31.頼りない私が出来ること
「湖畔お姉ちゃん!!」
「よせっ、あいつは無事だ! お前が変な事して喰われたら、それこそ泣くぞ!!」
海中に舞う湖畔を見て叫ぶ和泉。肩を乗り出して、下手をすれば背中を離れて泳ぎ、湖畔の元に向かいそうな和泉。霧子はその頭を抑え、背中に戻す。
そして、即座に後ろに振り返る。その振り返る最中、視界の中を大きな黒いものが横切った。
「っは……」
息が、身体の中から無理やり吸い出されたかのような、乾いた声が霧子の口から出た。
振り返った背後に、もう海坊主が居た。
ずっとついてきていました、なんてでも言うかのように、霧子と和泉を見つめていた。
「……ふざけるな…」
辛うじて霧子の口から出たのは、不条理に対するなけなしの悪態だった。
「あ、あぁ……き、キリねぇ…」
「……なんだ」
「に、逃げよう? 倒せない以上、少しずつでも。こいつの攻撃躱しながら、陸に向かおう?」
じっと睨み続ける。最後の瞬間をいつにするのかも分からない海坊主を前に。呆然とした二人は、口が進んでしまった。
「…あたし以外の連中、どうやってこいつに喰われたか知りたいか?」
「え…?」
「力いっぱい、出来る限り早くって進もうとするとな。目にも止まらない速度で回り込んで、そのまま開いた口に入れちゃうのさ。進もうとするやつ、逃げようとするやつ。どっちも、回り込まれて、そのまま口に入っていった」
「っ!!」
「あたしが逃げれたのも、3人ぐらいかであいつの攻撃よけながら後退して…少しずつ、仲間が喰われながら、後退に成功したんだ。…もう、逃げられねえよ……」
そう言う霧子は、震えていた。目は、海坊主の両目に釘付けになっていた。
「こんな不条理なことってあるか。巨体以上に、こいつからは逃げられないって言いたげなルールが、どこまでもこいつを瞬間移動させて、確実に食おうとして来る。呪いだ……!」
そんな弱弱し気な声で喋る霧子を、和泉は見たことが無かった。
「……じゃあ、喰われ……?」
口を開きかけた和泉は、そこで、変なことに気が付いた。
震えた霧子の手には、先ほどしまったはずの柄杓が握られていた。
「……こいつは、どこまでもお前を狙う。今ここで、お前を離して、湖畔と一緒に行けって言っても、こいつは、今度はあたしに目もくれず、お前を追う……」
「…キリねえ?」
霧子は、柄杓を構えた。そして、海坊主に向けて構えた。
「頼りないよな…。すまない、和泉。頼りないなりに、出来る限り抵抗するからな…!」
手を震わせながら、霧子はそう叫んだ。
そう叫んだのを皮切りに、海坊主は両手を動かし、手のひらで霧子を潰そうと動かした。
「っ!!」
避けるんだ!! 霧子は、震える体に怒鳴り込み、身体を動かそうとした。
だが、それよりも前に。背中に何かが当たった。
「!?」
刹那の間、霧子は何が当たったのかと、背中に振り向いた。
背中に抱き着く和泉。彼女を包む全身を包む泡。その膜に、更にぶつかった一つの泡だった。
「……湖畔!?」
膜に当たった泡が、膜に溶け込む。すると、和泉を包んでいた泡は大きく膨れ上がり、霧子ごと包み込む大きな泡になった。
泡は、両側から来る海坊主の手を受け止める。ぐわんと泡全体がひしゃげ、霧子と和泉の体すれすれまで変曲し、海坊主の手の力を抑え込んだ。
最後には、バヨンと音を立てて泡が戻る。海坊主の両手は弾かれた。
「……間に合った……」
気が付けば、海中に今しがた放り投げられていた湖畔が。頭を抑えつつ、二人の背後に泳ぎ来ていた。
「湖畔お姉ちゃん!! …よし! キリねぇ!!」
二人を防いでいた泡が、和泉を包み込む形とサイズに戻る。そして、和泉は霧子の背に手を付けた。
ドクンっ。動力を押し込まれたように霧子の体が脈打つ。柄杓から再び、水があふれ出した。
そこに、追い打ちをかけるように、弾かればかりの片手を掲げ、海坊主は手を振り下ろしてきた。
「振って! キリねえ!」
「あ、ああ! うおおおらああぁぁっ!!」
ぶんっと、柄杓を振る。水圧は目に見えるほどの流れをもち、海坊主の手に向かって行った。
斬撃は振り下ろされてきた海坊主の手の平に届く。ぶしゃっと、真っ黒な血液と思われるものが噴出し、海坊主が仰け反った。
「! 効いた……!」
「やったよ、キリねえ!!」
喜ぶ和泉。その横に、湖畔が来た。
「湖畔お姉ちゃんも!」
「ええ…!」
手を差し出す和泉。その手を、湖畔はぎゅっと握った。
「聞いて、二人とも」
和泉は海坊主をまっすぐ見つめ、声を出す。
「あの怪物…本当に、怖い相手だと思う。キリねえの昔の仲間が喰われたのも、あいつが強すぎたからだと思う。そんなあいつに叶わなくて、二人とも、自分が頼りないって思っちゃう気持ちも、よく分かる」
「……」
「でも、頼りないって言うんだったら……私が一番頼りないよ。二人みたいに一人でどうにかできる力も無いし、今ここがどうなってるかなんて情報も、何も持ってない。一番、頼りない……」
それでも、そう言って、和泉は二人を見る。
「頼りない私が出来る事、ここにあるよ。私が二人に力を貸せば、こんな状況だって変えられる。あいつが完璧超人な無敵の化け物なんかじゃないことだって、証明できる」
和泉はそう言って、霧子の背中にも、もう一度手をかざした。
そして、二人同時に。どくんと心臓に燃料を注がれたような衝撃を受けた。全身の力が活性化し、あふれ出す。
「かはっ! 和泉ちゃん、二人同時に!?」
「うん! 力を与える事だけが、私に出来る事。 倒さなくても、力づくで通らせてもらおう!! ここが最後なんだ!!」
「……分かった!!」
霧子が、強く頷き返した。
「やってやる。こいつ吹っ飛ばして、陸に帰ってやる!!」
「…ええ!!」
湖畔は。片手で大きな泡を作り出す。和泉は、柄杓の水を細め、鋭い刃を作り出した。
「帰ろう…! 陸へ!!」
そう言い、3人は海坊主へ向かって飛び込んだ。




