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ドリーム・ウォーカー

作者: 生涯迷い人

真夏の日差しがコンクリートとアスファルトの街に照りつけている

そこで行き交う人々は皆暑そうで、けれどもそれを止めようとする気は一切感じられない

それをガラス戸越しの涼しい建物の中から眺める影が一つ

「やっぱり夏は涼しいところに逃げ込むのが最適解だねぇ、あんなに暑いと頭も回りやしない」



「それが自分の家ならね、あんたここのところ毎日この店に入り浸っているでしょう」

「私なりの倹約法ですよお姉さん」

「その辺歩いてる人を捕まえてその話聞かせたら十中八九どころか10人中11人が集りかケチのどっちかだと言うと思うけど

あと気味悪いからそういうときのお姉さん呼びもやめてくれない?」

その影の更に奥、レジスターの置かれたカウンターに向かって座る私は商店であるというのにどこからともなく引っ張り出してきた椅子に腰掛け、さも我が家のように携帯電話を片手に寛ぐ彼女に向かって溜息を吐きながら答えた

尤も、そう言った本人も本を片手に頬杖を付いているので人のことを言えた物ではない


一応軒先には『商い中』と店名を記した札が掛かっているのだが、何を扱っているのかが分かりづらい所為なのかいつものように閑古鳥が巣くっている

そんな店の天井からぶら下がる電球は色と明るさが相まって本当に電球が照らしているように見える・・・が、覗き込んでみればフィラメントではなく蛍光材が光っているのが見えるはずである

同様に木造に見えるこの建物自体も実際には鉄筋コンクリートに薄い木の板やら漆喰やらをつけただけだし、大きなガラス戸も断熱タイプであるらしい

らしい、というのは説明も面倒なので省略するが、この店を継いだ時点でそうなっていたのだから今更どうしようもない


その件は視界の隅で時々動く彼女にも以前半ば愚痴のように言ったことがあるのだが、『割り切れ』と意訳できるような数語で片付けられてしまった・・・尤も、そう長くない付き合いの相手にそういうことを言うのもどうなのかと思うけれども


いつものようにしていたところで、彼女が口を開いた

「そうそう、こんな話を聞いたんだけど」





「・・・ぇーのー?」

夢を見ているような、そんな薄い感覚の中名前を呼ぶ声が聞こえた

心地良い微睡みにもう一度戻ろうとして


「夢野!」

「はいっ!?」


慌てて顔を上げると、教壇の向こうにやや不機嫌そうな先生の顔があった


「その授業態度じゃいくらテストの点が良くたって内申は伸びんぞ」

周囲から小さな笑いが漏れた



「またその夢ねぇ・・・」


玖美の押す自転車の向こう、夢の中と同じ顔の彼女が唸る

「どう思う?」

「どうもこうも、私は医者でも心理学者でもないから答えようがないわ」

肩をすくめて『降参』のポーズ

「・・・で、カウンセリングでも受ける?」

「相談はしてみたけどお手上げだって」

「そりゃ仕方ないか・・・だからって授業中に寝るのはどうかと思うけど」

「それが授業中だけって訳でもないんだよねえ」

「それはもっとどうかと思うわ・・・」



が、夢の中と同じ顔の彼女が全く異なる性格と思考の持ち主等ということがあるはずもなく、全く同じ顔の厄介が家まで付いて回ってきた


「その夢の中の私は今度は何て言ってた?」




「『きさらぎ駅』ねぇ・・・」

「何か知ってるの?」

「知ってるも何も、何年か前にSNSで広まってた都市伝説でしょ

大本はもう少し前らしいけど、結局はインターネットがある程度普及した頃の話だから極端に古いわけでもないかな」

「そういえば聞いたことがある気がする

乗り慣れた電車に揺られてたら突然見知らぬ駅に辿り着いた、ってのだっけ」

「そう、大体そんな感じの話

それにしても何でそんな話が夢に出てきたのかしら?

本人が殆ど忘れかけているような話が何らかの刺激で表在化した・・・?」


直前まで普通に話していたのに、気が付くとそれが独り言に変化してしまう

知っている限り昔からある彼女の悪い癖なのだが、指摘しても修正される事はまず無かった


そして、彼女の悪い癖はこれだけでは終わらない

「それなら今夜、それっぽい場所に行ってみない?」



最寄りの駅から地下鉄に揺られること十数分、この辺りでは最も大きな駅に到着した

彼女に先導されるままその駅で降り、階段を上ると今度はすぐ近くにある地上の入り口を通って改札へと向かう

その改札は普段使っている携帯を翳すだけなのですぐにプラットホームに出ることが出来るが、彼女が選んだのは予想に反して下りの各駅停車ばかりが入るところだった


既に扉を開けたまま待っている電車に乗り込むのとほぼ同時に発車ベルが鳴ってドアが閉まり、静かに動きだす

車内の人はまばらで、座席も一区画丸々空いているところがあるというのに彼女は座ろうとする気配を見せるどころか、ドアの前に立ったままだ

一瞬気まぐれかとも思ったが、そもそも気まぐれで空いている座席に座らず数駅分乗車するような人間でないことはよく知っている


案の定、次の駅で目の前の扉が開くとすぐに降りてしまった

階段を上り、そのまま改札を抜けるかと思えば窓口で降車手続きを済ませ今度は別の階段を下る

当然改札内なので降りた先はまた別のホームである


そこそこ頻繁に列車が止まったり通過したりする隣のホームと違い、こちらはまだ貨物が1本通過しただけだ

そこから更に待つことしばし、前照灯の光と共に列車がゆっくり滑り込んできた・・・が1両だけであるし、何よりバスのような音を響かせている


『乗車口』のプレートが掲げられた扉から乗り込むが、整理券を片手に扉が閉まるまで座席に座って待っていても私たちの他に乗客が現れることはなく、そのまま列車は走り出した


バスのように低い唸りと僅かな振動を感じながら長いこと列車に揺られる、ということもなく僅か数分で次の駅に着いたようだ

料金を払って降車すると確かにホーム上は閑散としているし、止まっていた車両が行ってしまえば後は所々に立てられている照明が照らしているだけの寂れっぷりではあるが、高架のホームの外を見てみれば道路を走る車のライトや街灯、点在する家や近くの工場の光が秘境でも何でもないことを物語っている


「・・・もしかして目的地はここ?」

据え付けられている板に書かれている駅名は『きさらぎ駅』とはなんの関係もないし駅の雰囲気も少々違う

「明日は休みだって言うからてっきり泊まりとか深夜帰りになるような遠い駅に行くかと思ったのに随分と近場の駅を選んだ訳、聞かせてもらおうかな」


顔に笑みを貼り付けたまま振り向いたが、その先に彼女はいなかった

それどころか駅の見た目も変化し、如何にも田舎の駅・・・というより昔の駅のように山形の屋根が細い柱で支えられている

すぐ後ろに立っていた駅名標は殆どかすれてしまっているが、辛うじて『さか』の部分だけは読むことが出来る


「おや、客かと思ったらアンタは違うね」

唐突に声を掛けられ振り返ったが、なんというか曖昧だ

記憶が、という意味ではない


流石に和装ではなく現代の駅員と同じ格好をしているのはまだ分かるが、何故か首から上は靄が掛かったように認識が難しいのだ

気が付いたらここに居たので少なくとも正しく入ってきた訳ではない、という認識はあったが何故そう思ったのかは分からない

ホームには既に列車が止まっているが、車両の中にも外にも人が居るようには見えない


「あそこにゃ乗れんよ、よぉく見てみな」

私が見ているものに気付いたのか、顔ほど曖昧ではない指が差した先をよく見てみると薄らと影のようなものが動いているのが見える

その影が列を成して順番に乗り込んでいた


「しかしどうやって帰そうかね・・・」

その呟きが聞こえた直後、急に目眩を起こしたようにふらつき



気が付くと元の現代的な駅に戻っていた

どうも振り向くのと同時に立ちくらみを起こしたようで、それに気が付いた真実に立ったまま抱えられていた



「これ飲む?」

「ん、ありがと」


少し落ち着いた頃、すぐ下の自動販売機で買ったペットボトルのお茶を渡されたのでフェンスにもたれかかったまま有り難く戴くことにする

服が少し汚れるかもしれないがそれはそれ、これはこれだ


「貧血気味なのは知ってたけど振り返った瞬間よろめくものだから吃驚したわ

呼ばれてなかったら倒れた音で気付いてたかもね」

そう言って彼女は私の目の前で炭酸飲料の缶の蓋を開け


「あ、そうそう

あとでそのお茶分何か頂戴」


今まさに缶に口を付けようとしていた彼女の顔に向かってお茶を盛大に吹き出した





「そりゃ酷いわ」


抱腹絶倒、阿阿大笑

あまりに笑いすぎたのか目に涙さえ浮かべている

殆ど客足のない店だとはいえ商品を傷つけられてはたまらない、と過去に何度か注意したからなのか流石に台を叩くことまではしなかったけれども



「うーん、その『さか』ってのは端の方に書いてた?」


暫くして彼女が落ち着いてから仔細を話すと、額に指を当てながら小さく唸り始める

そこからは何か訊かれる度にそれに対する返答をする、という一問一答形式で話が進む


彼女が何者かと問われれば、友人であり常連客であり、同時に疑問を解決する探偵だとでも答えるところだろう

残念ながら同行できない故にホームズ的探偵ではなく安楽椅子探偵のポジションではあるが


「これはあくまでも私の推測と妄想が多分に含まれているから話半分程度に聞いて欲しいんだけど」

いつもの前置きと共に彼女の語りという名の推理が始まる


「いつものように話の時系列はすっ飛ばしておいて

まずはその平地の方の駅の話だけど、確かに駅そのものの見た目は『きさらぎ駅』として投稿された物の一つにそっくりね

ただあれは現実に存在する駅そのものか少し加工を施した程度の物だし、何よりそんなもの知らなかった訳でしょ?」


『それはそうだ』という答えしか用意はさせないつもりであるらしいが、生憎私としてもそれ以外の答えを持ち合わせてはいない


「知らないはずの風景や場面を見たことがあるように錯覚するのは既視感だけど、玖美の場合は逆

その辺の話をしようとしても、体質で説明するしかない訳だからその辺は放置しておいて・・・

日本神話における現界と冥界の境目は知ってる?」

「三途の川・・・は仏教由来だから黄泉比良坂(よもつひらさか)?」

「ザッツライト

流石に臨死体験で三途の川の岸とか黄泉比良坂に行くなんてことはそうそうないだろうし、何より鉄道で向かうあの世なんていくら何でも現代的すぎると言いたい所なんだけど・・・残念なことに正規の手順を踏んでないという自覚があったなら可能性は否定できないわ

そう考えるとその駅員のように見えたのは司る番人か、その委託先ってところかな」

「と、いうことは乗客はあの世に向かう者ってところ?」

「そうだろうね

ゲートになったかどうかは知らないけどその前後に居た駅に関してはN市近郊に実在する駅だからそっちは心配しなくていいと思う

なんなら実際にその鉄道に乗車したことはあるし、その駅で降りてはいないけど」

「人間なんて多種多様だし特に理由は訊かないけれど、そこ好奇心と行動力がどこから湧いてくるのかだけ気になるわ

しかしまさか地方のローカルバスみたいに整理券と現金って方式だとは思いもしなかったけどね」

「私の話に付いてこられる時点で大差ないと思うけど?

どうせもう巣くった閑古鳥の群れが合唱してるわけだし、偶には店を閉めて外に出るのもいいんじゃない」 

「髪と本が傷むから却下」

「髪なんて表皮と同じようにある程度の期間で入れ替わるでしょ

寧ろそんなに籠もってばかり居ると骨粗鬆症が心配だわ」


一瞬読んでいた本をそのまま投げつけてやろうかとも思ったが、そんなことをすれば本が傷む上に読んでいたページまで捲るのが面倒だ

そう考えた私はカウンターの下からハエ叩きを引っ張り出して目の前にいる彼女を気が済むまで叩き続けた

「ちょ、痛い痛い!」

「今まで一度も虫を叩いてない物なだけ有り難いと思いなさい」

「それは叩く虫も居なくなるほど閑古鳥が住んでいるということかしら」

「何ですってぇ!?」

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