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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第四章:海中の最後の門
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31.頼りない私が出来ること

「湖畔お姉ちゃん!!」

「よせっ、あいつは無事だ! お前が変な事して喰われたら、それこそ泣くぞ!!」


 海中に舞う湖畔を見て叫ぶ和泉。肩を乗り出して、下手をすれば背中を離れて泳ぎ、湖畔の元に向かいそうな和泉。霧子はその頭を抑え、背中に戻す。

 そして、即座に後ろに振り返る。その振り返る最中、視界の中を大きな黒いものが横切った。


「っは……」


 息が、身体の中から無理やり吸い出されたかのような、乾いた声が霧子の口から出た。

 振り返った背後に、もう海坊主が居た。

 ずっとついてきていました、なんてでも言うかのように、霧子と和泉を見つめていた。


「……ふざけるな…」


 辛うじて霧子の口から出たのは、不条理に対するなけなしの悪態だった。


「あ、あぁ……き、キリねぇ…」

「……なんだ」

「に、逃げよう? 倒せない以上、少しずつでも。こいつの攻撃躱しながら、陸に向かおう?」


 じっと睨み続ける。最後の瞬間をいつにするのかも分からない海坊主を前に。呆然とした二人は、口が進んでしまった。


「…あたし以外の連中、どうやってこいつに喰われたか知りたいか?」

「え…?」

「力いっぱい、出来る限り早くって進もうとするとな。目にも止まらない速度で回り込んで、そのまま開いた口に入れちゃうのさ。進もうとするやつ、逃げようとするやつ。どっちも、回り込まれて、そのまま口に入っていった」

「っ!!」

「あたしが逃げれたのも、3人ぐらいかであいつの攻撃よけながら後退して…少しずつ、仲間が喰われながら、後退に成功したんだ。…もう、逃げられねえよ……」


 そう言う霧子は、震えていた。目は、海坊主の両目に釘付けになっていた。


「こんな不条理なことってあるか。巨体以上に、こいつからは逃げられないって言いたげなルールが、どこまでもこいつを瞬間移動させて、確実に食おうとして来る。呪いだ……!」


 そんな弱弱し気な声で喋る霧子を、和泉は見たことが無かった。


「……じゃあ、喰われ……?」


 口を開きかけた和泉は、そこで、変なことに気が付いた。

 震えた霧子の手には、先ほどしまったはずの柄杓が握られていた。


「……こいつは、どこまでもお前を狙う。今ここで、お前を離して、湖畔と一緒に行けって言っても、こいつは、今度はあたしに目もくれず、お前を追う……」

「…キリねえ?」


 霧子は、柄杓を構えた。そして、海坊主に向けて構えた。


「頼りないよな…。すまない、和泉。頼りないなりに、出来る限り抵抗するからな…!」


 手を震わせながら、霧子はそう叫んだ。

 そう叫んだのを皮切りに、海坊主は両手を動かし、手のひらで霧子を潰そうと動かした。


「っ!!」


 避けるんだ!! 霧子は、震える体に怒鳴り込み、身体を動かそうとした。

 だが、それよりも前に。背中に何かが当たった。


「!?」


 刹那の間、霧子は何が当たったのかと、背中に振り向いた。

 背中に抱き着く和泉。彼女を包む全身を包む泡。その膜に、更にぶつかった一つの泡だった。


「……湖畔!?」


 膜に当たった泡が、膜に溶け込む。すると、和泉を包んでいた泡は大きく膨れ上がり、霧子ごと包み込む大きな泡になった。

 泡は、両側から来る海坊主の手を受け止める。ぐわんと泡全体がひしゃげ、霧子と和泉の体すれすれまで変曲し、海坊主の手の力を抑え込んだ。

 最後には、バヨンと音を立てて泡が戻る。海坊主の両手は弾かれた。


「……間に合った……」


 気が付けば、海中に今しがた放り投げられていた湖畔が。頭を抑えつつ、二人の背後に泳ぎ来ていた。


「湖畔お姉ちゃん!! …よし! キリねぇ!!」


 二人を防いでいた泡が、和泉を包み込む形とサイズに戻る。そして、和泉は霧子の背に手を付けた。

 ドクンっ。動力を押し込まれたように霧子の体が脈打つ。柄杓から再び、水があふれ出した。

 そこに、追い打ちをかけるように、弾かればかりの片手を掲げ、海坊主は手を振り下ろしてきた。


「振って! キリねえ!」

「あ、ああ! うおおおらああぁぁっ!!」


 ぶんっと、柄杓を振る。水圧は目に見えるほどの流れをもち、海坊主の手に向かって行った。

 斬撃は振り下ろされてきた海坊主の手の平に届く。ぶしゃっと、真っ黒な血液と思われるものが噴出し、海坊主が仰け反った。


「! 効いた……!」

「やったよ、キリねえ!!」


 喜ぶ和泉。その横に、湖畔が来た。


「湖畔お姉ちゃんも!」

「ええ…!」


 手を差し出す和泉。その手を、湖畔はぎゅっと握った。


「聞いて、二人とも」


 和泉は海坊主をまっすぐ見つめ、声を出す。


「あの怪物…本当に、怖い相手だと思う。キリねえの昔の仲間が喰われたのも、あいつが強すぎたからだと思う。そんなあいつに叶わなくて、二人とも、自分が頼りないって思っちゃう気持ちも、よく分かる」

「……」

「でも、頼りないって言うんだったら……私が一番頼りないよ。二人みたいに一人でどうにかできる力も無いし、今ここがどうなってるかなんて情報も、何も持ってない。一番、頼りない……」


 それでも、そう言って、和泉は二人を見る。


「頼りない私が出来る事、ここにあるよ。私が二人に力を貸せば、こんな状況だって変えられる。あいつが完璧超人な無敵の化け物なんかじゃないことだって、証明できる」


 和泉はそう言って、霧子の背中にも、もう一度手をかざした。

 そして、二人同時に。どくんと心臓に燃料を注がれたような衝撃を受けた。全身の力が活性化し、あふれ出す。


「かはっ! 和泉ちゃん、二人同時に!?」

「うん! 力を与える事だけが、私に出来る事。 倒さなくても、力づくで通らせてもらおう!! ここが最後なんだ!!」

「……分かった!!」


 霧子が、強く頷き返した。


「やってやる。こいつ吹っ飛ばして、陸に帰ってやる!!」

「…ええ!!」


 湖畔は。片手で大きな泡を作り出す。和泉は、柄杓の水を細め、鋭い刃を作り出した。


「帰ろう…! 陸へ!!」


 そう言い、3人は海坊主へ向かって飛び込んだ。

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