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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第四章:海中の最後の門
30/53

30.肩書き以上に頼りない私

「うらああぁぁあああ!!」


 湖畔の絶叫を、霧子と和泉は聞いていた。


「! 水流が!」


 抵抗していたものの、徐々に吸い込まれていた体が静止し、霧子は握っていた柄杓から噴き出す水流のままに、後方に離れる。

 目の前では、巨大な海坊主が静止していた。


「……止まった……。湖畔お姉ちゃん、やったんだね…!」


 霧子の背中で、和泉が確かめるように声を出す。

 そうだ。その通りだ。霧子も自分の中で認め直す。

 かつて自分を含め、陸を目指した仲間達みんなが飲み込まれたのは、立ち向かう術が無かったからだ。今、ここには泡神様を名乗る、記憶の神様、湖畔が居る。正しい鍵を選べば、決着はあっという間だったんだ。


「……ああ。湖畔、あいつがやってくれたんだ」


 霧子は、うんと頷き返した。


「湖畔! やったな! こんなばかでけぇやつを、ほんとにやるじゃねえか―」


 和泉は、少し下を見下ろし、海坊主の首元を見た。

 そこには湖畔が居た。だが、海坊主の首元に手を掛け、動いていなかった。


「……湖畔?」


 じっと静止する湖畔の顔は、海坊主の顔を見上げ、蒼白としていた。

 動かない様は、どうしようもできない天敵に睨まれた、被食者の振る舞いだった。


「…!」


 霧子は、柄杓をしまい、両手を背に回し、しっかりと和泉を抑えた。


「! キリねえ?」


 そして、背中を後ろに傾け、海中を後ろ向きに泳ぎ、逃げ始めた。


「顔前に出すな!! あのばけもんに見られるな!!」

「えっ!?」




「…嘘でしょ……」


 海坊主の首元に立つ湖畔は、動けなかった。

 まさか。時間がかかるだけだ。そうと信じたい気持ちでいっぱいだった。

 でも、そんな事を言ってられる場合じゃない。自分には守りたい子が居る。何もできない失敗者のふりをしている暇があるなら、正しく現実を認識する事に意識を割け。


「なんで、こいつ。()()()()()()()()()


 湖畔が手を当てている、今しがた記憶を抜き取った部分も、海坊主の足側も。どこも透けて消えたりなんて、していなかった。

 横手を見れば、海坊主自身の記憶と思われる、黒ずんだ液体が海中に溶けて行っている最中だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「そんな……じゃあ、この海坊主は……」


 湖畔は、旅に出たきっかけの一つを思い出す。自分が取りこぼし、怪物に生まれ変わってしまった子達を解放する事。

 思えば、多少の魑魅魍魎の知識は朧気ながらにしか、湖畔の中に無かった。

 自分が取りこぼしたであろう、イクチ、霧子、サザエオニ。彼らの共通点が、魑魅魍魎全般の性質だと思った。未練があって化け物になり、記憶があるからこの世に存在をとどめ続ける。

 でも、違った。自分が神様になる前、自分の家族が生きていた時代。自分は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もっと、それよりも前に、魑魅魍魎は居たんだ。取りこぼしが、身体を模倣するための、アイデア元となる原型が。


「……取りこぼしじゃ、無い…?」


 霧子たち取りこぼしを、後から現れた者、後者とか呼ぶとするなら。目の前の怪物は、もっと昔から居た、先に居た者、先者だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 怪物が、大きく口を開いた。


「オオオォオオオォオオオオオオォォオオオ!!!」

「っ!!」


 湖畔も霧子も和泉も、全員が耳を覆った。

 海坊主は鯨にも似たような声を大反響させる。吠えながら周囲をきょろきょろと見渡していて。自分がなんでここに居るかも分からなくて、叫んでいる様にも見えた。

 だが、そんな風に叫ぶのも、ほんの少しの間だった。

 吠え終えると、ゆっくりと顔を霧子と和泉の方へ向けた。


「っ!」


 湖畔はハッとする。その瞳が、なんでか。襲って来た時の霧子やサザエオニのように、期待と敵意をの入り混じったものに思えた。


「本能で、和泉ちゃんを食べるべきだって思ってる…?」


 そう呟いた直後、海坊主は頭から倒れ込むように動き始める。また泳ぎ始める。また和泉を喰おうと動き出す。


「ま、待て!! ここにたっぷり神力もった神様が居るんだぞ! こっちを狙いなさい! 止まれ!!」


 湖畔は海坊主の顔の前に飛び出した。額の前に止まり、目の前に迫る相貌の大きな目に必死に問う。

 しかし、海坊主は湖畔のその振舞いに対し。無視を通した。

 動きを変えないまま、額で湖畔の全身を打ち、海中に弾く。


「ガハッ!」


 意識が乱れ、視界がぼやける。湖畔は、歯を食いしばり涙をにじませた。

 ずっと、名ばかりの神をやって来たのに。魂をあの世に行けるように導いて来たのに。

 自分は、子供の代わりを担えるぐらいにも、力が無いのか。

 本能で美味しそうな物を選び続ける海坊主に、湖畔は悔しさの嗚咽を漏らした。

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