桜の咲く季節にボクは微睡む
うとうとしてたボクの耳に、複数のスズメのさえずりが聞こえてきた。
耳をピンと立てながら空を見上げる。またあいつらだよ……。
見上げると、電線に三匹のスズメが止まっていた。
あいつら昼寝の時になるとお構いなしに鳴いてくる。迷惑ったらないよほんと。まぁそれでも寝るけどね。
顎を限界まで開き、大あくびをひとつ。
眠りに付こうとした時、目の前を何かがひらひら落ちてきた。
なんだっ――!
ボクはそれが何なのか理解する前に、条件反射で俊敏な猫パンチを繰り出した。
勝敗は……見事に空振り。ボクの負け。そしてそれの正体は、花びらだった。
ご主人が住んでる家の外の、ヒンヤリとしたコンクリートの地面へと着地した桃色の花びら。ボク聞いたことある。『サクラ』っていうんでしょ、これ?
まぁボク達ネコにとって花の名前なんて覚えてもしょうがないんだけど、春になると人間の口からよくその言葉が出るもんだから、自然と覚えてしまったよ。
下から睨むようにボクを見上げる小生意気なサクラの花びら。
小癪な――えいっ!
今度は少し軽めの猫パンチを繰り出す。
見事にヒット。ふふん。さっき避けたからって油断したね。あっ――。
急に吹いた気分屋の風によって、サクラの花びらは空に向かって逃げてった。風を味方に付けるなんてズルいぞ。ま、ボクの勝ちだからいいけど。
飛んでいった方向を見上げると、とても大きな木が目に飛び込んできた。あれが親。つまりサクラの木だ。
そのサクラの木はとても威厳があるように見えた。
まるで今ボクが子供を猫パンチしたことを、怒っているかのようにどしっとボクを見下ろしている。ごめんって。
さすがにあれは無理、勝てない。ボクは勝てない戦いには挑まない。
ここは素直に負けを認めるとしよう。いさぎよい猫はモテるのだ。
「ほらほら見て! ここの桜もめっちゃ綺麗っ!」
「うっわ、すごっ! 満開じゃん。写メ写メ」
まーた女の子たちが意味不明な事してる。最近ああいう連中が多い多い。
なんでサクラの木の前で小さい箱を持ちながらポーズとってるの? しかもあんな楽しそうに。理解できないよ。
もしやサクラには人を惑わせる力があるのかもしれない。
あるサクラの下では、大勢の人が飲み食いしながら小躍りしたり。あるサクラの下では、男と女がモジモジしながら突っ立ってたり。あれらは一体何してたんだろうって今でも不思議に思う。
「ほぉ、満開か。今年も綺麗に咲いたな」
後ろから声が聞こえてきた。
あ、ご主人。机と睨めっこ終わったんだ。
「よぉやっぱりいたな。お前も桜好きなんだな、春になるといつも見てる」
別に好きじゃないよ。ボクが見てる方向にアレがあるだけじゃん。
特別好きな事といえば、昼寝とごはん。あとは特にない。
嫌いな事はすぐ思いつく。子供、雨、大きな音、そして夏。あぁでも、この時期になると人通りも多くなって、特に子供は良くごはんをくれる。だから一応子供は好きの部類に加えとこ。
ちなみにエサを貰ってることを、ご主人は知らない。お前少し太ったか? と聞かれたりするが、ボクは知らんぷりしてる。
断る理由は無い。ありがたくいつも貰ってやっている。
そしてこれだけは言いたい。四つある季節のうち夏は最悪だ。
我が物顔で空のてっぺんに居座るあいつが、いつにも増して日差しを飛ばしてくるもんだから、熱さに耐え切れないボク達ネコは、みんな車の下に引きこもるしかない。
食事も進まないし、胸を張って嫌いだと言えるね。
他の季節はそうでもない。
この時期――春は、暑すぎず寒すぎず、昼寝に適したとても良い季節だと思うよ。
秋は……正直よく分からない。可もなく不可もなくな季節だ。でも散歩するとき、枯れ葉を踏むたびカサカサなるのはちょっと楽しい。
冬はとにかく冷えるけど、蒸し暑い夏よりは何倍もマシ。
積もった雪の上を歩いたら後ろにボクのキュートな足跡が残る。あれは面白い。でも肉球が冷たくなるから、すぐ家の中に引きこもるけどね。
だから総合的に見て、快適に昼寝ができる春が一番いいね。
ああそういえば、次が夏か……憂鬱だ。
どこぞの世界には毛の生えてない猫がいるらしいけど、そいつが羨ましい。
夏だけでいいからボクの毛も……いや、やっぱいいや我慢しよう。ボクの見目麗しい白い毛並みを無くすわけにはいかない。見た目もひょろひょろになりそうだしね。
とりあえず今を気楽に生きよう。来るもんは来るんだから考えたって仕方ない。
「――さてと、俺はもう少しだけ書くかね。また後でな」
また机と睨めっこしに行くんだね、ご主人。うん。また後で。
さぁボクも昼寝を再開するとしよう。余計な邪魔が入ったせいですっかり忘れてたよ。
それにしても、あのサクラというのは一体なんなのかねぇ。
人を惑わす魔性の花――。あぁ怖い怖い。ネコに生まれて良かったと心底思うよ。
ボクは眠りにつくまでサクラの木を見続けた。