ドードーフィールド
第三話
ドードーフィールド
ジワリーの家に籠城をきめるという魂胆は早速打ち破られた。
できれば先程ヒットさんが出ていったあの木の扉を開けること無く要件を済ませて、元の世界に帰りたかった。
入国手続前の空港内で買い物だけして旅行を終えるという、あれをやりたかったのだ。
大体、実際に俺は能力を使えてないのに、ジワリーが勝手に期待しているのが悪い。
二つ名を付けて超能力を与えるなんて、俺にはできないと知らしめる為に、王様の所まで行かねばならない。
仕方がない。
まずはジワリーがどんな所に住んでるのか見てやろう。
ジワリーは台所の奥で何やら準備をしている。
これからヒットさんの所へ旅支度の買い出しらしい。
俺は着慣れない深紅のローブをひこずって出口へ向かう。
木製の扉のすりガラスからは、茶色と緑色が感じられる。
不安だ。
しかし、ここを開けなきゃ始まらない。
丸型の取っ手を回してドアを開ける。
途端に、まだ熱しきっていない涼やかな風が体を打った。
ネーベンにアスファルト舗装の技術があるかは知らないが、日本ほど整備されてないのは確かだ。
玄関からすぐさま茶色い乾いた土の道路に出る。
丁度普通自動車が一台通れる程度の広さだ。
「なんてこった……
まじで魔法の世界なのね……」
道は若干の坂になっていて、右手の方に下っている。
300メトールくらい先で折り返し、今度は左に下る。
要は、道の向こうが崖になっているのだ。
道沿いの山際に家が転々とあり、崖を覗き込めば下の家の屋根が見える。
煙突、レンガ、そしてひょうたん型の家も見えた。
多分、ジワリーの家はあれと同じ感じだろう。
その下に幾重にも重なるように山を登る道が続いてる。
ジワリーの家は空気が薄いくらいには標高が高いようだった。
ここから左手に向かってまだまだ道は山を登っている。
どんだけでかいのだろうか、この山?
とりあえず、凄まじい眺望であるが、じっくり眺めて気づいたことがある。
どうやら、ここはめちゃくちゃにでかい火口の中であるらしい。
火口の内側の壁面に、ぐるりと街がへばりついているようだった。
正面から左側にぐるっと丸い火口を形成する山肌が有り、無数の建物が立ち並んでいるのだ。
だが、右側は火口の途中から山肌がなくなり、大地が流れ出すような形で広がり、緩やかに下っている。
その先には、テレビで見たサバンナみたいな荒涼とした平原が、山の端に少しだけ見て取れた。
「噴火してもあんなぶっ飛び方はしないだろうに……」
火口の一部が吹っ飛んで、何も無くなっているという感じだ。
何が起こればそんな事が?
いや、これまで火口と言ってきたけど、どうやらそれは間違いだ。
火口は山のてっぺんにあるものな。
これは、そう、クレーターだ。
平野に突然円形に盛り上がった場所ができている、そんな感じだ。
クレーターの底には大地ができており、山肌よりもずっと整備されて発展した雰囲気がある。
また左側半分は湖になっていた。
そちらにもしっかり人工物が見て取れて、よく発展した街の具合が感じられた。
遥かな向こうの景色なので詳細はわからないが、ビル郡のようなものも見て取れた。
「あれには乗りたくないがな」
クレーターの向こう側からこちら、そして底の平野から山肌沿いに、無数のロープウェイが通っている。
元の世界でもあれが落ちたらと思うとぞっとしたものだが、大地と平行にあれを這わせるとは恐ろしい。
しかし、どうやってあんな綱をクレーターの中に引いたんだろうか?
ていうか、中継する支柱などが全く見えず、紐だけ通って何だが壁の少ない箱が行き来している。
やけに早いし!
落ちる落ちる! 怖え!
「どうじゃな、ドードーの景観は」
ジワリーが腰に両手を回して家から出てくる。
道の端で呆然としている俺へ声をかけた。
「主の世界は凄まじい科学力を持っておる。
じゃが、あのようにカゴを走らすためにも多くの資材と電力、そして知恵を要するじゃろう。
その点、ネーベンは気軽なもんじゃ。
魔力で強化すれば縄でもあのように強靭になる」
ジワリーは例の空中籠輸送を指差す。
「行き来しておるものだって何も頑丈なもんではない。
竹じゃったかの、あれに似た材質で編んだ大きめの籠じゃ。
まぁ、流石にああいうものは今ここで作れと言っても無理じゃ。
儀式を施す時間に専門家集団で5年くらいはいるじゃろ?
設置するのに半年かのう?」
「どうやって向こうからこっちに渡すんだ?」
「そりゃ何人かで持って飛べばよかろう?」
飛ぶ。
よかろう? とか聞かれてもそうだったな、とは返せないが、慣れるしかないのだろう。
道には徒歩の往来が意外と多い。
すぐとなりは赤い屋根の飲食店で、その向こうが緑の屋根のヒットさんの店らしい。
この坂道沿いにずっと何かしらの商店が軒を連ねているようだ。
道行く人は登るもの、降りるもの、皆まちまちの格好をしている。
荷物の小さなものは地元の人だろうか?
人間じゃないのもちょいちょい混ざっている。
頭がトカゲだったり人にしっぽがあったり。
衣服も鎧から、腰に布した軽装の青年、ターバンみたいな頭、とにかくいろいろだ。
俺やジワリーみたくローブも行き交っていた。
「あんたも何か店をやってるのか?」
「ネーベンの魔法使いは何も不思議を振りかざすばかりが脳ではない。
ほれ、お前さんにやったクスリ、あれが一番の売れ筋シリーズじゃな。
まぁ、あれはちょっと貴重で普通には売ってないやつなんじゃが、劣化版みたいなのはよく売れるわい。
傷には良いが病気を治すのには医者がいるの」
婆さんはの家の入口の脇に、なるほど看板が立っていた。
「まぁ、傷薬以外にも火薬とかいろいろ売っているものはあるの」
「火薬? 物騒だな」
「何もかも魔法に頼ってはくたびれるワイ。
使えるもんはまぜんとの。
さて、そんならヒットのところへ行ってみるかの。
お前さんにも武器やらいるじゃろうし」
俺が何の武器を持ったところでものの役には立たんだろう。
本格的にファンタジーな戦闘に巻きまれたら子供にもやられる自身がある。
「安心せい、そこらに居る魔物ならワシでも十分対処が可能じゃ」
流石に味方が婆さん一人では心もとないにも程があるし、魔物が出るようなところも進むことになりそうだ。
「まじで二人で向かうのか?
大分不安なんだが」
「ワシ一人で何度も行き来しておるのじゃ。
危険な道ではありゃせんよ」
ヒットさんの店に向かいながら、まったく信用ならんジワリーの言葉を聞く。
異世界に飛んだり魔物の道を一人で往来したり、どうも、ジワリーの見た目とやってることのギャップの大きさについていけない。
ヒットさんの家の前にも看板が出ている。
『武器・防具・道具』と縦に単語が3つ並んでいた。
シンプルだなぁ……
営業中のようで赤茶色の扉が開け放されていた。
「ワシじゃ! ジワリーじゃ!」
店に入るなり婆さんが怒鳴る。
他に客もいるというのにこいつは。
ネーベンでは普通なのだろうか?
店の中は割と狭い。
入り口からすぐにカウンターで、奥に居住エリアにつながるだろう扉が見えた。
少しのスペースに剣やら盾やら物騒なものが並んでいるが、ジワリーの家と比べて随分整頓されている。
壁や棚をうまく利用してコンテンツ分けし、キレイに陳列されていた。
「さっきはどうも。
これお礼ね」
言いながらヒットさんが扉から現れて、婆さんにでっかいパンを渡している。
「おう、おう、ありがたいのう」
などと受け取って早速買い物の相談を始めた。
「どうじゃ、剣でも持ってみるか?
脅しくらいには使えんか?」
「刃物なら包丁程度の大きさでなきゃ無理だな。
元いたとこなら相当脅しが効いたろうけど、こんなところで売ってるくらい何だから、ネーベンじゃありふれてるんだろう?」
「ふむ、ま、確かにそうじゃ。
しかしソード相手に素人が包丁持っても更に役に立たんじゃろう?」
俺は手をひょいひょい振りながら否定する。
「いやいや、結局どれ使ったって武器にはならんぜ。
大きなモノは荷物になるだけだな。
サバイバル用にナイフを持ってた方が良いんじゃないか?」
ジワリーがローブの中からゴソゴソと何かを取り出す。
「そういうのならもう有るぞい」
「じゃあそれで良い」
ローブの袖から出てきたのはデカ目のアーミーナイフだ。
ネーベンの武器の形状からして、柄の近くにギザギザが付いたこいつは異質だった。
だがもう驚かない。
どうせこいつは銃も持ってきている。
もう分かってる。
「じゃったらこいつは主にやろう。
どうせ拾いものじゃ」
ずしりと存在感の有るナイフを手に取る。
鞘も渡されて収めてから、じいっと婆さんを見る。
「……」
「拾ったんじゃ」
多分、公園辺りに落ちていたんだろう。
「そんなら盾はどうじゃ?
革製ならそんなに重くもないぞい
邪魔じゃが」
「だろう?
多分こいつも俺じゃあ使えねぇよなぁ……」
結局買うものが無いんじゃないの、と悩んでいると、ヒットさんが不思議そうに聞いてくる。
「……ジワリーさんとご一緒の割に、ステイさんは冒険の素養があまり無いんですね?
てっきり4国外の異界級ダンジョンでもスイスイ行けるのかと思っちゃいました。
そのローブを着て平気だなんて、並の実力じゃないはずなんですが……」
「ふむ。
とりあえず武器は良いが、防具くらいは欲しいもんじゃ。
ヒットよ、お前さんの見立てならどれを充てがうかの?
ドードーの山嶺を目指す冒険者を、数多救ってきた主の慧眼をいただきたいもんじゃ」
「国賓扱いのジワリーさんを差し置いて何の慧眼ですか?
大体、龍の血染めがどんなものかご存知でしょう?
どれほどの剣閃ならその法衣を害せるのやら……
ここにあるモノのどれを被せたところでお笑いですよ」
なるほど、婆さんは最高級の代物を俺に誂えてくれたらしい。
心の底から感謝せねばな。
「ヒットさん。
ジワリーの言うように慧眼をお持ちのようだ。
俺はたしかに只者じゃないんだけど、どうにも防具に疎くてね。
この服、並の人が着たらどうなるの?」
「龍の血は干からびても生きています。
生きるためには糧が要りますから。
喰える魂なら餌にされるでしょう。
血より強い魂の持ち主でなければ、その法衣を飼いならすことはかないません」
魂を喰われるというのがどういう状態なのか分からんが、ろくでもないのは間違いない。
ジワリーは我関せずと棚に並んだまきびしのような物を物色している。
「こりゃ、ヒット。
これは火薬の練り上げじゃろうが?
ワシんちの隣でこういうの売られたらかなわんがな。
お前さん、この山道で一番人気なんじゃから加減せい!」
そんな小言をヒットさんに飛ばしているやつのフードの首根っこをふんずかまえる。
「おいこら婆さん!
なんちゅう物を着させてくれとるの?!
龍の血より俺の魂は強いの?!
それ本当?!」
「はっはー!
良いがな、別に何もないんじゃから!
それを着ておれるということはの、この国賓級魔道士ジワリーの師匠にして、龍の騎士道を司る聖人、ロード様と同等の畏怖を得るということじゃぞ!
言うたろ?
最大の権威をくれてやるとの」
そう言えばネーベンに行きたくないとごねた時にそんな事を言ってたな。
「ふざけんじゃねぇぞこら!
腹治すのにこんな所まで来たってのに、最初の家の中で知らない間に龍とタイマンとかヤバすぎんぞ!
お前大丈夫だって根拠皆無で着せやがったろう?!
ヒットさんが言わなきゃ有耶無耶にしようとしてたな?!
だからいらんと分かってて防具を買おうとしたんだろ?!」
「ばっかもん、当たりはついておったわい!
お前さんらはなぁ、魂の質が低いんじゃ思いっきり!
すっかすかの魂が数だけ寄り集まってバカでかい社会を作りおってからに!
そりゃ世知辛くもなるわい!
そんな程度のお粗末な魂、グルメな龍が喰うわけなかろう!!」
俺に吊り下げられてジワリーがバタバタと暴れる。
「ちょっちょ、やめてください、どっちもどっちですよ!
ほ、ほらステイさん、仮にもその方はとっても偉いんですから、持ち上げないで。
ジワリーさんも!
説明もなしにこんなヤバイの被せちゃダメですよ!」
自分の店が荒らされてはかなわんと、ヒットさんが止めに入る。
他の客が困った顔、というかかなり困惑した顔でこっちを見ている。
「ほら、皆さん驚いてるでしょう?
その法衣、騎士道の象徴みたいなもんなんですから。
それ着てお年寄りを吊り下げてたらそうなりますよ!」
「年寄り扱いするでないぞヒット。
ステイのスカポンタンめ! 年寄りを巾着みたいに持ちよってからに……」
傍若無人な文句をブツブツ言いながらジワリーは他の必要な物を選び始めた。
とりあえずこの服に害されることは今の所ないので、かなり良い防具を手に入れたくらいに思っておこうか……
いきなり牙を向いたりするんじゃないぞ、頼むから。
それにしても、ナイフ一本で魔物がいる道中に入り込むのは恐ろしい。
俺も自分なりに使えそうな物を探してみようじゃないの。
とにかく、ここでの準備がこれからに重要だというのは何となく分かる。
俺は慎重に棚を見ていく。
ジワリーの無茶に振り回される内に、知らず知らず冒険は始まっているのだった。