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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第六章:泡神様が願う道
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46.もう少しだけあんたと共に

「霧子……」


 力強かった式神をその一刀に伏せた霧子は、式神と湖畔を見比べて、ふぅっとため息をつく。そして、何故か満足に頷いた。


「和泉が居ないって事は、目的自体は果たせたのかね。しかしまぁ、寂しいからって姿それっぽく変えるのは、とやかく言わないけどよぉ。終わってすぐ、変なもんに絡まれて、おまえも大変だな」


 霧子は少しそっぽを向き、照れくさそうに頬を掻く。


「貴女、両親の墓は?」

「ああ。……見つかったよ、墓地に名前がね。……それで、話があるんだけどさ、湖畔。あたしさ…」


 霧子が何か言いかけたところで、湖畔が霧子の前に詰め寄る、そして霧子の腰元に抱き着いた。


「うおっ! お、おまえ、急になにを」

「まだ終わっていないの!」


 たじろく霧子の顔を見上げ、湖畔は強いまなざしで訴えた。


「なに?」

「和泉ちゃんを家には帰せたんだけど、かなりややこしい事情が分かって……とにかく、一緒に来て! まずは坂の下! それから砂浜!!」


 霧子は、自分より背が低くなった湖畔の目を見下ろす。その表情を眺めているうちに、霧子の顔も緊迫に引き締まった。


「……やばいんだな?」

「ええ」

「だったら付き合うぞ。まずは坂降りりゃいいんだな」

「ありがとう。それじゃついてき……ひゃっ!?」


 坂を下側へ駆け出した湖畔。しかし、すぐに霧子が後ろから湖畔をかっさらうように抱き上げ、胸元に抱きかかえて坂を走り出した。


「ちっちゃいんなら、あたしの方が速いだろ!」

「へっ? え、ええ! お願い!!」

「あいよ!!」


 霧子は湖畔を抱きかかえたまま、大股で角度の急な坂を下り始めた。

 一歩一歩に質量が無いように弾んでおり、湖畔は、霧子が改めて幽霊に近い存在、種類の魑魅魍魎なんだと認識する。


「ねえ、霧子!」

「なんだ! 気が散ると躓きそうだから、手短に頼む!」

「どうして、ご両親の墓を見つけたのに、成仏してないの! それさえ叶えば、満足だって。未練も無いって!」

「……ははっ、自分でまだ生きたいと思えたら生きてていいって、言ったのに聞くか?」


 霧子は坂の途中で、大きくと跳び上がる。勢いよく坂に、跳んだ位置からどんどん下がっていく地面。霧子の足元はとても幅広く伸び、着地に恐怖さえ感じそうなのに、霧子はまっすぐ地面を見据えていた。


「あたし、全部満足できたと思ったんだけどねぇ。どうしても気になる事が出来ちまって、残った」

「え?」


 霧子は、自分の身長よりも高さが開いた坂に落ちていき、力強く着地した。


「もうすぐ坂の下だぞ! 付いたら用事とっとと済ませろよ!」


 そう言い、霧子は更に坂を下る速度を速めた。





「到着!!」


 目の間にガードレールの設置された丁字路が見えてきて、霧子は足首を捻らせて速度を殺し始めた。じゃりじゃりの砂の入り混じった地面から砂埃が派手に舞い、ガードレール衝突すれすれで静止した。


「さ、次はどうするんだ? 砂浜の前にどうしてここで止まるんだ?」

「落とし物よ! えっと、何処かな……」


 霧子の胸元からぴょんっと湖畔が跳び下り、辺りをきょろきょろと見回す。周囲は塀に電灯、その灯を反射するカーブミラーといったものばかりで、遮蔽物になる物は見当たらない。やがて、ガードレールの柵を乗り越え、下を見下ろしたところで、湖畔はあっと声を上げた。


「あった! 私の身長!」


 霧子が慌ててガードレールから身を乗り出した湖畔を支えるが、霧子も釣られて下を見る。ガードレールの下には、4,5メートル下は小さな森が広がっていて、うっすらとした中の茂みの一つが、淡く虹色の光をその下に映し出していた。


「身長? 何言ってんだおまえ?」

「身長は身長よ!」


 やっと、湖畔はガードレールに足を掛けると、霧子の手から抜けて両手両足を伸ばして崖に身を投げた。


「わっ!」


 霧子が悲鳴をあげるのを後に、湖畔は崖下へと落ち、地面に激突する直前で泡を展開して着地した。

 そして、自然にはあり得ない虹色の輝きを放つ茂みに駆け寄る。がさごそと掻き分け、そこに隠れた物を拾い上げる。間違いない。それは、湖畔が式神を前にして落としてしまった、自分の身長の入った泡だった。


「あった!! ああぁ、よかった……! 元に戻れなかったらどうしようかと思った」

「っと。それって、湖畔の泡じゃないか。……えっ、まさかそんな抽象的なものさえも取り出せたの?」

「ふふ、もっと頭は柔軟にしないといけないわねぇ。っと」


 湖畔はしゃがんだまま、その虹色の液体の詰まった泡を自分の胸に押し当てる。トポンと池に小石を投げ入れたような音と共に、泡は淡い光を放ちながら、湖畔の胸に沈んでいった。

 そして、湖畔自身が全身から淡く光りを放つ。その中で湖畔はゆっくりと立ち上がるが、立ち上がり終えた頃には、元の程の高さの身長に取り戻していた。


「復活! ふふ、私の能力もなかなかね」


 微笑みながら、湖畔は霧子の元に向かう。


「驚いたなこりゃ……ん?」

「? どうしたの?」

「いや、おまえとあたし、身長はわりと同じぐらいだったよな……ちょっと、目線低くなってないか?」

「えっ? ……あ」


 訝しく見る霧子の言葉に、湖畔はハッと気が付いた。たしかに、瞳一個分だろうか、微かに湖畔の方が小さくなっているようだった。

 何が起きたと湖畔は動揺するが、すぐに答えに辿りついた。


「…空中であいつから抜け出した時、急いで泡に包んだから、漏れがあったのかも……」


 式神の最中、虹色の液体として摘出された、湖畔の身長という概念は、泡の中に急ぎ入れられた。しかし、しまいきれなかったものは、湖畔が普段記憶を宙に振りまいているように、大気中へと霧散して消えていったようだ。

 改めて実感される。自分自身の分離する能力は、そこから引きはがせないものを奪い取り、もう二度と取り戻せないように大気に逃がしてしまうのだ。それは、今になって思えば、あまりにも残酷な仕打ちを返す能力だと、湖畔は思った。


「なんでもかんでも分離できるなんてすっげえのに。そんなこえぇリスクもあるのか……」


 少し、後ろめたい気持ちが湖畔の中でぐるぐると渦巻いたとき、霧子の関心した声が、湖畔の意識を引き上げた。


「そんなあぶねえもんを、咄嗟に自分に使うなんて、やっぱおまえタフだぜ。すげえよ」


 霧子の言葉に裏表はなく、素直に賞賛が掛けられていた。なんだか聞いていると、心の内が温かくなるようだった。


「……ありがとう、霧子」

「? おう」


 湖畔は少し口元に笑みを浮かべつつ、霧子の手を掴み駆け出した。


「次は砂浜!! 和泉ちゃん……お母さんと一緒に、家から逃げてるの! 私がさっきの足止めしてて……砂浜で合流する話つけてる!!」

「!? なんか駄目な家だったのか!?」


 先を急ぎ、先ほどの霧子にも負けない速度で走り出した湖畔。おいて行かれないようにと霧子は湖畔の手をしっかりと掴む。そうして、二人は砂浜を目指した。






 ざざぁん、ざざぁん。規則的に繰り返される波は安らぎを与えるように響き続けている。しかしそこに、波の音に反し焦りを込めた湖畔と霧子が駆けてきた。


「式神らしいのは?」

「いや、見た感じいねーな。式神なら、湖畔の方が感じれるだろ?」

「それもそうね。和泉ちゃんに白地さんは、この先!」


 湖畔は駆けながら足元を見る。砂浜には、日が出ている時に3人で上陸した跡らしい、3人分の足跡だけがうっすらと残っていた。白地の足跡も無いところを見るに、足跡を余りつけない方法で向かったのかもしれない。例えば、上陸してすぐに見えた崖から飛び降りたとか。

 しかし、日中はここに着いたところで、全てが終わったような安堵感に包まれていたのを思い出した。皮肉なものだ。まさか、目指していた家が、一番惨く、恐ろしい場所だったなんて。

 今は、その現実を受け止めるようにしよう。合流して、4人で瞳刻に立ち向かう方法を考える。願うなら、そもそもの戦える力を奪う事で……。


「……奪う事で……」


 ふと、視界の端で振り続けている、自分の手が目に入った。


「……今更、なのだろうか……」

「? 湖畔?」

「……なんでもない。そろそろ、合流……っ!」


 ふと、湖畔は全身が揺さぶられる感じがした。思わず立ち止まってしまう。


「……」


 音は、波の音しか聞こえていない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、気配だけで感じてしまう。

 この砂浜の先から、瞳刻の気配を感じた。


「……瞳刻」

「? 誰だ?」

「白地さん!! 和泉ちゃん!!」


 湖畔は急ぎ、その先の光景を目にしようと駆け出した。

 砂浜は弧を描くように続いており、進み続けるにつれ、その先の砂浜の光景が見えてくる。やがて、崖で隠された向こう側の景色が見えてきた。


「!!」


 砂浜にて、向かい合う二人の人影に、横たわる一人の姿がそこにはあった。

 波を背にして白地が両手を構えている。その横手には、白く淡く光る紙の切れ端群の上にて、眠りにつく和泉が居た。

 そして、それに対し、崖側に立ち、その背後に大型の獣の式神を数体連れた、瞳刻が仁王立ちして立っていた。

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