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王の選別 1


王の選別 1




一晩、水晶玉のアラームが鳴ることはなかった。

ジワリーも俺も何故かわからないが、白麗剣が寝込みを襲ってくるとか、そういう偏屈な事をする事は無いだろうと直感していた。


アイツは、殺し屋なのかもしれないが、アサシンとか忍者とかとは違う気がするのだ。

もっと清々しく何かをやるやつだと感じるのだ。


逆に日が昇ってしまえばどこから襲ってくるかわからない。

俺たちを見つけ次第、人目もはばからずあの剣を抜くようにも感じられた。


俺たちは暗いうちから出発することを選ぶ。

曙の平原は魔物も不思議と寝静まり、何者の支配下にもない、ただ美しい大地の空間なのだった。


暫く進むと、水が和紙に染み込むように明るさが広がっていき、山際に光の塊が登ってくる。

瞬間、草原に朝が満ちていく。


山際が作る影の境界がダイナミックに動いて、その黒さが一際際立つ。


夜明けのネーベンの美しさは、俺達の世界の何に例えられるだろうか?

清少納言でも言葉を飲むほど、と言っておこう。


さて、草原は段々と景色を変えて、陽の光と共に山道を登る道を踏んでいる。

といってもそこは街道、厳しい山越えではなく馬車が行き交える道が整備されている。

日が高くなるに連れて人通りも徐々に増え、土煙が多くなった。


峠の頂上からは王都と荘厳な城の姿が見渡せた。

思ったよりもこじんまりしている。

街は丸い。

頑強な外壁で囲まれて居る。


「あれの全部で城じゃ」


俺らの世界で言うフィレンツェとか、西洋の城塞都市を思わせる。

レンガづくりや砂漠の雰囲気がないので、中東は少し違うかな?


外壁近くは随分賑やかな街のようだった。

様々な商店が遠巻きにも見て取れた。

坂を登る中腹に住宅の密集した細かく古い街が広がり、中心近く、一番高い所に城がある。


「攻めにくそうな城だな」


「攻めんでよい。味方ぞ」


草原の中の丘に王都は広がっているようだった。

峠を下って王都へ続く道は、それまでの草原の道と比べて整備が行き届いており、街路樹がずっと続いている。

街道沿いの商店もちらほらと立ち並び、街の雰囲気がすでに漂っていた。


この道をゆく限りは魔物と出会うこともそうないだろう。

どちらかと言えばクレーターの街が僻地なのだ。


「そういやジワリー、王都なんたら、みたいに町の名前はないのか? ジワリーの家があったクレーターにも」


「王都は王都じゃ。ワシの家が有ったところはズドンという場所じゃ。

じゃが、あの大地にうがった様な巨大な地形の場所を呼ぶものじゃから、街の名前ではないのお。


ズドンで通じるわい」


ズドン……センスが……


「あれはクレーターだろ? 隕石か?」


「いいや、竜がやったんじゃ。大昔にの。」


竜って、ドレイクもすごい迫力だったが、流石にあの規模の地形変化をアイツがもたらせるとは考えられん。

いや、そういう核爆弾も真っ青の威力の何かを吐き出したりできるんだろうか?

青くなっている俺を見てジワリーが説明する。


「ドレイクには無理じゃぞ。

あの規模の破壊ができるとなると、竜でも普通ではないわな。


ただ、あれをやらかした竜は今も現存しとる」


「何をしたんだよ……多分ズドンとしたんだろうけど。

ブレス的なやつなの? やっぱり」


「いや、ブレスというよりは咆哮じゃな。

その竜は手先が器用での、バカでかいくせに。


自分用の拡声器を作りよったそうじゃ、アホなことに。

そんで試したらああなった」


おちゃめの結果であのクレーターができちゃうって、質悪すぎる!

そんでそこに住むし……ネーベンの住人はどういう奴らなんだまったく。


「なんか守り神で凄い敵とやりあった痕跡、とかじゃないの?

拡声器でふっとばしたって……もうちょっと、なんかよ」


「竜はドードーの象徴じゃ。

確かに守り神も竜神ではあるぞ。


じゃが、神は神じゃ。

天に座してワシらを眺めとんじゃろ。

大して面白くもなかろうが、神も仕事じゃからの、暇に耐えとるじゃろ」


「いやいや、魔法とかは神様に力を借りたりするんじゃないの? 詠唱とかあるんじゃないの?」


「そういうのもあるんじゃろうか? ワシはやり方が違うからの。

ほれ、水晶玉でエネルギーを集めて増幅、加工、放出じゃ。


エネルギーも別に神様からもらっとらんぞ。

ワシの熱とか、空気中の物質の化合物とかじゃな。


主、神様に祈ったことはあるか?」


俺は元の世界では仏教だった。

それにしても平和な道中だ。

当初ジワリーも大して危なくないと言ってたが、ドレイクとか白麗剣とかいなければ、何の変哲もない街道の旅だったんだな。

ジワリーがヤモリで相変わらず見張ってるとは言え、今も背中が若干不安だがな。

複雑な王都の街に入ってしまえば、それも和らぐだろう。


「まあ、無いことはない。」


「ふむ、望みは叶えてくれたかや?

ワシも、どこかに神様が居るというヤツを否定はせんが、おったとしてもワシらの言葉に耳を貸すとも思えん。


ワシじゃったら突然祈られても困る。知らん。

知り合いならまだしも全部には付き合えん。


そういう風だから、詠唱を使う魔法にはどうも馴染めんのじゃ」


んん~、ジワリーの中で神様はそこらのおっさんくらいの感覚みたいだな。

概念的存在とかエネルギー体とか、精霊が変化して世界の力を司るとか、そういうのは一切感じられない。

むしろ生身の人間を感じる。


「ネーベンの神様ってそういう感じなの?」


「どういう感じかはそれぞれが設定することじゃ。

誰かにとって真実なら、そういう神様が生まれるじゃろう。

宗教みたいに広くに共通の認識として広まって、個々が小さな信仰でも、寄り集まって強大な思いとなり、神様が生み出されるというパターンもあるかもしれん。


そういう神様ができたら、その力を借りるための詠唱も、実力を持つじゃろう。

そうして長い年月をかけてできた魔法という構造はあるのじゃろうな、ワシは使わんから知らんけど聞いたことくらいはある。


主らの世界と違って、ネーベンはそういう所に寛容じゃぞ」


厳密にはこの婆さんは魔法使いではないのかな?


「ジワリーは魔道士と言ってるが、同じ魔法を使う人はいないのか?」


「おる。

ワシの使う魔法が寄る辺とする法則も、ワシ一人が信じたから発生した法則ではない。

過去、連綿と連なる似たような感覚を持つ命が、長大なる時間の中で生み出した世界の法則じゃ。

それは決して人の命だけで作ったものではない。

魔物も、虫も、精霊も、そして世に満ちるエネルギーと質量の循環現象も関わって、形になっておる。


それを拾ってワシらに扱える形にしてくれる道具は、水晶玉だけとは限らぬ。

杖かもしれん、剣かもしれん。

みかんかもしれん、メロンかもしれん。


扱っているエネルギーについて集積や加工をする時に起こっておる事は同じじゃが、道具は使い手の理解や感覚によって変わるのじゃ」


ジワリーから魔力の大きさがどうとか、俺の能力について説明が聞かれないのは、こういうスタイルだからだろう。

どちらかと言うと科学に近い考え方だよな。

でもガッツリ不思議を使っているのも確かなのだ。


せっかく異世界に来たのだからこういう事にも興味を持とうじゃないか。

どうせすぐに返してくれんし。


「俺の能力について何かわかることはないのか、ジワリー。


せめて昨日のパネルの開き方くらいは知っておきたい」


「分かったら説明しておるわい。

王都の図書館に文献がたくさんある。


その中に原書命銘典というのは無いだろうが、それについて書いてある物が見つかるかもしれん」


ふむ、王様の前に出るのはとても嫌だし、できればその時能力は引っ込んでいてもらいたいが、うまく行ってくれるだろうか?

ジワリーにはこの道中でいろいろ助けられたが、そもそもこいつの無茶苦茶のおかげでネーベンに拉致されたのだ。

白麗剣の時みたく、暴発気味に能力に出てこられても困る。

ちゃんとコントロール下に置いた上で、王様には能無しと思ってもらわないと。

役に立たんと認定されたら、おとなしく諦めて帰してもらわないとな、流石に。


さて、そうこうする内に魔物の姿もなく城門にたどり着いた。

ジワリーは顔パスじゃ、と自慢しながら他の通行人を追い抜いて、VIP入り口みたいなところから中に入った。


「やあ、ジワリーさん、また来たね。

この間の粉はうまく使えたかな」


「あれは失敗じゃったぞ。

腹を壊してしもうた」


朝も早いというのにジワリーには次から次へと声がかかる。

こっちの王都で過ごしたほうがよっぽど得なんじゃないか、こいつは。

まあ、珍しいからというのもあるのだろうか?


途中で何点か薬のようなものを売る場面も見えた。

ちゃんと商売をしている姿を始めてみた。

ヒットさんと怪しい取引をしていたときとは随分違う。

効能と使い方を説明していた。


「おつれさんとは珍しいね。

もしや王様の所へ連れて行くのかい?


いいねえ兄さん、あやかりたいよ」


俺にもそこそこの人だかりができてしまっている。

いやいや、目立ちたくないのだが。

ここにもアウトの刺客が居ると考えるのが自然だもんな。


「のう、他にも名付け主を王様の前に連れ出そうとするやつがおるじゃろ?

そやつらはもう着いておったか、誰かしらんかの?」


横幅のでかいモジャヒゲ鉄兜のおっさんが答える。

斧も担いでいるが、見るからにドワーフですと言わんばかりだ。


「それなんだがよ、方方から何人かたどり着いたんだが、みんなボロボロにやっつけられて病院に駆け込むってのが続いたんだわ。


俺でも知ってるくらいに噂になってる。

アウトの連中が今回のことを嗅ぎつけてやってるか、ジワリーの仕業に違いねえって話さ!

無傷で来たのはあんたら含めて3組くらいじゃないか?


で、やっぱりあんたがやったのか? ジワリー」


「せん! ワシではないわ!

この年寄りの身でそんな苦労が背負えるかや、バカモンが!


連れとるこいつはそりゃワシの秘蔵っ子じゃ。

王様の前に出しても何ら怯えることはなかろう。


じゃが、喧嘩となればからっきしじゃからな。

そんな面倒を追うくらいなら、王の御前で競って勝つ方が楽じゃわい」


ドワーフなおっさんは、やっぱそうだよな、と豪快に笑ってみせる。

斧を足元に置いてよっかかる様にして足を組んだ。


「ワシらも怪しいやつに付けられたのじゃ。

まぁ、他の刺客と違って不真面目じゃったかもしれんな。


無事についた二組は刺客をやっつけたのかや?」


「二組ともダンジョンの奥から帰ってきた猛者だぜ、荒事にはなれてるわな。

どれが刺客か気づいてもないんじゃないか」


どうやらライバルは物騒な連中のようだな。

できれば喧嘩をしたくないし、関わりたくもないものである。


「もうすぐ城の窓口が開くぜ。謁見はいつだよジワリー」


「明日じゃったの。

到着報告だけ済ましとくかの。


王都に刺客が潜り込んどりゃせんじゃろうの、ええ、頼むぞな自警団長殿」


どうやらドワーフのおっさんは街の顔役だったらしい。


「俺たちゃ敵が見えればやる気が出るんだが、忍び込まれるとかには弱えのよ。

そういうのは守衛省の管轄にしといてくれや」


苦笑いして立ち話もここらにしとこう、と仕事でもあるのか離れていった。


「あのドワーフ自警団長といったな」


「バカモン、ありゃエルフじゃ。

あんな耳の尖ったドワーフがおるか」


「あんなドワーフみたいなエルフが居るかよ!

華奢で色白で魔法で美しいんじゃないの、エルフって!」


偏見もええとこじゃ、と諌めるジワリーについて、石畳を進む。

無数の家が隣接しながら、狭く入り組んだ路地を作っている。

時々円形の広場が現れて、子どもたちが走る姿もあった。

洗濯物が路地を作る建物を渡す様に干してある。


観光、という考え方なら、俺は誰より贅沢な旅をしているな。

いっそ、そういう視点で楽しんでいくか。

殺し屋とかいなきゃそれもいいが、流石にもう少しシビアに考えたい状況だな。


段々、足元の傾斜が強くなっていき、一際高い城壁に突き当たると、門番の姿が見えてきた。

城門前も普通に路地で、むしろ他より狭い感じだ。

なるほど、権威や見た目より実をとっている、ガチの城なんだな。


「ドードーは戦で権威を示してきた国じゃからの。

城のつくりも無骨なもんじゃ」


門番は二人で、フルフェイスのヘッドギアを装着している。

甲冑に全身覆われており、むしろこれで戦えるのか不安だが、そこは採用されている戦士、コイツらの戦闘力も高いはずだ。

胸にドレイクみたいな竜と槍がクロスしたマークが着いていた。


「ジワリーじゃ」


「お久しぶりです」


右の門番に婆さんが声をかけると、受付の跳ね上げ扉をノックしてくれる。

城壁の一部が受付窓になっており、木の蓋がバカッと跳ね起きてメガネをかけた猫耳の人が覗いている。


「おや、ジワリーさん。

無事ついたみたいですね。


ボコられてないところを見ると、他の人達をやっちゃったのはやっぱり貴方ですね?」


「ヌシが噂の出処じゃあるまいな、ポート?

さっきも自警団長殿が同じこと言うたぞ。


いらんことを言うてないでさっさと手続きせい」


ジワリーが革に刺繍で模様と文字を縫い込んだ、えらい立派な何かを渡す。


「手形を確かに確認しました。

この度の謁見に参加する第一の要件、受け付けましたよ。


もう一つはそこなヤバいローブを羽織った兄さんが突破してくれないといけません。

ちゃんと説明しましたか?」


「何も教えとらん」


「やっぱり……どうしてジワリーさんはそうなんでしょうね……不真面目ですよ~」


こいつはまた言っとかねばならんことを隠してやがったな?

何だよ、ニヤニヤしくさってからに、言ってない方が楽しいからくらい思ってんだろ、こら。


「では、お兄さん、こちらへお越しください」


窓口の前に立たされる。

そして、ジワリーが持ってる水晶の小型みたいなのを用意された。

ここに来る前に俺のパソコンにジワリーがインストールしたアレに似た登録フォームが見えている。


自分の情報を打ち込むように支持されるので、ステイ、原書命銘典と二つの情報を打ち込む。


「んふふふふふ」


それを見た途端に猫耳受付、ポートさんは笑い始める。

待てよ、その笑い声、聞き覚えがあるぞ!


「あんた天の声だろ?!

全裸の俺を散々弄ってくれたの、あんただな?!」


「能力の保有を確認しました!

今日はこれで結構です!

また明日!」


ピシャッ! っと木のドアを閉められてしまう。


おお、おおいおい、やってやるぜコンチクショウが……?!

可愛い子だからって許してやらねぇ、素っ裸にして『恥ずかしいですか?』って2階の窓から聞いてやるんだこの野郎!


声にならない声を上げて閉まった窓口のドアをドンドンするが、門番に止められる。


「お、おやめなさい、気持ちは分かるが彼女に手を上げれば重罪に問われます。

私達もひどい目に合わされてきましたので同情はしますが、打つ手もありません。」


「いいやある! 俺をアイツのところへ行かせろ!

素っ裸にして聞いちゃるんじゃ、『恥ずかしいですか?』ってエコーをかけて2階の窓から聞いちゃるんじゃ!

今ここでやっちゃるんじゃあ!」


「それでは国の公人を害すだけでなく強姦にも問われますよ!

私等の前でなんて計画を口にしているんです?

私が聞かなかったことにしなければ、危険人物野放し禁止法で拘束ですよ!」


一連の様子にひゅーひゅー喉がなるほど笑って転がるジワリーであった。

俺はまんまとあいつの笑いダネになったわけだ。


くそったれ、分かってやがったんだなジワリーめ。

奴は何とか笑いを収めて、涙を拭きながら腹筋の痛みに顔をしかめる。


「ほれ、説明など要らなんだじゃろ」


「俺が能力を保有してるってことを、城で確認できるんじゃ逃げようがねえだろ?!

そこを言っといてくれねえと話がネジ曲がるじゃないの!


あちらさん、能力の詳細までわかってるんか?

そうでないなら、まだ俺が役立たずだって主張する幅があるけんどよ……」


ジワリーはため息とともに首を左右にふる。


「往生際が悪いのう?

詳細は分かっとらんが、ヌシには二つ名があるからの。

多分これから城でも調査されるじゃろの」


おのれ、やけにあっさり不利益な『王様騙し』の提案を飲むと思ったぜ。

王都まで来れば逃げ道が断たれる算段が有ったわけだ。

受付を済ましちまったし、これから姿をくらましたら捜索されたりするだろうか?

ていうか、ジワリー抜きで動き回れるわけがねえのよ、ドラゴンがほっつき歩くこんな世界で!

その上絶賛殺されそうだし。


断固王都行きを断ればよかったか?

でもそれじゃ帰してもらえんしな……やっぱり『二等辺三角形の頂点の人』を見つけないといかんな。


「他にも言ってないことは無いだろうな?

役に立たないと分かったら捕まるとかよ」


それは有りませんよ、と門番が答える。


「ジワリーさん、また無理やり系ですか……?

こないだ城に斡旋してくれた料理人、評判が凄く良いですけど、本人は自分の店に戻りたくて3回も脱走を図ったそうですよ。


貴方の息がかかった怪しい連中が、そのたびに連れ戻してますけどね」


「怪しい連中とか言うでないわ、城の正式な機関じゃろが。

じゃから名前を隠密とか何とかにすなと言うたのに、あの宰相は」


ジワリーのやり口はやっぱりいつもこんな感じらしい。

弱みか何かを使って有無を言わさず現場に連れていき、逃げ場を断つ。


「おい、とりあえず王様の前には出るがよ、結局アレの開き方も分からんのだから、何も出来んでも文句を言うなよ?」


「その時はその時じゃ。

いよいよ使えんのであれば、元の世界に帰ってもらうわい。

流石にそれではワシも、苦労の方が多くなるからの」


それより宿と飯じゃ、と門番におすすめの宿を訪ねるジワリー。

すぐ側にちょうど良いのがあるようで、向かうことになった。


城の門がある路地を大通りへ抜ける。

王都の店は露天よりも建屋のものが多い。

建物の隙間みたいな狭い路地に、商店街がいくつもできていて、そこには露天が並んでいた。

所狭しと密集したそれらの商店街は、商品で屋根ができるくらい陳列されており、陽の光がすくないのであった。


宿をすぐに取れたので、そのうちの一つに入り込んで飯を食う。

肉の入ったおかゆのような、粗野なものだったが、すこぶるうまいのであった。

だが、どうやらこれを食べすぎてしまったらしく、宿に帰ってすぐに催してくる。

街を冷やかしてみたいが、アウトの刺客が潜んでいるかもしれないので、明日まではとりあえずおとなしく引っ込んでおこうと帰ったところだ。


俺は便所に座って頭を抱えていた。

ネーベンの便所はもとの世界の物によく似ていた。

便座の形が若干スタイリッシュだ。


「異世界で便所にこもるとは……」


ため息を付きながら両手の平を眺める様に顔の前に開いた時、例のパネルが出現したのである。

見開きの本のように成っており、左側に『対象を指定』、右側に『履歴を検索』と書かれている。


「……えええ…」


本を閉じるような仕草を両手で行うと、再び消える。

手のひらを合わせてを本を開くように動かすと、また出現した。


「……便所で……」


異世界にやってきて不思議な能力に目覚めて、使い方を便所で研鑽するというのは、あまりにもロマンがない。

朝一便所で新聞を読む、なんて光景は今では少ないのだろうが、丁度そんな感じで俺は能力の使い方に気づいた。


偶然の産物ではあるが、これは嬉しい誤算かもしれない。

ジワリーは、俺が原書命銘典の開き方に気づいたことを知らないのだ。

そう考えるとここで機能を確認しておくのが得策だ、と思いついたのである。


「履歴から見てみるか」


右側の履歴をタップすると、一旦文字が消えて白麗剣と顔写真が左上に表示される。

他に履歴があれば並んでいくのかもしれない。

履歴を選択すると、あの時見たのと同じ表示だ。


白麗剣の文字を触れば何か出てこないか? 反応なし。

スワイプしてみようか? 反応なし。

この写真触ったら可愛い声でも聞こえないだろうか? 反応なし。


どうやらスマホほど従順な能力では無いようである。


だが、少なくともネームドかどうか、そして何という二つ名なのか分かる。

この国は二つ名を付ける人を探してるわけで、そうすると俺の能力はお呼びじゃない。。

だが使いようによっては、アウトのネームドスパイを探し当てる道具になれてしまう。


やっぱり王様の前では能力封印の方針で。

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