現在はまだふわっとした状態ですが。イメージとしては、久々に大勢が出てくるような、キャラが集まっている魑魅境の組織での出来事を、新しい主人公でやっていこうと思います。

 色々、辛い事もあったりする中なので、パーっと明るいヒーロー小説とか書いてみたいです! 書いている最中で、急に暗い方向に傾きすぎたりしないように…出来る限り頑張って見たいです!


 それでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!

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