表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第四章:海中の最後の門
28/53

28.激流の主

 それから、またも数時間が経過した。サンゴ礁の陸地は途切れ、代わりに眼前には深い渓谷のようなものが広がった。

 今までの2,3倍ほどの深さがあるだろうか。一番底はぼんやりと薄暗く、サンゴなどが生育できそうにない冷たいイメージが広がっていた。


「……ひとまず。ここまでは会わなかったね」

「ああ。岩地で会うよりは、あの大きさは目立つだろうな」


 少しほっと胸をなでおろす。姿が見えず、トラバサミのような勢いで喰われるよりは、目の前から敵意をもって堂々と襲われると思った方が、気は楽なのだろう。相変わらず構えている柄杓は小刻みな震えを伴っているが、霧子の表情はだいぶ落ち着きを取り戻していた。


「かなり長い岩礁地帯だったけれど、今どのあたりかしらねぇ…」

「さあな…。ここまでは私も来た事ない」

「……!」


 ふと、湖畔は背中をとんとんと叩かれた。

 振り向いてみれば、和泉は泡の中で腰を上げ、身体を伸ばして遠くの何かを眺めている。


「なに、和泉ちゃん。離れたら危ないわよ?」

「…! 間違いない…! 二人とも、遠くの海面見て!」


 そう言い、和泉は湖畔の肩にてをつけ、身体を乗り出して前を指した。


「?」


 湖畔と霧子は、それにつられ前を見直す。

 見上げて見れば、海面は相変わらずその外側で、光のシーツのようなものが寝そべって揺らめいていた。しかし、そのまま遠くの方へと目線を向ける。


「……! あれは…!」


 まだそれなりの距離はあるだろうか。だが、視認できる距離。

 暗がりの方に見える海面は、()()()()()()()()()()()()()

 それが指すことはつまり。霧の中の船墓場地帯からここまで、ずっと続いていた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……まじか」


 小さく、霧子が声をあげた。


「…と、とうとう来たわね……!」


 次第に、湖畔の口から明るい声が出た。


「……あ、ああ…!」

「おうちに帰れる……!!」


 3人が一様に、ゴールが近づいたことを自分自身に認めさせるように口を開いた。

 湖畔が前に泳ぎ出て、振り返る。


「行こう、霧子」

「ああ……!」


 霧子が頷き返す。そして、再び泳ぎ始めた。

 その時だった。開けた海中内に、大きな轟音が鳴り響いた。


「っ!?」


 全員が、耳を抑える。クジラの断末魔を、限りなく大反響させたかのような、壮絶な悲鳴だった。


「な、何!? なんなの!?」


 湖畔が音が反響する中、二人の安否を確認しようとそれぞれの顔を見た。だが、霧子の顔を見た時だった。耳を抑え続ける霧子の顔が、より一層青白くなって、目を見開いてるのを見た。


「っ……!」


 それだけで、何が起こるのかが分かった。

 ふと、身体が傾きかけるのを感じた。

 なんだ、と思った時には、海中に激しい激流が呻きだした。


「!? な、なに。きゃっ!!」


 激流に体を持ってかれた。湖畔は体を回転させながら海中に引き込まれだした。


「湖畔!! っつ、うあぁ!!」


 ハッとして助けようと動き出す霧子も、海流に掴まり、一緒になって引きずり込まれた。

 明るい海中から、どんどん暗い海底へ。激流は3人をどんどん暗い所に沈めていく。


「きゃああぁぁあああ!! ~~っ!!」


 湖畔の背中で、悲鳴をあげる和泉。しかし、悲鳴を抑え、首をぶんぶんっと横に振った。

 そして、恐怖に負けないようにと歯を食いしばると、今現在縦横無尽に回転し続け、激流に翻弄される湖畔の背中を見る。


「湖畔お姉ちゃん!」


 そう叫び、湖畔の背中に大きく開いた手のひらを押し当てた。


「っカハッ!!」


 どくん、湖畔は全身にまたも圧力のかかったポンプを押し込まれたような感覚を味わう。そして、淡い青色の瞳を輝かせ、両手に光が灯った。

 湖畔は自分に対し和泉が何をしたのかを察すると、急ぎ両手を左右に広げた。

 両手から大きな泡が噴出し、それぞれが湖畔と和泉を飲み込む形で膨らみ、二つがぶつかったところで結合し、大きな泡となった。


「んぐぎぎぎぎぃ…!!」


 そして、今度は湖畔が歯を食いしばり、泡に力を入れる。泡は、さながら湖畔が操作する潜水艦のように、激流に逆らい動き始める。泡全体を振動させながら湖畔は背後へ振り返る。

 そこには、バランスを崩し激流に流されやって来る霧子の姿があった。


「霧子!!」


 間に合え! 心の中でそう叫び、湖畔は急ぎ霧子の軌道に向かおうとした。しかし、急ぎ向かう泡の速度に比べ、霧子が通り過ぎるのが速い。間に合わない。


「!! させるかぁっ!!」


 湖畔は叫び、手を泡の前面に翳した。

 手が光、湖畔たちが入っている泡の前面に、もう一つ大きな泡が噴出した。

 泡は霧子の軌道上に膨らむと、湖畔たちの入っている泡を通り過ぎる刹那、吹かした泡の中にしっかりと入った。


「つっかまえたっ!!」


 険しい顔のまま、歯を見せ湖畔は笑う。そして、急ぎ泡を漁網のように引き寄せると。自分たちの泡の中に霧子を入れた。

 湖畔は霧子を抱きしめ、そのまま激流に逆らって海上へと浮かんでいく。


「はぁ、はぁ…はぁ…霧子!」

「えほっ、ごほっ……すまん、助かった…」

「~っ。良かった……」


 霧子が全身が変に激流にもみくちゃにされ、痛めた事で咽つつも起き上がる。それを見て、湖畔はほっと安堵の息を漏らした。

 その時、またも大きな呼応が海中に響き。3人が入っている泡を振動させた。


「! これって、そう言う事よね…?」

「…ああ」


 3人は、一緒になって、今しがた引きずり込まれかけていた海中に目を向ける。

 そこには、暗闇。いや、それだけではなかった。

 のっそりと、人の形をしつつも巨大な、大きな頭と、マグロのように見開かれた巨大な二つの目が現れた。その顔の口と思われる部分には、子供が落書きでぐるぐると書きなぐったかのような大きな穴が開かれていた。激流は、そこに向かって吸い込まれていたようだった。


「あいつだ……海坊主だ」


 海坊主の無機質な顔は、その視線は。泡の中に浮かぶ3人を見ているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ