白麗剣
白麗剣
30分近くも走り続けたか?
運動不足の体にはめっちゃ堪えるが、命がかかってるから大真面目に走った。
ジワリーに追いついてから流石に少し歩みを止めた。
「十分な距離ではないが、一応、戦線離脱できたわい。
沢の側で休憩とするぞよ。
水晶もちと休ませんといけんしの」
「馬かよ」
森は遠く見えなくなって、草原の中を細い沢が流れている。
一本道はまだ続いているが、大分先に集落らしきものが見えていた。
山が近くなって近づいているはずの城は隠れている。
草原の草の色も少し緑が薄くなって、更に短くなったようだった。
山に近づくほど伸びるのが遅いということだろう。
「あれが今日の村か?」
息を切らせながら短く話す。
「そうじゃ。しかしドレイクは一体どうしたと言うんじゃろの。
森から出るなど、本当に稀なんじゃが。
大体は自分の身に危機が迫った時に出てくるんじゃ。
ドレイクを脅かす相手となると、あまり考えたくないレベルじゃな。
もしそれが別の魔物じゃったりしたら、どこまで逃げても結局同じじゃろう。
やりあっておったようじゃったが、相手が物分りの良いやつであることを願うわい」
正直、ドレイクのインパクトは凄いんだが、相手の気配が気になっている。
誰かの気配を読むなんて俺にはできんはずだが、あの時、確かに例の『 文字の世界 』が一瞬見えた気がした。
ジワリーは何も気づいていないのだろうか?
「なあ、ドレイクと喧嘩してたやつ、あんたは姿を見たか?」
「いや、めっちゃ逃げたわい」
そうだよな。俺も見てない。
気味の悪さが消えないが、とにかく息を整えて速く村に着いてしまいたい。
あんなのが住んでる森の結構近くで人の営みがあるということは、本来ならお互い干渉が無いはずなのだ。
魔物であっても奴らは賢いだろうから、村くらい人が集まってるところにやたらめったら突っかかってはこまい。
あそこまで行けばひとまず落ち着く。
「村に行こうぜジワリー。
草原に居るとあいつが飛んでこねぇか不安になる」
ジワリーは呑気にドライフルーツをかじっていたが、俺の提案に立ち上がる。
「ワシもじゃ。ぼちぼち行くかの。
小一時間も歩けばつくが、ちと早足での」
俺も水を一口飲み込んで、深く息をしてから歩き出す。
まったく、爆弾もどきがあってもあんなのが相手じゃ足しにもならん。
たぬきが街に出たってニュースになるような世界から来たんだからな。
クマなら緊急事態だし、イノシシでもかなり怖いというのに、ドラゴンて……象やカバに怯えるアフリカの人の気持ちがちょっとわかった気になった。
沢を離れて街道に戻るが、ここからでは戦闘の気配は感じられない。
村へ向かう道中でへっぽこトカゲと、瞳が真っ黒な犬が出てきた。
トカゲは無視したが犬はそうもいかない相手のようだ。
「こういう時に出てきてほしくないの、あいつには。
普通の犬でも正面から喧嘩して勝てる人間は少ないんじゃが、あれは魔物じゃからな。
無差別な敵意と、噛まれたら治らん傷が面倒じゃものな」
ぶつくさ言いながら低い体勢で身構える犬への対処を考えるジワリー。
「ステイ、主のを試しに投げてみよ。
ビビって逃げてくれんかの」
袖から一つ出して準備するが、本当に大丈夫なのか?
「ああいう手合は群れで来られるのがたまらんだろ。
殺さんにしても当てて、無力化と自由を奪わんといかんのじゃないか」
ジワリーは頷いて、ダメージを与えられる魔法の準備にかかる。
俺は爆弾もどきの紐を引いて、下投げで犬の腹辺りに爆発が広がるのを期待して放る。
もちろんそんなに精密な効果範囲をコントロールはできないし、犬も得体の知れない塊が飛んできたら少し飛び退く。
その動きを見てからジワリーが魔法を使った。
「そおりゃ燃えい!」
犬の足元、地面から炎が立ち上がる。
範囲は極めて小さいが、火事のような不規則で力の散漫な炎ではなく、むしろターボライターの様にエネルギーが集中した炎で、その場にじっとしていれば犬の腹に穴が空くだろう。
火力も申し分無く、一瞬で表皮を焼いてダメージを深めようとするが、流石に魔物犬も逃げるのだった。
毛と皮膚の焼けた匂いが立ち込める中、爆弾もどきが犬の真下で爆発する。
ジワリーはアースターボライターで魔物犬を焦がすだけでなく、転がって爆発を待つ爆弾もどきの方へ誘導したのだ。
爆発の直撃で真上に魔物犬が吹っ飛ぶ。
放物線を描いて後方に少し飛び、腹から四肢を投げ出して落ちてきた。
続いて巻き上がった泥がバラバラとかぶさっていく。
「死んだかな」
「いやいや、余裕で生きておる」
とりあえず今は無力化できているし、すぐさま動くのは無理そうなので、これで放置する事になった。
爆発で哺乳類型を殺傷するには、相当な威力が必要だ。
この爆弾もどきには都合7つの火薬の練り上げが詰まっているが、魔物犬あたりに致命傷を与える爆発を得るには30個は居るだろう。
しかも、それを同時に爆破する必要があり、さらなる加工が必須である。
例えば粉末に戻してもっと大きな塊にしてしまうとか、もっと小さな塊にして誘爆効率を上げるとか。
いずれにしても爆発する剤の総量を上げ、最初の引火から爆発し切るまでの時間を短縮せねばならない。
それは中々難儀であるし、今の爆弾もどきでできる範囲で対処したいものだ。
だが、ドレイク並のと次々対峙せねばならないとなれば、話は別だ。
まあ、今のところは上出来としようじゃないか。
俺たちは草原の道を切り抜け、最初の村に着いたのである。
ジワリーは早速宿をとる。
腹は減っているが、とにかく屋内に自分たちの場所を確保したかった。
ジワリーは別にしちゃろう、と二部屋とろうとしたが、別に気にしないが、と伝えると一部屋になった。
「ベッドか。
たかがこれだけで随分落ち着くもんだ」
「だいぶ肝を冷やしたからの。
滅多にできん経験じゃったわい」
2階の部屋は大変シンプルな作りながら、今まさに欲しいものを揃えてくれている。
ネーベンの建物は基本的には木と漆喰でできている。
壁は土壁なのか? かなり頑丈な作りで防音も悪くない。
ガラスが普及していないのかあまり見かけず、木の跳ね上げ窓が一般的である。
この部屋もその様な窓が二つあり、どちらも開けられている。
まだ日が高く明るいので、そうしているのだろう。
窓からは村の主要道路が見下ろせた。
道具屋、左に武器や、右に換金屋で、いずれも屋台形式だ。
道は村と言っても賑わっており、王都とクレーターの街を行き交う街道の村なのだからそれもそうだろう。
ガヤガヤと雑多な声と音が部屋に届いたが、あまり気になる物でもなかった。
飯を食いに行こうかとジワリーと話していたら、外から驚きの声とどよめきが飛んできた。
覗いて俺たちは心底仰天する。
観衆の注目はある女に注がれていた。
修道士を思わせる白いワンピースのドレス。
足元まで隠れて露出は極めて少ないが、袖が短いので腕は見えていた。
白くきめ細やかと言うよりは、不健康な感じさえする薄明な素肌。
腰に剣を帯びている。
極めて細く、薄い剣と言う印象だ。
鞘でものが切れるんじゃないかというくらいに。
紫とも青とも思える、深く不思議な色の髪を、雑な結び方でポニーテールにしている。
彼女が注目を浴びているのは、決してその美貌からではない。
右手にひこずって来たのは、なにかから切り飛ばしたしっぽのようであったが、俺たちはそれに見覚えが有った。
「ドレイクの尾じゃねえのか、ありゃ!
ってことはあいつが喧嘩してた相手か? 嘘だろう?」
自分のベッドから近い方の窓から覗いていたジワリーが答える。
「いいや、間違いないの。
あれはアックステールと言うて高値で取引されておる。
何とも美しい切断面じゃ。
普通に考えてやつの仕業よな」
その細っちい剣で見るからに頑強な尾っぽを切り飛ばしたのか?
ていうか、勝ったってことか、ドレイクに。
とても信じられん、と彼女を眺めていたその時、視界にノイズが走りジジジと脳裏に砂嵐がかかる。
しかし、それは一瞬のことで、何を意識する暇もなく収まり、同時に眼前に薄緑色で向こうが透けているディスプレイが空中に一枚展開した。
天の声が俺に不躾な質問をした時の、イエス・ノータッチパネルと同じものだ。
あの時と同様、丁度胸の前に見下ろす角度で現れて、体を動かすとついてくる。
「なな、なんなのよ?!
気味悪い気味悪い!
来んな来んな!」
俺は逃げようと必死だが、ジワリーは落ち着いたものだ。
「ほーれみい、能力あるじゃろが。
落ち着けい、それが主に害をなすものでないのはわかるじゃろう。
むしろ何が書いてあるんか気になるがな!
読んでみやれ!」
くっそ、俺は能力など使いたくない!
何もできないって所を王様に見せに来たのに、こんなのが勝手に出てきてはいかん!
ため息を付きながら仕方なくパネルを眺めてみる。
「え~と、あの女の写真か?
俺が見た景色で作ってあるみたいだな」
窓から覗いた斜め上からの姿が写っていた。
ジワリーにもパネルははっきり見えているようで、覗き込んでくる。
「おもろいの~
この写真の右にある字は主らの世界の字じゃな。
ワシにはこのままでは読めんのじゃ。
なんと書いてあるんじゃ」
興味津々ではあるが、これが何の役に立つというのか? ただの盗撮魔になってしまう。
「ええと、『白麗剣』だな」
それを聞いた瞬間にジワリーは窓の側へ飛びつく。
そしてさっきと違い身を隠しながら女を覗いた。
ただならぬ様子に俺も同じようにする。
「ど、どうした、何よ、あいつヤバイの?」
ジワリーは、換金屋とアックステールの引取値をやりあってるらしい彼女を注意深く見ている。
こちらに気を止めていないことを確認し、ゆっくりと窓を締めていく。
外が確認できる程度に開けて、様子の確認は続けていた。
俺の方の窓も同じようにするよう、手で合図している。
俺は窓を締めながら、喋ろうともしないジワリーの様子にただ事ではないと判断する。
「あれは、アウトから送り込まれた刺客じゃ。
狙いはワシとお主じゃろう。」
「えええ?! ドレイク倒しちゃう奴に狙われてるの?! もう?! 俺何もしてねえぞ!」
声を抑えんか、と睨んでくるジワリー。
「良いか、アウトとドードーは先の大戦で戦っておる。
傭兵軍団 VS 騎士団というのがその時の大まかな構図じゃ。
大戦で無茶苦茶に暴れまわってくれたアウトの剣士がいて、戦争が終わった後に現れた名付け主が、そいつに渾名を付けたと聞いておった。
それが、白麗剣じゃ」
ジワリーは彼女から目を離さずに言う。
「大戦から帰ってきた騎士達の言うことが本当なら、奴はアウトの傭兵達の中でも一番強い。
その上に渾名を得て何かしら能力も有しておろう。
王様が名付け主を選定するという情報がアウトに伝わったとすれば、その候補者を消そうと動くのは分からんでもない。
最大戦力をワシに向けてきたのは、中々見どころがあるわの」
「つまりあいつに見つかったらヤバイってことか?」
「その通りじゃ。
伝わっておる逸話では、白麗剣は話の通じるような相手ではない。
ワシらを利用しようとか、仲間に引き入れようとか、そういう駆け引きを考える人種ではないということじゃ。
依頼と標的が全て、そういう輩じゃな」
つまり、ドレイクより厄介かもしれないやつが同じ村に滞在しているということだ。
やっと落ち着いたと思ったのに、早速これである。
異世界なんて本当に来るもんではない。
「で、どうする。
今日のうちに村から出るというのも手かもしれんぞ?」
「夜の草原は進めぬ。
この先は小さいが山を進むエリアもある。
この時間から村を出る選択肢はとても取れん」
ジワリーは俺の胸元を指差す。
「さっきのはどうしたのじゃ」
言われて気づいたがパネルが消えている。
「どうしたと言われても。
知らん間に消えた」
もう一度出していろいろ試せ、とジワリーが無茶を言うが、出し方が分かれば世話はない。
「仕方がないの。
どんな能力を持っているのか分かったりせんかと思ったが、そこまで便利でもないのかの」
「俺の二つ名とやらが原書命銘典だろ。
辞典なら名前だけじゃなくてそれについても載ってそうだ。
開けんけど」
とにかく、ヤツは自分が白麗剣だと俺たちに気づかれた、その事は知らないわけだ。
奴は自分の標的が俺たちだと理解しているのか、それも疑問である。
忍び寄って抹殺するのはハードルが跳ね上がったことになる。
更に、アイツの姿を俺たちが捉えているわけだ。
イニシアチブはこちらにある。
とにかく見失わないように、後を付けようという算段になった。
やつの居所を常に掴んでおくのだ。
「わしの顔はバレておる。
主はアイツに顔を見られても原書命銘典じゃと気づかれることはないはずじゃ」
幸いなことに換金所との交渉は長引いているようだ。
なかなかにオーバーアクションで値を吊り上げている。
野次馬も集まってきて盛り上がっていた。
「となりの道具屋で使い魔のヤモリを一つ買うのじゃ。
アイツの宿泊先が分かったら、それを使っていつでも水晶で見張れるようにできるぞよ」
「つまり、殺し屋がワイワイやってる隣の露天で買い物してこいってことだな。
相変わらず無茶苦茶いうわあ」
交渉が終わる前に買い物を済ませたほうが安全じゃ、とケツを蹴られて表に出た。
アイツは人たがりで姿が見えないが、まだまだ白熱しているようだ。
隣の道具屋にすばやく声をかけた。
「ヤモリをくれ」
「良いところだから待て」
道具屋の親父が野次馬の最前線だった。
商売を優先せんか! これだから異世界の屋台は!
恐る恐る隣を見ると、換金屋のおっさんと白麗剣が黙って睨み合っている。
どうやら交渉は互いに引けない値を突き合わせるところまで行ったようだ。
白麗剣はさっき切り落としたばかりの新鮮なもので、断面以外に傷はない、と主張。
店主は信じられるか、と主張しているようである。
「長くなりそうじゃないか。
ちょっと急いで居るもんで、それ、そこのを一匹くれるだけで良い。
値切りもしないから速くくれ」
仕方がないな、と親オヤジが面倒そうにヤモリに手を伸ばそうとした時、白麗剣が持っていたしっぽを真上に放り投げる。
人混みが一瞬彼女の周りから離れる。
空中で尾の切断面から1cm程をもう一度切り飛ばして見せた。
薄くスライスされたその肉を、換金屋に渡す。
「わたしの言い値を飲めないのなら、あなたの言い値でそっちを売ろう」
それがどんな技術なのかは、ネーベンの街道を行き来する者であれば一目瞭然であった。
走った剣は白い光となって視界から消えて失せ、何の支えもない空中の尾をスライスしたのだ。
断面はまっすぐで、一部の品質欠損もなく、美しい表面を保っていた。
それにしてもこの殺し屋、目立ち過ぎである。
換金屋はおとなしく彼女の言い値で尾を買うことになった。
それどころか見事な手前に感激して、スライスした方も買い取るのだった。
良いものを見たと喜びながら、ようやくヤモリを売ってくれるおっさん。
「あんちゃん、あんなべっぴんで腕の立つのはそうはいない!
声をかけなくて良いのかい?」
「はっはっは、そうしたい所なんですが、下手をするとあの剣がこっちに飛んでくるでしょう?」
オヤジはそりゃ確かにそうだ、と笑いながら少し負けてくれたが、そんなやり取りを楽しんでいる場合ではない。
宿の入口に降りてきていたジワリーが怒っている。
「何を最前列で見物しとるんじゃバカタレ!」
「オヤジに言え、オヤジに」
とにかくヤモリは買えたのだから、今度はアイツの後を付けるわけだ。
白麗剣は代金を受け取ると、王都へ向かう方向へ進んでいく。
俺たちは少し離れたところから付けていく。
拍子抜けするほど緊張感のない殺し屋であった。
沢山出ている露天がとにかく珍しいらしく、あっちへフラフラこっちへフラフラ。
先程の大捕物の見物人が多く、色んな所で負けてもらっている。
アイスクリームみたいなのを手にご機嫌な様子だ。
雰囲気がかなり温かいが、表情は殆ど動かない。
「おい、ただ可愛いだけだがどうする」
「バカモン、そうやって油断してぶった切られた騎士が沢山おる」
奴はどうやら宿屋を探し歩いているようだが、野次馬たちにちやほやされて中々たどり着かない。
途中でやっと宿を探している、という話になったようで、見るからに良い宿に案内される。
「おい、あんなところに泊まられたんじゃ、見張れないんじゃないのか?」
「そこでヤモリじゃろうが。ほれ出せ」
ジワリーはヤモリを水晶玉の上に乗っけてタッチパネルを操作していく。
「ほれ、仕事じゃ」
ヤモリは目にも留まらぬ速さで宿の壁を登って、小さな隙間から壁の中に潜り込む。
「お前さんより大分役に立つわい」
「やかましい。
あれは俺が命をかけて買ってきたのだ。
役に立ってもらわねば困る」
ピコーン、と水晶玉がなった。
「見つけたようじゃわい。
うまくヤツの部屋に忍び込んだぞよ。
入り口にマーキングして、やつがここを通ったら警告が上がるようにしちゃろう」
「便利だなおい」
「ワシはこれでも国賓級魔道士じゃぞ?
その気になれば何でもありじゃわい! 異世界行き来できるんじゃぞ舐めるでないわ!」
レベルマイナス査定の俺はジワリーに頼るしかないんだから、それくらいのチートは使ってもらわんと困る。
だが、これでかなり安全に過ごせる様になったのも確かだろう。
どうやらやつは、俺たちと同じように道が見渡せる場所に部屋をとったようだ。
迂闊にはこの宿に近づけなくなった。
とりあえず今は自分の宿の近くに戻り、腹ごしらえとしよう。
ジワリーと入った店は味も量も良く、この村でも一番の人気店だったようだ。
一度来てみたかったのじゃ、と婆さんは大変ご機嫌である。
だが、大事なことを俺たちは見落としていた。
そう、白麗剣は観光好きだ。
アウトから出てきてドードーの村をそれはそれは楽しんでいた。
やつも、人気店であるこの店に来るかもしれないと予想しなければいけなかった。
その可能性に気づいたのは、料理を半分ほど食べた頃に水晶がアラームを上げた時だ。
白麗剣が部屋から出たわけだ。ヤモリは壁の隙間から直接外に出て、外壁を伝って玄関に先回りする。
ヤモリの視界は俺たちに理解できるよう加工されて、水晶玉に映し出されていた。
じっと見てると酔いそうだ。
白麗剣が外に出てきたのを確認して、ヤモリは別の誰かの体にへばりついてやつを追う。
どうも方向としてはこっちに来ているが、俺達の存在がバレたわけではなかろうと思案し、ではどこに向かったのかと考えをめぐらして、二人で顔を青くしたのだ。
「おいジワリー!
ここだろ、アイツここに来てるだろ!」
「ええから食え食え!
アイツが来る前に出ていくぞい!」
いやすぐ出ようやと思ったが、ヤモリの映像からもう少し時間がありそうにも感じられたし、また昼間の野次馬にちやほやされて進めてないので、喰えるだけ食ってやろうと掻き込む。
ジワリーも婆さんとは思えない早食いで平らげて、メニューのデザートを睨みつけていた。
おい、ふざけんなよ婆さん、とりあえず危機を脱してから別のもんでお茶を濁せよ。
とにかく会計を済ませて店を出たその時、遠巻きからこっちにやってくる白麗剣の姿が見えていた。
俺たちはわざとゆっくり歩いて店を離れる。
明らかにやつの視界に俺たちの姿は写っているだろうが、自分の標的がこれから飯を食おうとしている観光スポットから出てくるとは思いつかんだろう。
ジワリーも水晶を降りて抱えて歩いている。
なんだか視線を感じるが、あえて振り返るな、と目線で合図しあって宿に戻った。
「怪しまれとるかもしれんの。
アヤツ、店の前でずっとワシらを見ておった。
ローブの二人組で一人ワシじゃからな」
水晶によってヤツの映像を手元で見ていたジワリーが、宿の部屋で報告してくる。
「じゃが今のところはおとなしく飯を食って帰った様子じゃ。
明日は早めに出立した方がよいじゃろの。
ワシらがここにしばらく滞在しているというダミーの情報でも流せればよいが、そう簡単にはいかんわい」
そりゃ確かに。
アイツが寝入っている間にサッサと王都に向かうのが良かろう。
明日は速くに動き出すと確認し、驚天動地な一日が終わるのだった。