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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第四章:海中の最後の門
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27.最後の門番

 日は上り、朝がやって来た。


「んんぅ……ふわぁ~…よく眠ったぁ…ん?」


 朝一番に目を覚ました和泉は、横手の方に妙な物を目にしたような気がした。確認しようと、そちらを見直す。


「! あらあら、わーお…?」


 和泉の視線の先、そこには。正座の姿勢のまま、器用に項垂れて寝息を立てる湖畔。そして、膝元に頭をのせてすーすーと、安らかな寝息を立てる霧子の姿があった。


「びっくり。一日でこんなに仲良くなるなんて」


 そーっと和泉は近寄り、霧子の頭を撫でる。しとしとと言う表現が似合う霧子のわかめ色の髪は、触り心地は悪い。けれど、それでもにこっと微笑む。


「やっぱ、二人が争いを止めてくれて良かったかも、ふふ」


 目の前の相手が自分を喰おうとしてたなんて関係ない。ただ、今はほっとするのだった。




 再び、3人は海を泳ぎ始めた。

 舟幽霊と神様がそれぞれ、空を浮遊するかのように海中を滑り進み続ける。

 しかし、霧子の背を追う湖畔の手には、ボールほどの泡に、刺身が浮いていた。その中から刺身を取り出しては、背中に乗っている和泉にせっせと刺身を運んでいた。


「ねー、霧子―。大丈夫だってー、おーい」


 呼びかける湖畔。しかし、その前方に居る霧子は振り返らない。

 それどころか、両手を頬に当てて、死人色だった肌を、いまだけ生気を取り戻したかのように好調させていた。


「ああぁ、もう、最悪。柄にあってないんだよ、ほんと、この…」

「霧子―。大丈夫だってー。怖かったら、甘えたって、私大歓迎だよー」

「だーっ! 昨日2度ぐらい別の理由で殴り合っただろうが! 一日でお母さん面するな!!」


 霧子は腕をぐんと振り回し、水中で3回点ほどした後に両手こぶしを握って空にほえた。


「あはっ」


 その様子を見た和泉は、綺麗な景色を見たのとは違うような、とても簡素な噴出し笑いを口に出した。

 その声が耳に届いた霧子は、はぁと大きなため息をつき、両手に頭を項垂れさせた。


「本当にいいんだけどなぁ…はい、おかわりもっとあるよ」

「キリねえ、愉快な人だなぁ」


 刺身をほおばりつつ、うんうんと和泉は頷いた。




「落ちついた?」

「ああ、まあな…」


 並走する湖畔に対し、霧子はこくこくと頷いた。


「正直、ああなっても全然変じゃないと思うわ。だって、海上一杯に、あんなのっぺりとした顔……」


 湖畔は思い出す。自分たちが休憩していた上空に、巨大な人の顔が浮かび、こちらを見下ろしていたのを。自分が保護者的立ち位置だと分かっているつもりでも、あの時だけは他の人にすがりたいような気持になってしまった。


「…あいつとは、初期の頃の海越え以降、会う事も無かったんだけどな……」

「会うこと自体、少ないの?」

「いや?」


 霧子が湖畔に顔を向け、皮肉めいた寂しい笑みを浮かべる。


「最初の頃、あたしみたいに志強かった何人かの連中とあいつにあって、みんな喰われた。で、仲間数が少なくなったことで、あいつが生息する領域にそもそも着かなくなっていた」

「っ!!」


 湖畔は絶句した。諦め着いたような霧子の言葉に、以前霧子が口にした前門のなにか、後門のイクチと言った事の意味が理解できた。


「……でも、諦められないよね?」

「…ああ」


 諦めたような顔つきをした霧子だが、そこだけは頷き返した。


「湖畔、お前たちと会ってここまで来れたのは、本当に久々のチャンスなんだ。間違っても、また同じ踵は踏みたくねぇ」

「ええ。食べられる気も、食べさせるきも無いわ」


 湖畔は自分の手を今一度見る。

 分離の能力。自分が取りこぼした記憶の泡から生まれた魑魅魍魎達から、記憶を切り離すことによって強制的に浄化する事の出来る力。これさえあれば、海坊主相手でも、倒すことができるはずだ。

 だからこそ、今度会った時は、いかに湖畔が海坊主の急所に触れる事ができるかが狙いになってくる。


「……」

「心配するな」


 一言頼む前に、霧子が口を開いた。


「怖かろうが、ぎりぎりまでやってやる。その代わり、湖畔はしっかりと、あいつを浄化してくれよ」


 柄杓を握り、霧子は微笑んだ。


「……ええ。任せて」


 湖畔の目には、霧子の柄杓を握る手が、小刻みに震えているのが見え、それから目を離せなかった。

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