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コハンの記憶とその重量  作者: 斉木 明天
第三章:未練の沈む海底
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26.私は貴女に謝れない

 日は傾き、3人が休憩していた砂地は、暗さと静けさに包まれていた。

 ただ、その暗さの中でも、砂地の上を踊るように、海面の向こう側の結界の光が、揺らめいている。

 その傍ら、岩の影に小屋ほどの大きさの泡のドームが出来ていた。

 中には、泡でできたマットレスの上で、幸せそうな顔をして寝ている和泉。その横で寝つきを確かめるように添って座る湖畔。砂地に腰かけ、片足を伸ばしたり引いたり動きを確認している霧子。その3人が居た。


「……妹が居たそうだが、どっちかってっと親子に見えるな」

「この子の親は、ちゃんと陸地で待ってるわ」


 はぁっと、湖畔はため息をつく。


「それよりも、足の方はどうかしら?」

「ああ、問題ない」


 霧子が不意に砂地に片手を付ける。そのまま手を軸に逆立ちをし、まっすぐと伸ばした足を左右に180度開いて見せた。


「こんな怪我、久々だがねぇ」

「はは、初めて出会った話の通じる取りこぼしが貴女とはね」

「基準だと思うってか? そりゃ他の連中見たら幻滅するだろうな」


 霧子は快活に笑い、ぴょんっと手首で跳び宙返りすると、砂地にあぐらで着地した。

 おおぉと、湖畔は思わず小さな拍手を送った。


「それで? 昼間は何の話したんだ?」

「もう、なんだかんだで聞いてたんでしょう? 昔の思い出と、これからの事…今、どのぐらい?」

「まだまだ距離はある。……だがな」


 霧子は口元に笑みを浮かべ、顔を湖畔に近づける。思わず、湖畔は縮こまってしまった。


「あたしが知る限りは、あと大きな壁って言ったら、一つだ。そいつさえどうにかしちまえば、もう陸だ」

「! 嬉しい知らせじゃない!」

「ま、その一つが大変なんだがなぁ。本当に昔、似たような気持ち持った奴らとつるんだときもここまで来れたんだ。……だが」

「だが?」


 霧子は、同じ表情のまま言葉を連ねようとしたが、思わず口が止まってしまった。熱がじわりと冷えたかのように、座っている位置にまで戻り空笑いをした。


「…ま、昔でもその壁は越えれてないってだけの話だ。…和泉もお前も居るし、二人とも頑張ってもらわねえとなぁ」

「和泉ちゃんもって…。私、この子の力に頼りすぎるのも、どうかと思うけど…」


 湖畔は少し俯き、すやすやと寝息を立てる和泉を見る。


「眠りが良い……けれど。人に力を分けるなんて、和泉ちゃんが疲労しないわけないわ。これ以上使ったら、どうなるか…」

「じゃあ。あんたとあたしが頑張ればいいだけだ」


 ふと、湖畔の背後から霧子が肩に手を置いた。


「まずいかもまずいかも言ってる暇あったら、これだけやって、頼るしかなかったって、自分に言えるよう、全力尽くしとけ。その方が、あんたもあたしも納得するだろ」

「もう…。それは当然よ」


 こくりと頷く湖畔。少しの間、二人の間に静寂が灯った。


「……そうだ、霧子」

「ん?」

「さっきの話の続き。私、和泉ちゃんを陸に帰したら、もっと自由に、泡神様の務め以外も、してみたいと思うの」

「へえ、いんじゃない?」

「貴女はどうするの?」

「…あ?」


 うんうんと頷いていたが、少しの間言葉をかみ砕いたのちに、霧子は豆鉄砲を喰らったように顔を上げた。


「なんだって?」

「陸に行って、貴女が家族に会った後よ。まあ、そもそも顔を合わせるのか、遠巻きに見るのかとか…色々考える所が、その前にあると思うけれど…‥」

「…あ、ああ。まあ……」


 霧子は、少し目を逸らしつつ、湖畔の言葉に呼応するように頷き続けた。

 なんだ? 湖畔は、霧子のらしくない相槌の仕方に、首を傾げた。


「…でも、そう言った諸々が終わった後は、何をするの?」

「……なんだろう、ねぇ」


 霧子は、遠くの海面で揺らめく光を見上げる。そして、海面の空を見上げるようにして、そのまま砂地に仰向けに倒れ込んだ。


「……そういえば、霧子。貴方が生きてたのって、何年前の事なの?」

「!」


 その言葉に、リラックスし空を見上げていた霧子の全身が強張った。


「私の結界内でも、時折年号の分かる物とか、流れて来てさ。ざっくりと年代とか分かってたんだ。更に陸に近い、霧子の所なら分かってるかなーって、思って」


 少しの間。霧子は答えなかった。

 湖畔は、問う言葉を続けようと口を開きかけたが、思わず止まってしまった。

 海面を見上げる霧子の顔が、死んでる筈の彼女の顔が。懐かしき誰かを追悼するような、儚げな笑みを持っていたのを見てしまった。


「……80年前だ」

「えっ?」

「あたしが溺れ死んだのは、80年前だ」

「……霧子?」


 少し声が震えて、湖畔は半ば立ち上がった。


「じゃあ、貴女。陸に帰って、貴女は…」


 半ば立ち上がった湖畔に顔を向ける霧子。その表情が、またも湖畔を止めた。


「あたしは、家族の墓参りがしたいな。ずっと待たせてごめんって、謝りたいんだ」


 湖畔は、霧子の微笑んだ顔を見て、そっと座った。


「……」

「…あはは。 ごほんっ、なんだよ、そんな辛気臭い顔して」


 湖畔は、両膝を抱え、縮こまるように座る。遠くの景色がぼやける暗がりを眺めていた。


「……貴女から、思い出を切り離さないで良かったのかな」

「…私は感謝しているよ」


 そう言うと、静かに霧子は横を向き。湖畔も、静かに寝そべった。






 それから数時間が経過した。

 辺りは暗闇の中、魚の魚影と思われるものが、時折海面のきらめきで真っ黒な影を作り、通り過ぎていく。

 和泉の次に、霧子も寝息を立て始めた。

 うっすらと淡い光を放つ泡のドームの中、湖畔だけが呆然と空を眺めていた。


「……もう、居ないのに…」


 そう呟くと、脳裏に妹の姿が乱発的に現れた。霧子は、自分と同じだ。だが、記憶を抑え込んだ湖畔と、記憶を追い続ける霧子として違っていた。

『覚えている上で、自分を許してあげて』昼間の和泉の言葉までもがやって来る。許すって、どういう事なんだろう。もう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 でも、湖畔も霧子も。まだ自分を許せてないのかもしれない。

 裏切った自分はここに居るんだ。喉で何度もつっかえてしまっていた。


「…はぁ」


 許せたって思った時、何が来るんだろう。

 その疑問に答えを出せず、霧子がしたように湖畔も海面を眺めた。


「…ん?」


 その時だった。視界の端に、真っ黒な塊が泳いだ気がした。


「……」


 ゆっくりと起き上がり、湖畔は手に泡を作り出した。


「…まさか、こんな夜に……」


 じっと海面を眺める。しかし、突然その海面から光が消えうせた。

 その代わり、真っ黒になった海面から、()()()()()()()()()()()()()()()


「っ!!?」


 自分達の十数倍はあるだろう目と、それ以上の暗闇が、海中に居る。砂底を覗いている。

 湖畔は全身の血の気が引き、即座に泡のドームに手を当てた。

 強度ぎりぎりまで、泡にこもってる力を抜くんだ。表面の輝きを絶つんだ。早くするんだ。

 脳にがんがんと鳴らされる警鐘に従い、湖畔は急ぎ泡の調整に入った。泡にこもっていた神力が弱まり、表面のほのかな輝きが消えていく。それに伴い、泡のドーム全体がぎしぎしと音を立て始める。


「……っ…」


 早く行け、居なくなれ。何もいない…!! 心の中で、湖畔は叫んだ。

 真っ黒な目玉は、暫く湖畔たちの居る砂浜をぎょろぎょろと見渡す。やがて、何も無いところだと判断したのか、ぐわんとでも言うかの様に遠くへ泳いでいった。

 その際、全身が砂浜の上を通るようだったが。その全身は長く。のっぺりとした暗がりが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで漂流する死体のように滑るそれは、遠くの暗闇へと完全に消えていった。


「……はぁっ、はぁ、はぁ……」


 湖畔は、張り詰めていた息を漏らし、胸いっぱいに空気を吸う。


「な、なに、今の……」


 その時、遠くでごぉぉおおぉぉおお。と、無限大にエコーされるような人間のくぐもった叫び声が聞こえた。


「うわっ」

「!!」


 その時、遠くの方で残響する声だったにも関わらず、霧子が目を見開き跳び起きた。立ち上がり、即座に柄杓を構える。

 その手は震えていて、額には大きな汗をかいていた。


「…き、霧子?」

「あの声…」

「だ、大丈夫よ。もう行ったから……」

「……来たことに、あたしは気づかなかったのか…?」


 へなへなと、力なく霧子は座り込んだ。


「…今のが、何なのか分かるの?」

「……海坊主だ」

「え?」

「前に言ったろ。前のなんやら、後ろのイクチってよ。あれが、前のなんらや、海坊主だよ」


 あいつに、最初につるんでた仲間は喰われた。霧子は震えた声で、湖畔に言った。

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