34.少女だけが訳を知る
波の音が鳴り続けている。砂浜に、ゆったりと波が打ち続けている。
そこに、3人が足をつけた。海面を歩き続けてきたが、じゃりっと砂の感触を感じると、少しだけ足の裏を見た。
「…砂浜」
「ああ…。そういえばこんな感じだったな」
そう言って、霧子はとんとんと軽く跳んだ。それに砂の跡ができる。
取りこぼしは、やっぱり実体があるんだ。湖畔はぼんやりとそんな事を思った。呆然とする中で、そんな事をなんとなく感じるぐらいに、実感が湧かなかった。
そこは、崖下にわずかにできた砂浜地帯だった。右手の地平線には先ほどの町が見え、6,7メート程の崖の上には、わずかに森が見えた。
辺りを見回しても、人の姿は無い。上陸するにもちょうど良い砂浜だった。
「……さて」
霧子が飛び終え、砂浜にクルリと舞い出る。そして、波際の二人に振り返った。
「んじゃあ、ここまでだな」
「えっ?」
「……そうなる、のかしら」
戸惑う和泉だが、その横で湖畔が頷いた。
「あたしの願いは、もう果たされたも同然だ。後は、家族が最終的にどうなったのか、ゆっくり回って探そうと思う」
「キリねぇ、そんなに急がなくても…。家に来て、お母さんやお父さんに顔を見せてからでも」
「ははっ、和泉がどこにどういたのか、どうやって説明するのさ。大変なことは、湖畔に任せるわ」
にひひと笑って、霧子は湖畔を見た。
「それに…。湖畔は神様で、あたしは幽霊だぜ? そっちなら変人か、拝まれるかで済むと思うが……あたしじゃ、不気味がられるだけさ」
「そ、そんなこと…」
そう言いかけたところで、湖畔が横から口を挟んだ。
「そんな事で、先急ぐことは無いと思うけどね。なんであれ、ここまで来た仲間でしょう?」
「んむっ……」
「不気味がられようと、あんたは問題ないって、私が説明するわよ。気負う事も無い」
湖畔はそう言って頷いた。
「…ははっ」
霧子は少し微笑みながら俯いて、首を振った。
「人喰おうとしてた奴に言う事じゃないな」
そう言って、霧子は背を向ける。
「別に嫌われるとかで、遠慮がってるわけじゃないさ。……あたしの夢は、ここで終わりだから、これ以上思い出持ってたら、最後に家族の墓とか見つけた後で、成仏できるか、分かんなくなるからさ……ここあたりで、終わりにしたいんだ」
「!」
霧子はそれだけ言うと、歩き出した。
「じゃあな、二人とも。ここまで、楽しかったぞ」
振り返らないまま、霧子は手を振って去っていく。
「……霧子!」
その背を追わない。しかし、湖畔は最後に去っていく背中に声を掛けた。
「私は、自分の取りこぼしとかの仕組みとか、いろんなことが分からないけれどさ。取りこぼしって、本当に幽霊みたいなものなんか? 姿を模してるだけで、実体とかあるじゃないかあんた!」
湖畔は、去っていく霧子の足元を見る。そこには、足を止めず進み続ける霧子の跡を追うように、足跡が作られていっていた。
「だから……。見た目は舟幽霊でもさ、あんた、その姿に生まれ変わっただけで、生きてるんじゃないかー。少なくとも、私はあんたが生きてるように見えたわよー!」
少し、俯いていた霧子の頭が上がるのが見える。
「もし、家族の墓参り済んだ後も、生きたいって思えたら。生きてていいと思うわよー! 私も、その方が嬉しいからー!!」
湖畔は、そう言い終える。霧子は、少しだけ立ち止まる。しかし、少ししてからまた歩き直し、砂浜の前に立つ崖の影に消えていった。
「…キリねえ、行っちゃった」
「やっと、叶えたかった場所に着いたからね…。ここまで来たら、最後は、霧子が夢を叶えた後、どうするか次第よ。私たちが、彼女の決断に口を入れるわけにもいかないわ」
「…そういうものなのかな」
「ええ…。長年それだけの為に生きてきたなら、なおさらね」
湖畔は、霧子の去っていった砂浜の端を、静かに見続ける。
耳に、波の音が再び聞こえてきたのを自覚すると、和泉の手をそっと握って歩き出した。
「さ、行こう和泉ちゃん。私たちもそろそろ」
「……ねえ、湖畔お姉ちゃん?」
歩き出した湖畔だが、和泉がそれを呼び止めた。
「? どうしたの?」
「キリねえの決断がそうなら……湖畔お姉ちゃんの事も、聞きたいな」
「私の?」
「うん」
和泉は、振り返った湖畔の顔を見上げる。
「湖畔お姉ちゃん、取りこぼした魂を、ちゃんとあの世へ送るのが使命って。言ってたよね。キリねえに生きていてほしい、って、言ったのは……なんで?」
「……え?」
湖畔は、きょとんとしてしまった。和泉は結界を出てすぐの時のように、とても鋭い所を突く事が多々あった。開いて自身が気づいていない部分、気づかないようにしている部分を鋭く見つけ出す。
そう思っていただけに、湖畔はその質問にたじろいだ。
「泡神様……。怪物にならないように、記憶を分離する私が、霧子を送ったわけ?」
「うん…………おうちに帰る前に、教えて」
和泉は、湖畔の手をぎゅっと握る。その目は、湖畔に訴えかけるようだった。
分からない。なんで和泉ちゃんが、今になってそんな事を気にするのか、湖畔にはいまいちわからなかった。
でも、答えだけは決まっていた。
「…………そうね。私の仕事、間違ってるのかもって、思ったからかな」
「…間違ってる?」
「そうよ」
湖畔は、日差しに影を落とし、静かに寂しいような笑みを浮かべる。
「あの世へ行っちゃう人たちは、未練があって、辛そうだって。未練があったらあったで、海に沈んじゃって行方も分からなくなっちゃう。そんな可哀そうな魂達だったから、忘れさせて、穏やかに最後を看取ってあげるのが大事だって思ってたわ」
「…」
「そしたら。あのイクチが、取りこぼしで。人も環境も、まだ生きている人たちを喰らい続ける、自我もあるかも分からない、怪物になっちゃうって分かって。結界を出た時は、私が、全部の取りこぼしを解放してあげなきゃって、思ったわ」
でも。
そう言って、湖畔はやはり、霧子の去っていった方を見た。
「それでも。生きて、違う姿になってでも、自我をはっきりさせて、生きる人が居るって。霧子を見て分かっちゃった」
湖畔は、残った自分の手のひらを見る。
「私が、生きてた頃に任された使命って。死んでいった人たちから、何かを叶えられるチャンスを奪う事なんだって、気づいちゃった。だから、霧子みたいな人には、生まれ変わって、生きていてほしいって、そう思ったわ」
「……」
和泉は、ただその言葉を、静かに聞いていた。
そして、少し俯き。どうしてか目を泳がせた。
「…………ねえ、湖畔お姉ちゃん」
「なにかしら」
「……もし、湖畔お姉ちゃんが。神様としての仕事が出来なくなるって、言われたら…」
顔を上げ、そう言いかけた和泉は、そこで黙った。
「…えっ?」
「……なんでもない」
和泉は首を振る。
「質問の意味が…ちょっと分からないわね。 私は、取りこぼしとして生まれ変わる前に、記憶を分離するのは間違ってるって思っただけよ。今後は、結界の外で、転生した子が、自我を保ててるかどうか、見極めて浄化する事にするつもりよ」
そう言って、にこっと言って微笑む。
「だから。今までの仕事はできないかもね。新しいやり方をするもの」
「…うん、そう、だよね」
和泉はこくりと頷いた。
「もう。和泉ちゃんってば、たまに歳よりも難しい事言うね。私より、もっといろんなものが見えてる感じっ」
「ひゃっ」
湖畔はパンっと両手の平を合わせて泡を作り出す。そして和泉を泡の中に入れ浮かばせると、自分自身の背中に移し、そのまま背におぶった。
泡ははじけ、和泉はしっかりと湖畔の背中に乗る。
「大丈夫。私は神様。和泉ちゃんをおうちに帰した後も、頑張るからね」
「うん…! 私、湖畔お姉ちゃんがする事、応援するからね」
そう言って、湖畔はゆっくりと歩き出した。
向かう先は、地平線に見える港町。和泉ちゃんが見覚えのある、故郷の町だった。




