ドードーの王都へ
第5話
ドードーの王都へ
ジワリーの家の前で、俺は日用品の詰まったリュックを背に、龍の血染めのローブを羽織って婆さんが出てくるのを待っている。
いよいよこれから王都を目指して出発という朝だ。
ここから歩いて王都を目指すらしい。
クレーターの中心地、すり鉢の底のやたら発展した辺りがそうなのだろう。
「そんなら行ってみるかの?」
ジワリーがフヨフヨ浮いた水晶玉に乗っかって出てくる。
「ずりーな」
「年寄りじゃからな」
だらん、とだらしなくしがみついて、見た感じはとても無様である。
やつはそのままゆっくりと進み始める。
坂を登る方に向かって。
「おいおい、登るの?
なに? 上になにか乗り物でもあるの?」
ジワリーは、ええから着いて来いと、ちらっとこっちを見て止まりもせずに進んでいく。
ヒットさんが店の前に出てきて見送ってくれる。
「分かってるでしょうね、ジワリーさん。
いくらあなたでもアレを国民に向けて使ったら大変なことになりますよ?
私だってただじゃすまないんですから、絶対魔物以外に使っちゃダメですよ?」
「それはステイ次第じゃな。
ワシは持ってないんじゃから」
昨日、急造した俺の武器は、ローブの内側にしこたま仕込んである。
袖からすぐに出せるようにうまいこと収納しているのだ!
いざという時に取り出すのにもたついてはいかんからな。
その辺りのギミックには凝っているのだ。
「安心してください、ヒットさん。
俺はジワリーみたいなトンパチとは違いますから」
「ステイさん……」
ヒットさん、俺はあんたが分前で持っていった大量の爆弾もどきをどうするのか気になる。
売るんだろうか? 自分で使ってみるんだろうか?
ここへ戻ってきたら爆弾魔の噂が流れてたなんてのは嫌ですよ?
ヒットさんの潤んだ目には、これから魔物に向かってアレを使えるなんて羨ましい、という感情しか見て取れなかった。
ヒットさんと別れてしばらく緩やかな傾斜を進む。
右側には断崖、左側には山肌沿いに街が続いた。
暫く行くと折り返して逆方向に登る、そんな、道を登っていく。
黄色い砂埃の舞う乾いた土、大きな岩が多い山肌、朝の日差しもすでに肌を焼くほどだった。
「ジワリー、今ドードーは夏なのか?」
「ここは大陸の海側じゃ。
標高も高くて雲が下にできるくらいじゃ。
年中乾燥しておるし、四季という感覚は無いの。
じゃが今は一年でも暑い時期ではあるわい」
なるほど、登山するにはきつい気候だが、不思議とローブは快適であった。
しばらくすると、突然景色が一変する。
どうやらクレーターの中から這い出たようである。
振り返ればどえらい大穴が遥か向こうまで見渡せた。
ジワリーの家はかなり高い所に有ったようだ。
クレーターから抜け出すのに1時間ほども歩いていない。
そして、クレーターの外に見えたのは草原だった。
所々にこんもりと森が見え、はるか先にでかい城も見えている、そんな広大な草原地帯が広がっている。
道が一本、延々と先に伸びているのだった。
「アレが王都じゃ。歩いて2日。
途中の村まで進むぞい」
俺の勘が正しければ、ここらから魔物が出てくるはずだ。
そら、向こうの方で土煙が上がっている。
アレは戦闘中の別パーティーらしい。
道から外れて足首ほどまでの草が敷き詰められた草原で戦っているようだ。
夏の朝にこの草原に来たら、戦ってないでのんびりしていたいものだ。
馬車にでも乗ってゆっくり進みたいが、どうにも無粋なドンパチが聞こえてくる。
ああイヤダイヤダ! とうとう剣と魔法のああいうテンションに直面することになるんだな。
憂鬱だ。
「止まるのじゃ」
クレーターもだいぶ遠くなった頃、風と草の匂いになんだか良い心地だったのだが、ジワリーが静止をかける。
道の行く先に不穏な影が見えた。
丁度エリマキトカゲのような姿だが、やたらでかい。
多分魔物なんじゃないだろうか。
それにしてもずいぶん遠くから威嚇をしている。
距離的にはまだ怖くないくらい何だけど、やつが目を見開いて一生懸命自分を大きく見せようとしているのがわかった。
怖い顔しようとしているが、正直そうでもなかった。
「アレはどうなの?」
ジワリーはアレの姿を見て一瞬止まったが、すぐに進み始める。
「まあ、最初の魔物ってやつじゃな。素手でもいける」
近づいてみると襟巻きと目だけがでかくて、顔や口はとても小さい。
これに噛みつかれても痛いがダメージにはならんだろう。
毒があれば別だが。
そして体も細い。
ジワリーは水晶に乗ったままフヨフヨ横を素通りしていく。
俺はちょっと怖かったがジワリーに従った。
「おい、いいのか? 経験値とか稼がなくて」
「経験値ぃ? お主らの世界のゲームみたいに戦った回数が多かったら強くなる、なんてことがあるかバかもの」
振り向きもしないでジワリーは言い放つ。
「このネーベンに生まれついて、魔物を倒す日常にあるものが、その職業を目指して訓練して、生業にして初めてそういう経験が血肉になるものじゃ。
お前さんが昨日今日へっぽこトカゲをやっつけたからと言って、何の経験になる」
確かにそりゃそうだ。
へっぽこトカゲはさっさと逃げていく。
「この道で一番こわいのはのぉ、誰かがつついたヤブから出た蛇と、それにやられて弱った無能共じゃ」
ジワリーは言いながら水晶から降りる。
また前方に別の影が見えていた。
道から少し外れて、何人かがへたりこんでいる。
どうもそこそこダメージを負っているようだ。
「ステイ、主ならアヤツらをどうみる?」
「ジワリーがそんな風に聞くということは、介抱してやる相手じゃないかもしれんな。
初級エリアでああなるってことは、腕に見合ってないプライドで強敵に手を出したわけだ。
となると奴らが思慮の浅い無法者の可能性は高い」
ジワリーは何やらローブの中をごそごそしている。
道具を用意しないといけない場面のようだ。
俺もアーミーナイフを用意する。
「なら不用意に近づけばこっちになにかしてくるかもな。
できれば回避したいが道が一本しか無い。
草原を進むのか?」
「場合によってはそうしないとじゃが、奴ら相手なら正面切ってやりあっても遅れは取るまい。
言う通り人間もできとらんゴロツキ共じゃ。
遠慮はいらん相手じゃが、一戦交えて大怪我をさせるのも気が引けるし、因縁つけられるのも面倒じゃ。
ここらが試し時じゃないかの、そいつの」
「ようしようし、良いだろう、こいつを一発かましてやろう」
俺は右手の袖から昨日作った爆弾もどきを一つ用意する。
パンパンに張り詰めた革の袋で、もともとは巾着になっていたのを縫いこんでいる。
できるだけまん丸な形に整形したが、いびつで一つ一つ形が違う。
無造作に一本紐が伸びていて、俺は躊躇なく、勢いよくそれを引き抜いた。
ざりっとした手応えと、シュボっという小さな音、紐を抜いた穴から白い煙がゆっくりと出てきている。
こちらに気づいて獲物を手に取り、それぞれ立ち上がろうとしていた集団から少し離れた所へそれを放り投げた。
奴らは不思議そうに茶色いそいつを目で追う。
地面に落ちて一転がりした瞬間に、盛大な勢いで爆発し、地面をえぐり取って小石、砂埃、泥をぶちまける。
炎は一瞬光りを放つ程度で、燃え盛るようなことはない。
燃焼性の大きい材質が集まった場所では、火炎も発生させるかもしれない。
それよりも景気の良い破裂音が人や動物を驚かし、萎縮させる。
鳥がけたたましく鳴いて一斉に飛び立った。
「ひゃぁはっはっはっは」
自分からジャンプしてすっ転んだ奴らを眺めて、俺とジワリーは二人して大笑いである。
腹を抱えて涙目になる。
「ステイ! ワシにも一つよこせい!
ワシもやっちゃるんじゃ!」
俺はひーひー言いながらジワリーに一発渡す。
受け取ったらすぐに紐を引っ張ってぶん投げた。
今度はさっきより近くに落ちる。
4人は奇声を発しながら遠ざかろうと慌てふためくが、あまりのことにころんだり、荷物をほったらかしたりひどい有様で、ろくに距離を取れないまま、また盛大に爆発する。
今度は自分からではなくて爆風に押されて前に突伏する。
その上から巻き上がった泥が降り注いで、誰もが一旦ピタッと動きを止める。
「ぷふーはぁはは…はは……ははは」
肺の空気が全部出て、声が出なくなるほど二人で笑う。
「へええ! ふはー!」
満足した声を上げながら深呼吸して、もうこちらを襲う気など微塵もなくなっているだろう彼らに近づいていく。
しばらく誰も動かないが、ケガはないはずだ。
耳がキーンてなってるかもだが。
近づいてみると彼らの格好はまるっきり野党と言った風情で、何組かのパーティーを襲ったのだろうか、統一感のない荷物が散乱している。
俺たちにやられる前にすでにぼろぼろだったのは何故なのだろう?
「こりゃ! 真っ当に生きんからこうなるんじゃ。
お前さまら、なんでそんなにやられておった?
大方リザード系に手を出したくらいのもんじゃろうが?」
「あ、あんたらなぁ、無茶苦茶にも程が有るぜ?
確かに俺たちゃ行商や低クラスのパーティ狙ってかっぱらいもするさ、お縄に怯えて生きる身だ。
魔物にやられてやっとこさ街道まで戻ったところで、あんたらの姿が見えたもんだから、やられた分取り返そうと思ったさ。
身の丈にあってねぇとは言え、れっきとした依頼で挑んだ魔物にやられたんだぜ?
富豪の娘の病気に薬がいって、ここらにいるオオトカゲの角やら革を材料にするってんで、勇んで来てみりゃ、あれのどこがトカゲだよ、ドレイクじゃねぇか!」
リーダーらしい小汚い男がひげからどろを払いつつ、あぐらをかいて文句を言ってくる。
げんなりした顔で、やり合うつもりは無いのが感じられる。
「依頼も放棄して命からがら逃げ帰った俺たちに、素性も確かめずに発破をかけやがるとはどういうこった?!」
「やかましいわい! どっちみちワシらにけしかけるつもりじゃったじゃろが!
年寄りがおるならカモじゃとくらいに見えたのじゃろう!」
ジワリーが水晶玉を男の眼の前でビカっと光らせて目くらましする。
「おっ、ちょっやめぇよ!」
まともに食らってたじろぐ男だったが、振りかざした手の先にはもうジワリーは居ない。
俺たちはさっさと先に進む。
一連のやり取りを眺めていた他の男達も、関わりたくないという感じでリーダーを介抱していた。
「よう、ジワリー、あんまり良くないんじゃあないか、ああいうやり方は」
「ステイ、お前さんあれだけ腹抱えて笑い転げといて何をぬかしよる」
振り向くと奴らは身支度をしてクレーターの方へ向かっていくようだ。
「ほら、あの街の方へ行くみたいだ。
悪い噂がたつぜきっと」
「一々気にしとったらきりがありゃせんわい。
ワシしか売らんものがあるからの、客は減らん。
毛ほどのもんでもないわい」
どっちが野党やら分からんなまったく。
ジワリーのテンションに乗るばっかりでは、俺までとんでも野郎になってしまう。
ところでさっきの男たちが気になることを言っていた。
「ドレイクって、やばいんじゃないの?」
ジワリーもフードの下で瞳をこっちに向けた。
「そうなんじゃ。
アイツら危ないもんに手を出したもんじゃ。
あの森を見てみい」
遠くから眺めていたこんもりした森が、随分近いところになっていた。
このまま街道を進めば迂回して、森の中へは入らないが、近くは通るようだった。
これまで一本道だったが、整備されていないいよいよ獣道みたいなのが森の方へ別れて続いている。
「あの森にドレイクはおる。
何頭おるか分からんが、多分4か5くらいじゃろう。
サイズはそうじゃの、ヒグマよりちょい大きい」
「やば過ぎやば過ぎ」
そんなのと出会ったら即死級である。
ジワリーがどこまでやるか分からんが、さっきの4人で太刀打ちできるわけがない。
「そう、あの森は超やばいんじゃ。
ドレイクより厄介なのも沢山おる。
この国の一番強い騎士達が手こずるエリアじゃからな」
「封鎖しとけよちゃんと。
普通、レベルキャップで開放とかのコンテンツじゃないのかよそういうの」
「あの森で取れる薬草やきのこ類は貴重での。
欲をかいた商工会が封鎖を許さんのじゃ」
どこの世界にも当たり前が成ってない時、大抵見たくもない社会性が潜んでいる。
魔法が使えても、剣が物を言っても、その辺の世知辛さは変わらないらしい。
「ウチの世界も相当だろうが、ネーベンの住人の魂も大分薄いんじゃないの?」
やられた腹いせに他の旅人を襲うとか、荒くれ者の集まった無法地帯から狙われる王国とか、他の世界を悪く言ってる場合じゃないぞネーベン。
「やかましい! そんなことより気をつけい。
このままの道で進むなら森の近くじゃ。
道を逸れて草原を行けば蛇系の魔物が厄介なエリアじゃ。
ネーベンのドレイクは主らの世界で言うドラゴンじゃ!
あの森にいるのは亜種ではあるが、ワシらで対処するなぞとんでもないことじゃ。
鼻息一つでふっとばされるワイ!」
進むのは止めずにジワリーは何やら水晶のタッチパネルを操作している。
「いやいや、森の中に居るんならそうそう出てこんだろう?
蛇嫌だし道を行こうぜ」
「じゃからつつかれた藪蛇が怖いと言うんじゃ。
さっきの連中に刺激されて森の際まで出てきとるかもしれん。
エリアのレベルが跳ね上がっとるハッピータイムというわけじゃ」
森の際まで出てきていたら、あの沢を挟んで竜と対峙することになるのか。
「できたら沢で水でも組んでいくかと思ってたんじゃが、さっさと抜けるべきじゃな。
ワシ的には蛇は嫌いじゃしこのまま進もうと思う」
俺としてはジワリーに従う他はない。
何事もなく過ぎてくれるのを願うばかりだが……
入り口から迂回して森の側面を眺めるところまで進むと、早速ヤバそうな視線が、沢を隔てて木々の奥の闇の中に光っているのを発見する。
猫の喉がゴロゴロなるやつが、スタジアムでライブする時の爆音みたいなテンションで聞こえていた。
「ジワリー、いいの? このまま進んでいいの?
あいつなんで怒ってるの?」
「どうじゃろうの、なんで怒ってるんじゃろの?
確かにさっきの奴らがいらんことしたんじゃけど、森の中から外に向かって威嚇するなぞ、そこまでは普通せんがのお」
ドレイクとやらの姿ははっきり見えない。
森に隠れてうっすら体を丸くした何かのシルエットが見えている。
ジワリーが言うように竜だとすれば、恐竜みたいな見た目のやつか、いわゆる西洋のドラゴンの姿に似ているのだろうか?
俺たちは極力刺激しないようにゆっくりと前に進んだ。
明らかにこちらを見張って入るが、森から飛び出してくることはないまま、やり過ごしたかと思える所まで遠ざかった。
肝を冷やしたがどうやら危機を脱したか? 振り返ってみても森の様子は静かであった。
やれやれと二人で一息ついた瞬間、怒号が空をビリビリと震わせた。
昔映画で見たティラノサウルスの声を思い出したが、あれより幾分ガラガラして突き抜けるような咆哮だった。
「今頃なんじゃ!?」
「逃げようやジワリー!」
咄嗟に二人して振り向いた先でこれから起こることを見る前に、走り出そうとしたが体が動かない。
さっき森の奥から睨まれていた辺りに、巨体が踊り出してくる。
それは確かにヒグマよりちょい大きいくらいだったが、全然クマではななかった。
森から飛び出した勢いのまま沢を飛び越し、背の羽毛のないタイプの翼を一つ打ち、ふわっと街道に着地する。
まっすぐで短い角を携えた頭部、トカゲのように突き出した顎、見るからに強固な木の皮に似た皮膚、手というのか前足というのかに、刃のような爪を携えている。
重機を思わせる岩窟な足元、頭から胴体と同じくらい長い尾、先端には斧のような鋭利な構造が見えた。
「ガチ目のドラゴンじゃーーーん!!」
「だから言うたじゃろうが、呼び方が違うだけで同じもん何じゃ!」
いやいや、出てくるの早いっちゃ!
遠くの危険地帯を飛んでなさいよ。
こんな平和な草原の、街道沿いの森の中から出てきちゃダメ!
「あ、あれに喧嘩売ったんかさっきのアホは?! よくかすり傷で逃げおおせたな、ある意味すげぇ!」
ドレイクはこっちをガッツリ睨んで、一瞬身構えるように体を低くしたが、すぐに別の方へ土煙と共に向き直る。
ドレイクが向き直った方向に、ただならぬ気配を感じて、冷や汗が沸いた。
一瞬、視界から色が消えて、モノクロームになった気がする。
音が消えて、脳裏に明滅するように姿を変え続ける文字が一つ、二つ? いや意識をすべて埋め尽くしていくような感覚に囚われた。
「あのドレイク、ワシらを狙っとらんのか? 他の目的があるやもじゃ。
森の中から睨みを効かせて、そいつを見つけたのかもしれん……」
ジワリーは水晶に乗ったままタッチパネルをすばやく操作する。
「逃げるぞよ! 別のものに気を取られておる内に離脱じゃ離脱!」
「おうよ!」
ぼうっと立ち尽くしていた俺はジワリーの声に、すぐさま踵を返して走りだす。
ジワリーの水晶は自転車並の速度でガンガン飛んでいく。
俺も必死で追いかけた。
後ろの方で咆哮が縦続いて、金属がぶつかるような音が聞こえたが、もう振り返らない。
多分誰かと戦ってる気がするが、どうぞお好きにやってください!