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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第五章:記憶の重さ
42/53

42.そんな事許されるわけがない

「そんな事、許される訳がありません」


 白地は、湖畔の腕から逃れるように、後ずさりして離れた。障子に当たりそうになってびくっと後ろを振り返る姿は、とても怯えているようだった。


「それこそ、これまで積み重ねられてきた風習への裏切りです! 何代も重ねてきた、ご先祖の方たちにも、怪異と無縁で生きれる人間社会を作って来た、退魔師の人々へも!!」

「でも、そんな事許される訳がないって事を無くしたら。 白地さん、貴女は何を求めますか?」


 その質問に、白地は、反抗しようと口を開きかけるが。その口は止まってしまった。

 一体どういう意味か分からず、どう返せばいいか分からないという具合だ。ずっと求められる事を、そうしないといけないと頭で飲み込んで動き続けてきたからか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……難しい言い方でしたね。少し言い方を変えます」


 湖畔は少し口元に手を当てて悩む。そして、思いつき、口に出した。


「この先の出来事でどんな展開が起きたとしても。誰に一番生きてて欲しいですか?」

「!!」


 湖畔、瞳刻、白地、和泉、今の時代の人々、これからの時代の人々。

 貴女は、この中で一人か一括りだけ、生きていて欲しい人が居るとしたら、誰が生きていてほしいか? とてもシンプルな問いだった。


「一応言っておきますが。どれを選んだら、誰に嫌われるとか、認められないとか……そういう、誰かの機嫌取りは一旦捨ててください。貴女自身が、生きてて喜べる相手です」


 こう付け足しておかないと。本当に願ってる物も選べない。湖畔は、そんな予感がして言葉を添える。人の顔ばかりみて生きるようになってしまった人は、本当に、自分自身の思いを選択基準の棚に持ってくるのは、難しい事だった。


「……私は…」


 白地は、目を泳がせて。部屋の中を見回す。

 その視線の放浪の果てに、最後に目に入ったのは。部屋の中央の和泉だった。


「……」


 白地は、黙り、そのまま背後へ振り向き、縁側の外の空を見上げる。綺麗な満月が、白地の顔を影無く照らし始めた。


「……私は、和泉に一番生きてて欲しいです」

「…ふふ、そう聞けて良かったです」


 湖畔はそう言うと、静かに眠り続ける和泉を背負った。


「気持ちは同じです。私も、貴女の味方です。一緒に、そんな古い慣習を払いましょう」

「……ええ」


 白地は、静かに頷き返した。




 縁側を、のしのしとした重量感ある足取りで瞳刻が歩いていた。

 当代になってようやく必要となった、泡神様への生贄の儀。一度は一通り済ませたというものの、妻である白地が誓い立てを裏切り、見えないところで和泉を生かした事で失敗に終わりかけた。

 全く。泡眠家の血筋そのものを受け継ぐ白地が、その誓い立てを背くなど、想像していなかった。


 泡神様を成立させるときの、何かしらの誓約によるものなのか、代々泡眠家は最初に生まれるのが女性だ。それゆえに、長女はその代の両親が取り決めた優良な外部の血筋と縁を組むこととなっている。そうして、泡眠家の血で無いながらも、瞳刻は当主に就いた。

 退魔師として認められた家系の中でも、平安時代より朝廷に仕えていた陰陽師の血を引く泡眠家に、同じ血として迎え入れられる事は名誉深いことだった。

 だからこそ、誇り高いものとして、誰よりも泡眠家の慣習に従い、忘れられかけた祭神、泡眠湖畔(あわねむり こはん)の事を敬愛した。


「全く…。こんなことで、私の代で泡眠家に泡神様を潰してたまるものか…」


 どいつもこいつも、裏切り者ばかりで、生きづらい限りだ。

 白地は、夫を支えるようにしていつも忠実な顔をする。だが、泡眠家を毛嫌うように、慣習に従わない。

 和泉は、代々の泡眠家の家系の中でも随一の神力の持ち手だ。()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()。なのに、教育に関しては白地が事あるごとに、まだ幼い内は、自由に町を楽しんでほしいからとか、友達と遊んでほしいからとか。家の事を教育する機会をことごとく潰していく。

 その結果、退魔師として、次期当主の妻として、生贄を免除する事もおじゃんにしてしまった事を、白地は気づいてもいないだろう。

 嫌だ嫌だと風習を蔑ろにして、自分の首を絞める奴ばかりだ。自分こそが、泡眠家と泡神様を保たねばならない。

 愚か者ばかりで、ため息が出てしまいそうだった。


「……ん?」


 ふと、進んでいるところで顔を上げると、先ほど泡神様と食事をしていた大部屋に明かりがついている事に気が付いた。

 白地が、泡神様に生贄の取り決めの話をしているところなのかもしれない。

 ちょうどいい。生贄の儀の取り決めも澄んだところだし、どうせ白地ではまともに生贄の話を進められているかも分からない。

 白地の情けなさ故、湖畔様に誤解をさせてしまった節もある。自分が話の跡を続けるようにしよう。

 そう思い、瞳刻は大広間の障子を開けた。

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