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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第六章:泡神様が願う道
45/53

45.後悔しないために頭を使え

 湖畔たちは、見覚えのある坂の十字路にまでたどり着いた。

 湖畔が息を整えつつ、近くの石垣の低い位置を見ると。昔自分が書いた家の家紋が刻まれている。


「後もう少しですわね。砂浜まで……」

「ええ……。見つからない内に、早く」


 息を整えると、再び一歩を踏み出した。


「!!」


 しかし、その一歩はそこで立ち止まる事になった。

 大きな翼のはためきが聞こえてくる。湖畔は生命らしいものの一つも居ない結界に居続けたこともあってか、鳥の存在がどのぐらいかもだいぶ昔の記憶でぼやけている。だが、それでもその額に冷や汗をかいてしまった。

 その羽の音は重々しく、湖畔自身が知っている事の範疇で考えるなら、海坊主やサザエオニといった、敵意に近い荒々しさを感じ取られたのだ。


「あれは…っ!」


 横で、空を見上げて驚きの声をあげる白地の姿が目に入った。その全身に、影が覆いかぶさったのも目に見えた。


「!!」


 咄嗟に、白地の視線の先を追うよりも先に、湖畔は白地の前に跳び込んだ。身を投げ出し盾にするぐらいの気持ちで投げ出した背中に、丸太のように重いものが打ち当たった。


「うぐあっ!」

「きゃあっ!!」


 驚きの悲鳴を上げる白地に対し、湖畔は痛みを訴える悲鳴をあげた。

 背中に当たったのは、真っ白でありながらも、無数の紙が無理やり凝固されたようにできた鳥の脚だ。それは湖畔そのものを掴むほど大きく。そのまま湖畔の胴をわしづかみにして、大きく羽ばたきだした。


「ぐっ! 話せっ、このぉっ!!」


 バサバサと翼が羽ばたき、巨大で真っ白な鳥は、湖畔を数十メートルは上の空へとさらってしまった。


「湖畔様!」

「逃げてっ!! なんとかするから、こいつの目が届かない内に!!」


 叫ぶ湖畔。その胴が更に強い握力によって握りしめられ始めた。


「っがああぁぁあ!!」


 痛い。骨があるのなら、折れてしまいそうだ。自分の体の形を意識し続けないと、あっという間につぶれてしまいそうな程の力が入り始めた。

 こいつ。瞳刻の手先であろうが、自分を始末する気だ。湖畔はそう確信した。

 反対する二人が抵抗する中で和泉を奪いにいくよりは、1人ずつ無力化する気なのだろう。湖畔を抵抗できないぐらいに打ち負かしたら、次は白地。彼女もやられたら、あとは残った和泉をさらう。


「それなら……!」


 湖畔は、どうにか怪物を剥がせないか。もがきだす。

 泡の急速膨張での引きはがし。まずは自分を掴んでいる爪。しかし、現在進行形で肉に食い込みそうな程に掴まれており、泡を挟み込む余裕等無い。

 それなら、首だ。掴まれている足部分から、顎目掛けて、首が曲がりそうなほどに膨らませて、引きはがすんだ。


「重し軽し、浮かび上がり給う…!」


 湖畔は上体を起こし、上部に見える鳥の頭目掛けて手のひらを構えた。

 手のひらは淡く光りだし。瞬発的に巨大な泡を噴出した。泡の上部が鳥の首元に当たり、鳥を押し上げる。

 いいぞ、鳥が全身を崩した。そのまま、こっちを離せ。


「きょおおおおぉぉおお!!」


 しかし、突如鳥は大きな叫び声をあげた。空を見上げて鳴き、次の瞬間、くちばしを泡に突き刺してきた。


「ぐっ!!」


 鳥のくちばしは泡に深く食い込む。食い破ろうとしている。だが、これまでだってサザエオニがドリルのようにして突き破ろうとしてきた。このぐらい……。


「きょおおおぉぉおおお!!」

「! なっ!!」


 しかし、鳥が更に力を入れて押し込むと。泡はパァンと割れてしまった。

 そんなまさか。持ち前の泡が負けてしまうなんて…。この鳥、サザエオニなんかより強い。下手すると、瞬発的な火力だけなら、海坊主にも勝るかもしれない。


「甘かった……。瞳刻。さすが当主、衰えている私じゃ、彼に負けているということか…!」


 退魔師として、式神を使う腕として。瞳刻の力は本物だった。

 鳥は妨害したことに怒り、更に力を入れる。


「うぐっ! あ、ああぁ……!」


 まずい。痛いのに、意識が揺らいできた。このまま絞め殺されてしまいかねない。それだけは駄目だ……!

 段々、湖畔の中にも焦りが湧いてくる。なにか、何か他にも倒せる方法を……。

 ……そういえば。焦りのばかりか、この状況の解決には関係ないことを思い出してきた。もう一人、泡を破った奴が居た。


「き……霧子ぉ……!」


 霧子がここに居たら……。その穴開きの柄杓でこんな鳥斬り伏せてくれるかもしれないのに。彼女の刃の本質は、水の高出力だ。紙で全身を構成されているコイツを、そもそもしおしおにしてくれるやもしれない。

 ああ……いてくれたら……。……いや、今がピンチだからってだけじゃない。普通の状態でも、隣に居てくれたらって思った。

 あの荒々しい癖に親身になってくれる振舞いを聞いて、もっと心に余裕を持ちたい。もう霧子は、両親の墓を見つけたんだろうか。もう、この世に満足して、成仏していったのだろうか……。


「……さ、寂しいなぁ……」


 ぽつりと、本音を呟いた。

 その一言を言った瞬間。頭の中で勝手に言葉が再生された。


『果たしたい事の為にやり合ってる最中に、ピーチクパーチク言ってるな! 後悔しないために、全力でやれ!!』

「!!」


 勝手に、霧子が言った覚えのない、霧子の言葉が聞こえた。

 そうだ。サザエオニを前にしたときも、結構荒々しく言ってたっけか。死にかけの今、苦しんでるんだったら、応援しながら助けに行く。弱音を言ってたらたしなめた上で激励する。霧子は、そう言う奴だった。


「……ふ、ふ。ごめん霧子。和泉ちゃんが待ってるのに、弱音言えないよね……!!」


 湖畔は、強く歯を噛みしめた。自分が叶える為に頑張らなきゃ、誰が願いを叶えられる。最後まで頭を動かし、貫き通せ!!


「考えるんだ。この鳥は私と相性が悪い。こいつに相手に、泡も分離も効かない」


 霞む景色の中、鳥の分離できるコアを探す。見渡していくうちに、弱点は見つかった。だが、それは鳥の首元の少し下、胸元だ。抑え込まれている自分自身じゃ、その弱点に触れる事も叶いそうになかった。この鳥をどうこうするのは無しだ。

 じゃあ、どうする? 自分の能力、力で、()()()()()()()()()()()


「…………! そうだ!!」


 ふと気が付いた。分離できる相手が、もう一人居た。自分の両手の手のひらを見て気づく。自分自身が居た。


「私の能力は、記憶の分離だけじゃない。 血液、内蔵、塩分。……魂。もっと、もっと概念的なものも、できるはず。もっと広くできるはず……」


 自分自身から、何かを一時的に分離する事ができれば……。このまま迷って死ぬぐらいなら、自分自身相手だろうと、実験してやる。


「一瞬にかけるんだ……! てやぁあああ!!」


 自分自身を奮い立たせる叫びと共に、自分の手を、自分の胸に刺しこんだ。


「うぐっ!!」


 手はすり抜けるようにして自分の胸の中に入っていく。そして、自分自身のあらゆる概念を構成する、ナニカに自分の手が触れたのを感じた。


「分離せよ…………身長!!」


 自分自身の身長。見た目の年齢。とにかく、それなりにある自分の華奢なスタイルを、一時的に切り離す。そう願いを込めて、自分の中から、何かしらの液体を引き抜いた。


「んぐぁっ!!」


 ずぼっと、虹色の液体が自分の体から抜け出した。その瞬間、170cm一歩手前までは有りそうだった、自分の体は、130cmぎりぎり程にまで縮みだした。強く掴んでいた爪に、一瞬だけ空白が生まれた。

 その瞬間を逃がさない。もう片手で、力いっぱいに小さくなった自分の体を前へ押し出した。湖畔の体は鳥の爪から抜け出し、空中に身を投げ出した。


「!! 重し軽し、浮かび上がり給う!!」


 空中に霧散しかける自分の身長に対し、泡を向けた。手から飛びだした泡は、消滅していく自分の身長を包み込み、泡の中に閉じ込めた。


「よしっ!」


 湖畔は胸元に泡を抱きしめる。そして、地上へ向かっての急降下が始まった。


「ひっ、うああぁぁあ!!」


 速度は増していき、どんどん地上が近づいていく。押しつぶされる前に、湖畔は小さくなった自分の手を前にかざした。

 大丈夫。今自分の体から引き抜いたのは身長だけだ。魂、神力を引き抜いたわけじゃない。力が弱くなったわけじゃない……!


「重し軽し、浮かび上がり給う! 落ちる体を淡く抱き止め給う!!」


 人の民家の庭に激突する直前、湖畔の手から噴き出した泡が、湖畔を抱き止めた。

 グニャンと歪み、勢いを緩めた鼻の先が、ほんの少しだけ地面とキスをした。


「~~ッ!! よ、よしっ!」


 湖畔は身長の泡を胸元に抱きしめたまま、着地用の泡クッションの上で体をまっすぐに戻し、地面に着地した。

 ふぅっとため息をつくが、ふと横で民家が騒がしくなった。


「まずい、人の声が……」


 ちらっと空を見上げるが、鳥が湖畔を追おうと、近づいてくる。


「ま、巻き込めない。急いがないと……」


 湖畔はとてとてと庭を掛けると、玄関から、坂になっている表通りへと抜けた。


「よし、身長を……って!」


 抱きかかえていた身長の泡を急ぎ体内に押し戻そうとするが、その時、湖畔に影が覆いかぶさった。式神の鳥だ。大きな爪を広げて、叩き潰そうとしてるかの勢いで飛び込んでくる。


「うわわっ! きゃぁっ!!」


 ぴょんっと、横に跳び躱す。しかし、身長の差に感覚が付いて行かず、着地を誤って転んでしまった。うぐっと倒れた矢先、手から身長の泡を落としてしまう。


「あっ!!」


 不幸なことに、この町の特有である坂に泡は掴まる。そのまま下へ下へと、港の方へと転がっていってしまった。


「待って!! 無いと戻れないんだけど!!」

「きょおおぉぉぉおお!!!」


 湖畔の上部で鳥の鳴き声が響く。すぐ真横では鳥が湖畔を狙っていた。


「ぐっ……!!」


 体が不調だが、戦う力は変わらない。自分の体は後回しにするしかない。

 湖畔は急ぎ立ち上がると、鳥に向かって両手を構え、それぞれに泡を出した。


「なんとかやるしかない……どうにか捕まえて、機能している部分を分離しないと……」

「きょおおおぉおおお!!!」


 更に背丈の差が開いた湖畔に対し、鳥はくちばしを振り下ろした。

 しかし、その時だった。


「!!」


 湖畔は一瞬、荒々しくなった町の中に、静けさがもどったような錯覚に陥った。

 鳥の振りかぶってくる首元に、鋭い刃のようなものが飛んできて、首を斬り落とした。

 式神の首は、静寂の中で横にゆっくりと飛ばされていく。そして、鳥の首を斬り落とした刃には、見覚えがあった。

 水だ。極限にまで細められた水が刃のように鋭くなり、斬撃が終わった今、元の水らしい輪郭を取り戻し、飛び散りだした。


「……霧子!!」


 静寂は終わり、水の飛び散る音と共に、式神の鳥の首が、水だまりにバシャッと落ちた。

 湖畔は横手に目を向ける。ヂヂヂと切れかけている電柱の明かりの下、肩に柄杓を担いだまま、死んだような肌にぼさぼさな荒れ髪が特徴的な女性が歩いてきていた。


「よぉ。てっきり、和泉をうちに帰してフリーになったと思ったんだが……和泉ぐらいの歳にでも、なりたくなったのか?」


 そこには、日が出ている頃に最後だったはずの別れをした、舟幽霊の霧子が居た。

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