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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第六章:泡神様が願う道
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48.白心たる式神の統率者

「たあぁぁああ!!」


 湖畔が第一声を掛け、瞳刻に駆け出した。

 それを見て取った瞳刻は、背後に控えさせる獣の式神の中から、人を上回る大きさの狼と狐の式神を仕向けた。

 式神両者は、躊躇なく湖畔に牙を剥きたてる。

 しかし、湖畔は空中に浮かんでいる泡に目を向けると、近場の泡を踏み台にして、式神達の攻撃を躱し上を取った。


「重し軽し、浮かび上がり給う!」


 泡から跳び、身体を逆さに回しながらパンっと手を打つ。両手から二つの泡を飛びださせると、式神それぞれを泡の中に閉じ込めた。

 あっという間の出来事に、式神は驚き外へ出ようと泡の表面に爪を掻き立てる。その最中、湖畔は砂浜に着地すると、式神2体が閉じ込められている泡それぞれに手をかざした。


「分離せよ。…魂!」


 その掛け声と同時に、泡が強く輝いた。中の式神達は、それぞれがびくんと大きな痙攣を起こし、やがて、それぞれに掛けられた術に抵抗するように暴れる。しかし、それも少しの間。やがて静かになり、それぞれの胸元から、淡い光を外に放つと、先端から元の紙の切れ端に戻り、崩壊した。

 ふぅっと息をつく湖畔。その横を、風がなびくように何かが通り過ぎた。霧子だ。

 霧子が見据える先は、瞳刻本人。湖畔に式神を仕向けた事もあってか、瞳刻の手元はガラ空き、今が攻撃のチャンスだと踏んだ。


「てやぁあ!!」


 柄杓から鋭く狭められた水が噴き出し、刃物となる。それを瞳刻に向けて振り下ろした。


「僅かに狭め、顕現しませ、鳥の神」


 瞳刻は落ち着きそう唱えると、両腕を前に掲げる。すると、掲げられた両腕の表面が真っ白になり、白い紙きれが腕の上でささくれ立った。

 霧子の柄杓が瞳刻の脳天を割ろうと迫る。しかし、瞳刻の腕から、合わせて一対の翼が飛びだした。翼は、大きく内側から外へと羽ばたくように振られ、霧子の柄杓を防いでしまった。


「なっ! おいおい嘘だろ! さっきは首飛ばしたじゃねえか!」


 驚く霧子の声を、式神の翼は聞かない。

 しかし、霧子の背後で式神を浄化し終えた湖畔が振り返ると、額に冷や汗をかき叫んだ。


「避けて霧子! そいつ全身を顕現させる分の神力を、翼だけに圧縮させてる!!」

「はっ!?」


 そんな芸当出来るもんなのか? 霧子は脳裏に疑問を浮かべると同時に、柄杓の穴の向きを横から前に直し、両手で強く握りなおした。

 咄嗟に霧子が構え直した直後、柄杓を防いでいた式神の翼が、一気にはじけ飛んだように見えた。

 いや、はじけ飛んだわけではない。翼を構成している細かい紙の切れ端が、外側に向けて散弾銃の嵐の如く、切れ端を噴出させたのだ。それぞれの速度は鋭く、細かい鉄の破片が飛散しているかのような殺傷力を伴っていた。


「噴出せっ、水よ!!」


 穴あきの柄杓の両淵から、円を描くように水が噴き出し、盾のように展開された。

 しかし、展開するのが少し遅く、水の盾が展開される前にいくらかが、霧子の顔に突き刺さった。


「がっ、がああぁああ!!」


 霧子は後方の砂地に、体制を取り直す事もできず倒れてしまう。顔面に無数の存在しない穴ができたようだ、裂けるはずの無い肉が、顔面のあちこちで切れている。霧子は急ぎ自分の顔に手を当てたくなった。

 だが、瞳刻は怯むことさえも許そうとしない。腕を霧子に向けて傾け、式神の翼による射撃を継続した。

 仰向けに倒れる霧子は水の盾を構え続ける。式神の破片は水の盾に当たってはしっけてしなびて、水流のままに四方に飛んでいく。もし、これを解除したら、その時が霧子の最後だ。


「霧子!!」


 湖畔は急ぎ霧子の助けに入ろうとする。しかし、無慈悲に霧子に攻撃を続ける瞳刻の背後から、5匹ほどの猫の形をした式神が飛びだした。

 猫の式神のうち3匹は、砂地の上を駆け、まっすぐ湖畔に襲い掛かる。


「っ! 邪魔だ!!」


 湖畔はそれらの攻撃を舞い避け、一匹を通り際に泡の中に閉じ込め、浄化した。残り2匹相手にも、泡を飛ばし、内部に閉じ込める。

 咄嗟の反撃だったが、それだけで瞳刻の期待通りの結果になってしまった。

 湖畔に向かって行かなかった残りの2匹の式神が、水の盾の下側に潜り込む。


「なっ! こいつら!!」


 そして、柄杓を構えて防いでいる霧子の両腕に回り込むと、それぞれ、二の腕に強くかみついた。舟幽霊の肉に食い込み、真っ黒な血が噴き出す。


「がっ! があああぁぁああ!!」


 痛みに悲鳴を上げる霧子。それに伴い、水の盾の出力が乱れ、途切れかけ始めた。


「あっはっは。いいぞ、そうそうそれだ…‥」


 邪悪な笑みを浮かべ、もだえ苦しむ霧子を見下ろす瞳刻。もうすぐ、霧子に式神の破片の雨を降り注げそうだ。


「やめろ! 霧子!!」


 目の前に閉じ込めた式神の分離を後回しにし、湖畔は霧子の元へ駆け出した。

 目の前で、水の盾が途切れた。


「ぐっ!!」


 その時だった。霧子の断末魔よりも先に、瞳刻が苦しい声をあげた。

 瞳刻の胸元に一線、真っ赤な線が引き裂かれた。それにより瞳刻の攻勢が崩れ、射撃が止まった。


「っ!!」


 霧子はその時を逃がさない。水の盾を解除すると、両腕を左右に振りかぶり、腕にかじりついている式神2体を地面に叩き潰す。

 式神2体の噛みつきが弱まったところで、地に付けた両腕を更に押し、上体をバネのように起こした。


「うおぉらぁっ!!」


 柄杓から水を吹かし、瞳刻向けて柄杓を縦に振り下ろした。

 瞳刻は急ぎ上体を翻し、頭部を躱したものの、その胸元には、縦に深い切り傷が刻まれた。


「ぐああぁぁぁああっ!!」

「へへっ、ざまあみろってんだ!!」


 霧子は急ぎ、後方へ宙返りし飛ぶ。着地すると、砂地で伸びている式神2体にそれぞれ斬撃をし、胴をそれぞれまっぷたつにして消滅させた。


「おのれ、この! 邪魔ばかりを! 白地ぃ!!」


 十字状に深傷を負った胸元を抑え、瞳刻は横手を睨んだ。その視線の先には、片腕の上辺にもう片手を添え、手のひらに、溢れる湖のごとく白い紙の切れ端を溢れさせる白地が構えていた。


「白地さん!!」


 その手のひらの白い湖からは、産まれ出るようにして、白い小鳥の式神が誕生している。それはふわりと白地の元から飛び立つと、次の瞬間、瞬間的な素早さを伴い、瞳刻に突撃をした。

 白地の小鳥は、弾丸のように飛び、瞳刻の左肩に突き刺さる。


「ぐああぁっ!!」

「和泉は、絶対に死なせません……!!」


 白地は目線を瞳刻から、今しがた小鳥を産み出したばかりの自分の手のひらに向ける。そして、その手のひらを、溢れる紙ごとぎゅっと握りつぶした。


「弾けよ!!」


 その掛け声と共に、瞳刻の左肩に突き刺さっていた小鳥は、真っ白な閃光と共に爆発を起こした。


「がああぁぁあああ!!」

「っ!!」


 爆発により待った砂に、湖畔と霧子は顔を腕で覆う。やがて、砂埃が舞いおそるおそる顔を上げると、そこには、左肩が焼き焦げ、その部位だけだらりと垂らし苦悶の表情を浮かべる瞳刻が立っていた。

 腕は肩部分に血が噴き出し、それさえもが焼き焦げ変色した跡らしきものが見える。もはや、左腕が動くかどうか保証できるものはなかった。


「すごい……白地さんも、式神の使いが上手いなんて」

「…使う相手も、居ませんでしたから」

「おのれ、おのれ、おのれおのれおのれ、おのれぇ!!」


 3人が攻防の末、決定的な一手を抑え込んだように安堵の息を籠らしていると、瞳刻がその安堵さえも飲み込まんほどの、憎しみに満ちた怒声を響かせた。


「この程度で、怯む身と思ったか!! まだだ、従いもせず理想ばかりを追い求める貴様らに制裁を下すまでは、終わらぬ!!」


 殺意ばかりを募らせた声をあげると、瞳刻の背後に未だ仕えている式神群の内、半数ほどがその形を崩し崩壊した。

 崩れた式神の神たちは、砂地の上を蛇のように這い、瞳刻の元へと集っていく。足を登り、腰を通り、左肩に達すると腕を螺旋状に這っていく。集合した白紙は、爆ぜて焼き焦げた瞳刻の腕を真っ白に包み隠していく。二度と動くはずがないその腕は、びくんびくんと痙攣を起こし、その大きさを2倍、3倍、それ以上に膨張させていった。


「なに、これ…!」

「退魔師……なのか? こんな戦い方が……」

「瞳刻は、女性しか生まれない泡眠家において、退魔の術に長けた故、外部より迎え入れられた身。この程度で、終わりは向かえません」


 湖畔と霧子は瞳刻というその人を語る身に横を向く。白地は、ただ昨日まで隣に居た相手を前にし、ただ静かに変わり果てていく相手を静かに見据えていた。

 やがて、瞳刻は肥大化させた真っ白な左腕を、砂地にたたき起こし、人の3倍はあるだろう高さまで砂を舞い上がらせ、宙に浮かんでいる泡の表面を濁らせた。


「さあ、続きをやるぞ、化け物どもめ」


 退魔の家系、泡眠家当主として。化け物は、3人に敵意の目を向け直した。

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