43.時代の分岐を問う
「うむ。白地に、湖畔様でしたか」
大広間の部屋の中に、瞳刻が入って来た。
湖畔は和泉をおぶさり、白地と並んで立っている。向かい合って話していると想像していたのだろうか、目に入って来た光景の違いに、瞳刻は眉を潜めいぶかしんだ。
「どういう状況だろうか。白地、しっかりと生贄の事は湖畔様にお教えしたのか」
「ええ、しっかりといたしました」
「私も、はっきりと聞いておりますので、ご安心を」
白地がしっかりと話をしてくれた事を、湖畔の方からも補足して一礼をする。どうやら、泡神様の事ならばの見込める様子で、瞳刻は満足げに頷いてみせた。
「それは良かった。湖畔様が最初に娘を連れてきたときは、狼狽えいたしました。本来の泡神様なら、連れてくること自体、あり得るわけが無いですからな。はっはっは」
瞳刻はそう言って快活に笑ってみせる。なんとも、視野が狭く薄情な男だと思った。自分が誰の葬式で、誰が生きて帰って来た事に狼狽えているのか分かっているのだろうか?
「……ふぅ…」
湖畔は小さく、ため息をした。
彼の思想には、白地も和泉も、裁定に入っていないように思える。全ては、泡眠家という時代の流れについていけない、生きてもいない栄光のみが基準だ。生きている家族を天秤に掛けもしていない。
ここまで来ると、逆に大事とする価値に忠実で、純粋に真っすぐすぎて、尊敬さえもできてしまいそうであった。
「さあ、湖畔様も誤解が解けました事でしょう。一度事故死と出来たはずの和泉が、生きていると人々に知れてしまった以上、またすぐ和泉がもう一度死んだと説くのは、かなり骨がかかりましょう。
しかし、今はまず、生贄を完遂させて湖畔様を全盛期の神に戻す! それから、湖畔様の神威をもってして、人々の記憶から和泉を消しましょう!!」
前言撤回。その言葉を聞いた途端、湖畔は駆け出した。
両腕は和泉をおぶさっていて離せない為。勢いのままに瞳刻の腹の中央に蹴りを噛ました。
「がはっ!」
変に泡神様を信じきっていたからか、生贄の説明を聞いて納得してくれたと勘違いした瞳刻は、湖畔の蹴りの一撃をそのまま腹に受け止めた。
図体も屈強な故、大きなけがを受けた様子は無かったが、それでも障子に背中からぶつかり、大きな音を立てて障子を壊し、縁側に転がった。
「湖畔様!?」
「無理だ! こんな男!! 全ては世界の為とか、泡神様の為とか、ほざくか! ねちねちと実の娘の死なせ方と隠蔽の仕方を語って、最悪に気持ち悪いわ!!」
湖畔は頬に青筋を立てて歯を食いしばり、起き上がりかける瞳刻に憎しみの目を向ける。
「説得以前に……私は、貴方が和泉ちゃんの父親だ何て、断じて認めない!!」
湖畔は怒りながら、脳裏に自分自身に人柱となり神へと成る儀を持ち掛けた、代理当主であった祖父の顔を思い浮かべた。
退魔師として先陣を切れる、父上が亡くなった今こそ、お前が神になり、父上の代わりを担えるのだよ。そんな事を言った祖父は、この瞳刻のように薄情だったのだろうか、もしくは、白地のように仕方ない仕方ないと泣きながら実行したような人だったのだろうか。
もう、大昔の事で、祖父本人ももうこの世に居ないから、真意は分からない。
だが少なくとも、かつてそれに逆らう事もなく受け入れてしまった自分のように。和泉までもこんな狂った風習に飲み込ませては駄目だ。
それだけが確信できた。
「……ふふふ、あははは。あっはっはっはっはっ!!」
縁側に倒れ込んだ瞳刻は、何が起こったかと目を丸くしていたが。次第に顔を引きつらせる。そして、ゆっくりと無理に笑うかのような、薄気味悪い笑いを浮かべ始めた。
「いやぁ、笑わせてくれますな! 湖畔様!! これは一本取られましたわ、あっはっは!!」
「うっ…!」
上半身を起こして、瞳刻は笑いをぶつけてくる。湖畔がそんな事を言う訳がない。地上の冗談の言い方が分からないから、合わせてるんだと言っているかのような、無理にも程がある、不気味な笑いだった。
「贄を受け取るはずの貴女様が、そんな事あるわけないじゃありませんか! 白地! お前、ちゃんと泡神様に話をしたのか? あっはっは!」
「冗談じゃない!」
険しい剣幕を湖畔は張る。
「私は、例え自分が衰え消えていく事になろうとも。こんな古臭い生贄風習には従わないと言ってるの! 臭いものに蓋をと言って、実の子を贄にし続けるような醜態を晒すなら。 蓋を取って、中身と向き合っていくべきよ!!」
瞳刻の笑いを抑えるように、湖畔はそう叫んだ。
その言葉を聞くと、散々場ずれした笑いをあげていた瞳刻は、ゆっくりとその口を閉じ。不愛想に口元をひん曲げた。
「……本気で言ってるのですか?」
正気を疑うような声で、瞳刻は湖畔に問う。
「もちろんよ。私は和泉ちゃんを食べない。強い未練を抱いた魂達は、この世に蘇る世界になってもらうわ」
もう逃げもしない。湖畔は堂々と、瞳刻に自分の願う道筋を伝えた。
その言葉を聞いて、少しの間。湖畔も白地も、外の町に響く波の音さえもが聞こえるほどの静寂を感じた。
「……はぁ」
笑う事をやめた瞳刻が次に出したのは、ため息だった。
「…湖畔様も、何も分からない奴だったんですか?」
侮蔑を含んだ言葉と共に、瞳刻は湖畔を睨んだ。
「私は、この泡眠家に誇りを持っている。当然だろう? 代々先祖が次の代に託し来た、伝統なのだから。なのに、自分がそれを受ける番になったら、自分は従わなくてもいい、なんて言う奴が出てくる!! 元の家でも、ここでも!!」
そう怒鳴り声をあげると、瞳刻は立ち上がり、部屋の中へその重厚感ある足を踏みしめながら入り。パンっと手を叩いた。
鳴らした音が部屋に木霊すると共に、瞳刻の足元から部屋全体を覆うように、白く染まっていった。
「白地さん! 後ろへ!」
湖畔は後方に下がり、背中に白地さんを隠し。和泉ちゃんを白地さんに預けた。
湖畔が瞳刻の方を向き、身構えるころには、大広間の天井も壁も床も、全てが真っ白に塗りたくられていた。
「ぬんっ!!」
瞳刻が丸太のように太い腕の先に握りこぶしを握り、横へと振り払う。それに伴い、天井と壁に格子状に黒い線が引かれた。
黒い線は、やがて、その間に挟んだ白の空間の輪郭を表すように、一斉に歪に歪み始めた。
線がほつれ、壁や天井に等間隔に並べられた白い空間に形を保つように歪んでいく。
やがて、黒い線は顔の輪郭となった。部屋に天井、隙間ないように、昼間に見た式神の白い顔がびっしりと浮き出ていた。
「これは……」
「気を付けてください湖畔様! 全て、瞳刻様が自由に操る式神です!!」
式神は、腕を組みニヤニヤと睨みつけてくる瞳刻と共に、一斉に壁に天井から、湖畔と白地に顔を向けていた。
この空間全てが瞳刻の意志であり、全体の意思。それに逆らい、意を唱える湖畔と白地は、間違った事を唱える哀れな物と貶す。そんな意図までもが感じられる。瞳刻らしさというものがにじみ出た、式神の展開図であった。
「貴女様は、泡神様というものを何も分かってない。なんでそれが大事なのかも、何も学ばなかった!! 私が、泡眠家当主として、もう一度教え直す。絶対に和泉を貴女様に食べさせる!!」
ただ、正しい事を教え込むこと。その意思を持って、瞳刻は腕をあげた。
かかれ。
部屋全体の式神が、瞳刻の指揮の元、壁に天井から一斉に滲み出し始めた。




