24.安らぎのサンゴ礁
「ほら、霧子。少し休みなさい」
海面から光が揺らぐ中、湖畔は海底の砂地に霧子を座らせ、近場の比較的表面が荒くない岩礁に横たわらせた。
そこは先ほどの怪物達の影も無く。静かに魚が空を泳いでいる。岩礁地帯に開けた砂地だった。
「うっ……すまないな」
湖畔はそっと霧子の足を延ばす。改めて見ても、その光景には言葉が詰まりそうになってしまった。
「霧子。貴女達って、再生力はどのぐらいあるの?」
「みんなそれなりにあるとは思うがなぁ。まちまちだ」
「まちまちね……」
気持ち、湖畔は落ち込み寂しそうな表情をする。その表情を察してか、霧子が空笑いを明るくしてみせた。
「不安がるなよ。数時間ありゃ大丈夫さ、旅の邪魔にはしない」
「そうじゃないわよ。心配なのは、貴女」
「……ははっ」
霧子は横に目を向け、頬を掻く。思いがけない言葉が照れくさそうだった。
「…人喰いを気にしてる暇あったら、あの子を心配しろよ、湖畔」
そう言って、霧子は視線の先に指を向けた。
湖畔は霧子の指す方を見る。その先には、砂地の中央で泡の中空を見上げる和泉ちゃんの姿があった。
首が痛くなりそうなほどに上を見上げ、常に変わり続ける海面の揺らめきを、逃さないとばかりに見続けている。その目は、憧れに近い気がした。
「……変に動こうとしちゃだめよ、霧子」
「おう」
そう言葉を返し合うと、湖畔は和泉ちゃんの元へ向かった。
湖畔が近づくと、和泉は湖畔に振り返る。
「湖畔お姉ちゃん、キリねえは?」
「大丈夫よ。今日はここでお泊り。それで、きっと元気よ」
「そっかぁ…良かった」
ほっと、和泉ちゃんの表情が和らいだ。湖畔は思う。ずっと海面を眺めていたのは、不思議なものに惹かれていたのもあるだろうが、それ以上に、自分達を守るために負傷した霧子が心配で、なんとか不安を見せないようにしてたのだろう。
湖畔は、泡の中にそっと手を入れ、和泉ちゃんの頭を撫でた。
「んぅ…もう、わたし、これでも小学校上の方なんだよ?」
「小学校?…ああ、今どきの子供が行く場所だったかしら」
「ふふ、そうそう。もう湖畔お姉ちゃんったら、色んなものを知らないんだから」
「あはは。和泉ちゃんと一緒に海を出てから、身に沁みてるよ」
「…でも」
そう言いかけ、和泉は再び海面を見上げた。
「私も、こんな光景知らなかったかな」
そう呟く和泉の顔には、海面の光の揺らめきが優しく当たっている。
湖畔は、その顔に思わず心の内で、少し揺らめきを感じた。
「……」
「私…。おうちに居たはずなのに、なんで海の中に居たのか、今も分かんない。おまけに、キリねえにあの貝のお化けたちに…怖い人たちが、たっくさん食べようとしてくる」
それでも。和泉はそう言って、手を海面に伸ばす。
「分かんないことだらけだけれど。この景色は好きだよ。……なんでか、この景色を見たかったって、そんな気がするの」
「!」
感嘆とする和泉の伸ばす手に、その姿に。湖畔は視界が揺らいだ。
誰かが、昔同じように手を伸ばしてたなぁ。
私が海の中からこうして伸ばしてたなぁ。海の上から、こうして誰かが伸ばしてたなぁ…。
……違う。それは、誰かじゃない。
「……? 湖畔お姉ちゃん?」
「…和泉ちゃんを見てると、昔の事を思い出すわ」
「? 昔の事?」
それって、記憶が無いんじゃ。と和泉は言いかけたが、どうしてか口をつぐんだ。その先の言葉を聞こうと思った。
「うん…。ずっとずっと昔の事」
湖畔は、和泉に高さを合わせるように海底の砂場に腰かける。そして、和泉と一緒になって、海面の光を見上げた。
「……私ね。やっぱり人間だったっぽいの。それで……妹が居たんだ」
「妹?」
「ええ……。名前は美湖。ちょうど、和泉ちゃんと同じぐらいの歳の子だったわ」
湖畔は、下唇を柔く噛む。そうだ。美湖だ。
あの子のお姉ちゃんだった自分が、かつて居て。美湖がこの先幸せでいてくれるようにって、自分はその時の人間だった自分を、全て捧げた。
そして、それと同時に。捧げて取り戻せなくなったからこそ。私が今まで思い出したくもなかった。私の記憶だ。




