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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第五章:記憶の重さ
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36.誰かの葬式

 ここが、村で一番漁師が上手かった人の家。ここが、何度かお見送りをした、村の中でも幹部に近い人の家。ここが、村の子供たちが、よく漁業仕事の手伝いの合間に集まって、遊んでいた広場。


「……どれもこれも、見覚えがある……」


 坂を上りながら、右に左を見ながら、そんな事を呟き続けた。

 思えば、自分がどこの陸地から来たのかということは、考えを及ばせてなかったと思う。しかし、今となっては、ここが和泉ちゃんの故郷である事と同時に、自分の故郷であることにも気がついた。


「…私も、結界に帰る前に、自分の生きてた頃の名残を探そうかしらね…」


 湖畔は、胸がずきっとした。

 辺りをきょろきょろと見回す。視界内に霧子がうろついていないかを探してしまった。


「…はぁ」


 一人で居ると、自分の辛い部分を延々と喋ってしまいそうになりそうだった。

 隣に誰かが欲しい。あの夢に真っすぐな執念を持っておきながら、バッサリと素直な気持ちをついてくれる奴が、ここに居たら。

 そう思うと、霧子がこの世に残るか、あの世に行くか。本人の判断にゆだねると言った手前なのに、生きててほしいと言えばよかった。そう後悔してしまった。


「ん…?」


 首を振るい、気持ちを立て直して進もうとする。その時、湖畔の鼻に不思議な匂いが漂うのを感じた。


「この匂い……お線香?」


 葬式でもやってるのだろうか?

 匂いの元をたどれば、話出来る状態かどうかは別として、初めての人間に会えるかもしれないと思った。

 背中の和泉を背負いなおす。この子も、早く横にして寝かしてあげたい。

 そう思い至った湖畔は、匂いの跡を追う事にした。

 匂いは、坂を上へ上へ、どんどん進んでいく事になる。辺りの家も、港側に寄っていたのか、段々と数が少なく、それに比例して大きい家が目立ってきた。


「ここあたりも、相変わらずね…上に行けば行くほど、町の中心に近い人の家になっていって、逆に、寂しくなってくる……」


 自虐めいた笑いを伴い、湖畔はそう呟いた。

 そのまま進んでいく。

 すると、坂の一番上の部分から、それなりの人の声が聞こえるようになってきた。


「ん、やっぱり居るみたいね……よし」


 湖畔はそのままそこへ向かった。




 坂を乗り越え、開けた場所に到達する。


「これは…」


 坂を上った湖畔は、自分の目を疑った。

 そこは、だいぶ開けた広場となっていて、奥の方に、とても大きな屋敷が見える。

 しかし、その手前の広場には、たくさんの黒い服装をした町の人々で溢れていた。

 下手をすると、その数は百人は超えているだろうか。そんな人々が、奥の本殿へ向かったり、立ち止まっては談話をしている。


「こんなにいるだなんて。この数じゃあ、町の人々全員が集まってるんじゃ…?」


 葬式が行われているだろうと推測はついていた。しかし、町の人全員が、葬式に集まっているなんてことは想像がつかなかった。

 自分の頃も、葬式となると、それなりに近い血縁者が集まって集落を作っていた為、葬式があれば、かなりの人数がどこも集まっていたという覚えがある。

 でも、こんなに多くは…。


「こんなに人が集まると言ったら、それこそ、村の長の家で亡くなった人が出てきた時ぐらい……」


 湖畔は、きょろきょろと見回し、近くに人は居ないか探す。

 すると、近くで談話する大人たちに離れ、ちょこんと座って地面に落書きをしている子供が居るのを見つけた。


「あの、そこの君、ちょっといいかな?」


 深刻な顔もちの人が多いので、葬式ムードに浸っている大人に話しかける勇気がない…という事で、湖畔はその子供に声を掛けた。


「ん、なにー? …巫女さん?」

「いや、巫女さん…まあ、近いのかしら? じゃあ巫女さんだよ。これって誰の葬式なのかな」

「じゃあって…えっとね、村の長の子が、亡くなったんだよ。建物の中じゃ、親しかった子達とか、今泣いてて…」

「そうなの……」

「お姉さん、巫女ならそんなこと知ってるで、しょ…?」


 訝し気に子供が湖畔を見つめる。すると、その視線は湖畔の背中に目が行って止まった。


「……えっ?」

「? どうかしたの?」

「あ、いや。ね、ねえ、おやじ! おやじ!!」


 子供は急ぎ立ち上がると、近くで談話をしていた大人たちに向かい、その一人の裾を引っ張る。


「ああぁ? なんだ、どうしたぁ?」

「お、おやじ! 和泉ちゃん死んだんだよね!?」

「えっ?」


 その言葉に、目で追ってた湖畔が硬直した。


「…ちょ、ちょっと待って!」


 湖畔はその大人の元に駆け寄る。


「あぁ? 何言ってんだお前、これが瞳刻(どうこく)さんのとこの娘さんの…」

「ストップ! その話、ストップ!」

「ああ? なんだ、知らん顔だがべっぴんさんだな」

「私、この子の両親を探しているんですけど……」


 そう言って、和泉は少し横を向き、男に和泉を見せる。


「人探し? …あっ?」


 湖畔の言われるままに背中を見た男は、目を丸くして、寝息を立てて眠る和泉の顔を見た。


「お、おまえ、さん。 どういうこっちゃ、これは奇跡か? その子は…」


 その声につられるように、周りもあわただしくなり始めた。

 男と一緒に会話をしていた人たちが驚きの声をあげて、その周りで集まっていた人々が、声のする湖畔たちの方を見て、更に驚く。

 囁くようなざわめきは、広間内に居る人たちの間で波紋状に伝達していく。やがて、湖畔の回りに徐々に人だかりが集まっていった。


「わわ、わっ。わ」


 数百年ぶりに、大勢の人に囲まれた。湖畔は、挙動不審になりながら辺りを見回す。


「あ、あの、私。迷子になってたこの子を連れて、この町の子だって事を聞いて…。この子の両親、知ってる人は…」


 焦りつつ、湖畔は群衆に説いた。

 ざわめき、各々が困惑したように互いで会話をしている。その中で、一つだけ湖畔の耳に届く声が聞こえた。


「知ってるって……そりゃあ、知ってるよ…。その子、泡眠(あわねむり)さんのとこの、娘さんだよ」

「……えっ?」


 泡眠(あわねむり)。その言葉に、湖畔は一瞬全ての時が止まった気がした。

 泡眠和泉(あわねむり いずみ)。それが、和泉ちゃんのフルネーム?

 いや、それだけじゃない。それだけじゃすまない。


「……私の、苗字?」


 その苗字を、湖畔は知っていた。

 泡眠は、人間だった頃の、自分の家の苗字だ。家にとって、名乗る事を有難いものだと言われ続けていた、自分の家系の苗字だ。


「道を開けてください!」


 ふと、群衆の外から女性の大声が聞こえた。

 それでハッと気を取り戻し顔をあげると、人の波をかきわけて、1人の女性が歩いてきた。

 

「…………」


 湖畔の前に、1人の女性が立つ。その女性は、真っ黒な服をまとっていて、走って来たからとも違う息を切らして、湖畔を見つめていた。


「…貴女は」


 湖畔は、その瞳を見る。なにか、おかしいと思った。

 驚き、どこか蒼白としているようだった。


「……泡眠、白地(しらち)です」


 泡眠和泉の母親です。透き通る声で、そう言った。

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