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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第六章:泡神様が願う道
49/53

49.力も道も何もかもが遠く

「ぐっ……」


 湖畔は、式神の素体と半ば同化しかける瞳刻を睨む。

 はじけた筈の左腕は、式神の腕となって動きなおしている。内側から血がにじんでいるのだろうか、じんわりと赤く成り続けているのだが、その度に、式神の紙がその表面に張りつき、見かけ上の白さを取り戻している。


「ぐおおぉぉぁぁああ!!」


 辺り一帯にとどろく絶叫をあげると、瞳刻は白地に向かって跳び込み、腕を振るう。

 白地はそれに対し間一髪で横に避ける。


「!」


 しかし、湖畔は恐ろしいものを見た。避けられたばかりの瞳刻の顔が、邪悪に勝ち誇った笑みを携えていた。


「身を守って! 白地さん!!」

「えっ?」


 避けたばかりの事で、どういう事だと白地がたじろいだ次の瞬間。

 瞳刻を中心として、半径5メートル程の範囲の砂浜から、真っ白な槍のようなトゲが無数に飛びだした。


「!!」


 その内の一つが、白地の右腕を貫いた。


「あぁぁぁああっ!!!」


 甲高い痛さを語る悲鳴が、静かなはずの砂浜一帯に響き渡った。

 湖畔は、血の毛が引いた。


「白地さん!!」


 急ぎ、瞳刻の目の前で貫かれた白地の元へと駆け出す。

 まさか、こんな芸当ができるなんて。振り下ろされた式神の腕は、地面に着地したタイミングで、砂浜の中に変形して潜り込んでいったんだ。そして、砂浜に浸透したところで、一斉にトゲのような形状を持って、地上に突き出したのだ。

 湖畔は近場に漂う泡を足場に、瞳刻目掛けて高く跳ぶ。


「重し軽し、浮かび上がり給う!!」


 手から出した泡で、瞳刻を包もうと振りかぶる。彼から、神力を…。つまり、魂そのものを摘出できれば……全部が終わるんだ。


「……っ!?」


 しかし、その結果がうまくいくことは無かった。

 魂でなく記憶。直接の命じゃない分、今までの行いで罪悪感が軽減していた事は確かにあった。命そのものを分離し、息の根を止める事は確かに怖かった。

 だが、それ以上にやるべき事の為に瞳刻から、魂そのものを分離する気持ちで攻撃をした。

 なのに……泡は、瞳刻を包めなかった。瞳刻に触れる前に、彼の体から湧いた白紙が、泡を逆に包み込んでしまっていた。


「そんな……」

「……ですから、もう弱ってるんだよ、泡神様。今のままじゃ、価値が無い程に」


 瞳刻が侮蔑の目を持って湖畔を見る。その直後。式神の腕の側面から、先ほど霧子を叩いたように翼が現れた。翼は先ほどよりも二回りは多く。湖畔を横から叩き飛ばした。


「かはっ…!」


 湖畔は宙を舞い、横たわる和泉の上を通り過ぎ、海へと落下した。

 瞳刻は満足そうにそれを眺め笑うが、その足元で、斬撃音がした。


「ん?」


 瞳刻が腹を見ると、()()()()()()()()()()()湿()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、霧子が目の前でしゃがみ込み、もう一つ、白地を貫いているトゲを根元から切り崩していた。


「勝手に守ってんのかよそれ。笑えねえな……」


 斬られたトゲは空中に霧散する。

 痛みに堪え崩れる白地の体を、霧子はそっと抱きかかえると、海に向かって駆け出した。


「うあっ、ああぁ…!!」

「しっかりしろ。大丈夫だからな……」


 霧子は白地を抱きしめながら歯を食いしばる。

 腕には穴が開いており、血が流れ続けている。

 人間の体でこんな怪我をするなんて。痛みという物を、本当に死ぬときの体験まで味わった霧子は、その苦しみが分かってしまい、やるせなかった。


「えほっ、ごほっ! はぁ、こほっ、はぁ……」


 湖畔が砂浜に上がり戻ってくる。


「何……今の一撃……」


 青白く傷んだ殴られた方の腕を見て、湖畔は歯を食いしばる。

 先ほどの攻撃なんかより、更に力が強くなっている。拮抗していると思っていたのに、大型の式神を何体か瞳刻自身に戻されただけで、一気に向こう側に旗が上がってしまった。

 これは、まずいかもしれない。

 湖畔は痛みを堪えつつ、和泉の元に膝を着き、そっと和泉を抱き上げた。……改めて触れて見て、思う。

 なるほど。たしかに瞳刻の力は圧倒的だ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「湖畔! お前まで……大丈夫か…」

「まだ平気。白地さんは…?」

「ま、まだ。う、ううぅ……」


 白地は、まだ無事な方の手を、ぽっかりと穴の開いた腕に沿える。

 手か淡く光り、白い紙があふれ出すと、腕の穴の表面を包み込み、隠した。


「その場しのぎですが……。瞳刻のあれには、届きません……」


 白地は、うっすらと目を開け、瞳刻を見る。

 瞳刻は、大きな腕を携えて、ゆっくりとこちらに迫っていた。


「くっ……海に!!」


 湖畔はそう言うと、砂地に手を当てる。

 大きな泡が吹きあがり、湖畔、霧子、白地、和泉。4人を包み込んだ。

 そのまま、湖畔の意のままに海上を滑り、海中に沈んだ。




「その場しのぎだけど……今のうちに、体制を整え直すよ」


 月明かりがゆっくりと照らすだけの海中の中。湖畔達は息を整える。

 白地は式神の紙を貼った腕を淡く光らせ、少しでも回復するように念じる。霧子も、噛まれたばかりの両腕を回し、どのぐらい動かせそうか確認をする。

 湖畔は、このまま瞳刻から距離をとれないかどうか、海中を見渡す。

 しかし、海面を、真っ白な何かが何体も飛び交っているのが目に見えた。

 包囲網だ。こっちが後ろ手を取っているこの間も、瞳刻は逃がさないと、式神を放っているようだった。

 消耗していて、和泉による神力供給が無いこの泡じゃ、出せる速度もそこが知れている。変に逃げようとして泡が弾けたら。人間である白地と和泉の命を、むやみに危険にさらすことになりそうだ。


「なんてことなの……こんな、こんなに自分が弱いなんて……」


 瞳刻に叶わない。それが悔しくてたまらなかった。

 自分自身が衰えているという事を知らしめられて、()()()()()()()()()()()()()()()()という事を、現在進行形で証明されていく。


「そんなの許さない。和泉ちゃんを、食べるなんて、させない」


 湖畔は、再び海上に飛びだし。強大になった瞳刻との再戦に向けて呼吸を整える。


「……ん、んんぅ……」


 その時、狭い泡の中に、幼い少女の声が微かに響いた。


「!」


 この声は。湖畔は、和泉の顔を見た。


「……湖畔お姉ちゃん?」


 ぼんやりとした声で、和泉が声をあげた。


「和泉ちゃん!」

「和泉…」


 湖畔と霧子が、頬に汗を垂らしつつ見る。


「和泉!!」


 その中で、白地が今にも泣きそうな声をあげ、和泉を抱きしめた。


「え…? ……! おかあ、さん? ……おかあさん。やっと、会えた……」


 まどろんだように眠たげな眼をしながらも、和泉は抱きしめられる中で微笑みを浮かべた。満たされたように、声に暖かさが灯っていた。


「キリねえもいる……3人が、集まるなんて、すごいなぁ……」

「ああ、居るぞ。……どうしてもしておきたい事があったしな」

「あはは、すごいなぁ…。嬉しいよ、キリねえ…」

「……和泉ちゃん、今はゆっくり休んで……」


 湖畔は少し目を逸らしつつ、下唇を軽く噛んで、小さく言う。

 父親がお前を湖畔に喰わせるために、襲い掛かってきている最中だよ。なんて言えるわけがなかった。

 そんな地獄に、和泉には何も見せないままで、終わらせたかった。


「え…? 湖畔お姉ちゃん?」

「今、ちょっと大変な状況でね。……私達3人で、和泉ちゃんを守ってるの。大丈夫、3人いれば、どうにかなるから…」

「……ああぁ」


 和泉は、小さく頷いて相槌を打った。


「お父さんが、わたしを食べさせようとしてるんだね」

「そ……え?」


 そう、と言いかけて。和泉の言葉が遅れて頭に入ってきて、言葉が止まった。

 その場に居た霧子に白地。二人ともまでもが、同じように顔を強張らせ、固まった。


「…………な、なんで?」


 湖畔が小さく声を出す。


「……知ってたの?」

「……なんとなく、なんで和泉が、あそこにいたんだろうなーって考えてたら。そうなのかなって、思った」


 度々、湖畔の心の儚く脆い部分を言い当ててきた少女は。儚い微笑みを湖畔に向けた。

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