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死の円舞曲

作者: トミネ

 声がした。起きて、と。耳に響く訳ではなく、直接、頭に入ってくる感じだった。だから目が覚めた時、泣いていると分かってから、全てを思い出した。過去の自分の事を。


 私は、死の神だった、と。


 生、育、死、世界の均衡を取り持つ為存在した三人の神。生まれ、成長し、死ぬ。その当然のサイクルを皆が嫌がった。誰も死にたくなかったからだ。そして次第に世界は荒れ始めた。生まれ、成長すれば死ぬ。次第に死だけでなく成長すら拒むものが出始めた。だから()は消えた。これ以上、世界が狂わない為に。思い出してしまった、その事を。消えた筈の自分が自覚して目覚めた。それは、再開を意味する。


「…どうして」


 目覚めてしまったのだろうか。誰が起こしたのだろうか。起きなくて良かったのに。誰も望んでなんか居ないのに。もう一度消えることが出来るだろうか。あぁ、どうか気付かないで。それまでにもう一度消えるから…






「…!居た!」

「本当ですか!?何処です!?」

()だ…元々彼女が管轄していた場所だから仕方がないが…」

「如何しますか?」

「迎えに行くさ、育のも捜さなければならんしな。あぁ、早く会いたいよ」

「迎えは別の者に行かせますので、貴方様はここから離れないで下さいね。あの方が消えて以来、()とはずっと交戦状態なのですから、貴方が行けばどんな事になるか…」

「………分かっているさ」






 ギィと扉が開いた。其処には私を見て固まっている、見覚えのある姿があった。


「あ…あ、ああぁ、遂に…遂に目を覚まされたのですね!」


 満面の笑みで此方へやって来たのは、消える前まで私の補佐をしてくれていたシルファだった。ただ、違う。黒の髪と紅い瞳ではなかった。翼も、黒くはなかった。彼は、美しい銀色の髪と琥珀色の瞳、純白の翼だった筈。


「ずっと、ずっと貴女様をお待ちしておりました。目の前で貴女様が消えて以来、ずっとこの日を信じ、待ち望んでおりました。…お逢い、しとうございました…シリル様…」


 声を震わせ、私の前に跪く。見た目こそ違えど、彼は間違いなく彼のようだ。魂の輝きも、変わっていない。


「…シルファ…」

「っ!あぁ!何と…シリル様、どうか、触れる事をお赦し願えませんか?どうか、貴女様が存在する事を、全身で感じたいのです。声も、お姿も変わっておられない…後は、温もりを感じさせて頂きたいのです…!」


 了承の意味を込めて頷くと、彼は失礼しますと私の前に少しだけ屈み、抱きしめた。けれど、そうされて思い出す。私は死の神、触れるもの全てを死なせてしまう。


「あ、シルファ、駄目、いけない。貴方が死んでしまう」

「いいえ、シリル様。私は今、あの頃の弱い天使では無くなったのです。ですから、貴女の本気では無いお力では、私を消す事は出来ないのですよ」

「え…?」

「私の髪や瞳、そして翼の色が違うでしょう?私は貴女を拒んだ世界を怨み、自らの意思で魔に堕ちました」

「そんな…」

「私の世界の全ては貴女様でした、シリル様。誰よりも生を喜び、成長を慈しみ、死を悲しんだ貴女が、どうして世界から消えなければならないのか。他の神や同僚の天使達に問いました。ですか、誰ひとり貴女様を救いはしなかった!そんな世界、私は必要ない。ですからシリル様、悲しまないで下さい。私は後悔など一切しておりません。こうして貴女様と再び出逢えた事、天使の時には触れられなかった貴女様に触れられる事、それが何より嬉しいのです」


 抱きしめる腕に力が入った。感情を読めるわけではないけれど、本当に嬉しいという気持ちが伝わってくる。私のせいで魔に堕とさせてしまったと言うのに、外見も変わってしまったというのに、怒りもしない。私の元へと配属されてしまった、憐れで愚かな優しい天使は、堕天使となっても変わっていない。私に触れられるのは、生のと育のだけだったのに。


「シリル様」

「はい」

「ずっとずっとこの日を信じ、待っておりましたこの愚かな男に、ご褒美を頂けませんか?」

「ご褒美、ですか?」

「ええ、そうです。ずっと貴女様お慕いしていたのですが、触れた事で我慢が出来なくなってしまいました」

「え…?」

「貴女様の全てが欲しいのです。美しい、その全てを。身も心も、全てで私を受け入れて欲しいのです」


 彼は、こんなひとだっただろうか。


「…シルファ、貴方…」


 ガチャ


「シルファ様〜」


 ノックをせず、誰かが入ってきた。見つめ合っていたシルファの顔が、ピクリと動いた。


「あれ?シルファ様、その女…ぐぁっ!」


 シルファは何も動いていない。けれど力の流れが見えた。入ってきたひとに向かって行って、彼は苦しんでいる。


「シルファ…」

「申し訳ありません、見苦しいものを見せてしまいました。奴は消しますので少しだけ目を閉じ、耳を塞いで…」

「いけない、彼の命は未だ終わってはいけない。それにシルファ、貴方が手を汚してはいけない」


 私はそっと彼の頬に触れた。未だ正直怖い。消してしまいそうで。


「シリル様…怖がらないで。でも、貴女から触れて頂ける日が来るなんて、本当に幸せです。ですから、殺すのは止めましょう」


 優しい笑みを浮かべて、私の手を取り、力の流れを無くした。ほっとする。彼に命を取らせる事をさせずに済んだ。そして、彼は私を抱き上げると、今まで居たベッドの上に、そのまま座った。私は彼の上に座っている事になる。


「あの…」

「今は僅かなりとも離れたくないのです。お許し下さい」


 そんな事を言われてしまったら、何も返せなくなる。彼をここまで追い詰めさせてしまったのは、私のようだから。


「ゲホッゲホッ!」

「イグニ、貴様を許した訳ではない。この間は私以外の立ち入りを禁じていた筈だろう」

「ケホッ、申し訳、ありません…お知らせしたい事が、あったので…っ」

「だったら呼べばいい。まぁ、貴様が今後どう動くかで寿命が決まると思え。…それで?此処にまで来て、伝えたかった内容は何だ」

「は、()が話をしたいと持ち掛けてきております」


 上?上とはどこの事だろう。


「…成る程、流石に感付いたか。だが、話す事は何も無い。分かっているな」

「は。では、いつも通りで」

「向こうもただでは引き退らんだろうから、土産を付けてやれ」

「畏まりました」


 痛々しい痕が見える。力は其処には向いていたのか。そしてこの会話は恐らく恐ろしい事だ。どうしたら良い?


「あ、あの…」

「はい、どうしました?」

「彼の首の痕を消して差し上げて下さい」

「…分かりました、貴女がそう言うのであれば」

「!?」

「良かった、ありがとうございます」

「感謝など…イグニ、貴様こそ感謝せよ」

「は、はい…有難き幸せにございます」

「シルファ…感謝など不要です、私は何もしていないのですよ」

「いいえ、あの者は貴女様のご慈悲を受けた。感謝して然るべきなのです」

「そう、ですか…」


 頑なな彼は譲らないようだ。だから私が折れた。それで満足したのか、シルファは目下の彼をそのまま下がらせた。


「シリル様」

「はい?」

「どうか、話し方を元に戻して頂けませんか?」

「え?」

「貴女様は私のお慕いする、神です。時は私と貴女様の間に壁を作ってしまっている。それを、無くしていきたい。徐々にで構いません、また以前の様な貴女様で、どうか…」

「…シルファ」

「はい」

「…貴方には、私と関わったせいで沢山の苦痛と苦労を味わせてしまいましたね。その為にも、私は消えたままの方が良かったと、今でも思います」

「それは…!」

「ええ、分かっています。貴方が私を慕ってくれていると何度も言ってくれた。その貴方の前で、二度も消えるなどしません。シルファ、憐れで優しい私の天使…」


 変えてしまった責任を取らなければ。私が此処に再び蘇った理由は、必ずある。先ずはその一つをしようと心に決めた。






 力を感じて急いであの部屋へ行けば、あの方が涙を流しながらベッドの上で座っていた。そのあまりの美しさに、思わず身動きが取れなくなった。あぁ…私の全て。ずっと、ずっと…この日を待ち望んでいた。鈴の鳴るような声で私の名前を呼ぶ事も、触れて温もりを感じる事が出来るのも、美しい心を向けられる事も、全てが漸く手に入る。僅かに生じた時の壁があったとしても、それは些細な事。愛おしい全てが、私の手の内にある。なのに、そう思った途端、一度に全てを手にしようと焦ってしまった。そのせいで、イグニに分けてしまった。私の世界の一部を。

 私が世界を怨んだ日、それは愛おしいシリル様が、目の前で消えた日だ。死の神として生を喜び、成長を慈しみ、死を受け入れる、誰より優しい彼女に仕える天使だった私は、彼女に向けられる数々の悪意を見た。天界という場所で、負の力を持つ死の神は、他の神や天使、そして生きる全ての生命から疎まれてきた。それ故に、居場所が無くなった彼女は、消えることを選択した。優しかった、美しかった心には耐え切れなかったのだと思う。私にでさえも、よく仕えられるものだという言葉を何度も言われた程だ。何とか彼女の消滅を阻止したくて、他の神に助けを求めても、天使たちに助言を受けに言っても、誰も何もしてはくれなかった。そして、ついに、彼女は本当に消えた。




「シルファ、今までご苦労様でした」

「シリル様、何を…!?」

「私に仕えたが故に、沢山の悪意を向けられ、さぞ辛かったことでしょう。ですが、それも今日までです。貴方が私を支えてくれた事は、例え消えても忘れません。どうか、今度こそ幸せに」

「止めて…止めて下さいシリル様!!消えるなど!!」

「いいえ、私は消えねばならないのです。天界に負の力を持つ神が居てはいけなかった。当然の摂理に戻るだけです」

「待って下さい、どうか!消えると言うのなら、私も一緒に!!」

「なりません。シルファ、貴方は光の天使。この世界にはなくてはならない存在なのです。貴方の光で、これからも沢山の生命が救われることになります」

「そんなもの!!貴女に比べて価値のあるものなど…」

「それ以上言ってはなりません!…やはり、私と長く居た影響が出てしまっている…。シルファ、光の天使。これは神である私からの命令です。今直ぐ、ここを離れなさい」

「嫌です!!私は既に、貴女様の影響が出ているのでしょう!?でしたら…」

「いいえ、例え影響が出ていたとしても、離れれば問題ありません。未だ、十分癒される範囲です。それに、私に未だ終わりの無い命は連れて行けない」

「…っ!」

「シルファ、憐れで優しい私の天使。どうか、後を頼みます……」

「あ、ああ…ああああああ!!!」




 美しかった。彼女が消える時、今でも鮮明に覚えている。私が生きてきた中で、ここまで美しかったひとは誰ひとり居ない。そんなひとは最後まで本当に綺麗だった。だから許せなかった。この方を見捨てた全てが。例えこの世で誰も彼女を求めなくても、私が待つ。絶対に彼女を取り戻すと決めた。シリル様は私に後のことを託された。けれど、私は私自身など、まして天界など、どうだって良かった。私の全てはシリル様のもの。そして、シリル様は私のもの。世界が要らぬとしたならば、私が、私だけのものにする。そう決めて、魔に身を堕とした。髪は黒くなり、瞳も紅くなった。翼も黒くなった。天使とは似ても似つかぬその姿で、私は天界の神と並ぶ力を持つ、魔界の王となった。

 魔界、魔物とは実に単純だ。負の力が強い者に従う生物達。元は全て、天界に居た生物達が、負の力を持ったが故に迫害され、追われた身。皆が天界に怨みを持っている。実に扱いやすい。だが、これらも皆、シリル様にとっては尊い命。一目でも見てしまったら、慈悲を掛ける。御心を分けてしまう。そんな事をさせない為に、この部屋を作った。彼女を晒さない為の部屋。天界にさえ存在を知らせないように、極力神の力が出ない様に何重もの結界を張った部屋。閉じ込めるつもりは無いけれど、出すつもりは無い。此処だけは、誰からも穢されない。そう、私以外からは。


「イグニ」


 未だ一緒に居たかったが、天界が気付いたのであれば動かねばならない。部屋を出て、入り口を隠し、待機していたイグニを呼ぶ。


「は」

「あの方は貴様を気に掛けていた」

「あの方…シルファ様がずっと、待っていらっしゃった方、ですか…」

「貴様はあの方に無礼を働いた。その代償は、身をもって償え。さもなくば、分かっているな」

「勿論です」

「…あの方は優しすぎる。貴様の様な屑にすら、気をお掛けになる。そんな事、赦されない」

「ご、御前にてのご無礼を、重ねてお詫び致します。他言は決して!」

「当たり前だ。だが、もし、有り得ぬが万が一、あの結界が破られる事があったら、貴様がお守りしろ。他の連中には絶対に任せるな」

「は!命に代えまして」

「ふん」


 私が死の神を待ち焦がれている事を、知らぬ者は居ない。だが、正確な理由を知っている者は居ない。


「シルファ様ぁ!!」


 城の廊下を目的の部屋を目指して歩いている私の目の前から、ニンシアが走って来た。


「ニンシアか、何用だ」

「何用って、急に居なくなったので心配したんですのよ?」

「くだらぬ理由だな。用が無いのなら目障りだ」

「そ、そんな…」

「ニンシア、天界が来る。準備するぞ」


 黙り込んだニンシアに、イグニが声を掛ける。その場を任せ、私は再び歩みを進めた。そう言えば、イグニは私と同じ元天使だった。と言っても、身分は違うが。生まれた時、あの方は未だ存在していた筈。という事は、元々知っているかもしれない。あの方は、一度見たものの顔や名前を絶対に忘れないから。今度聞いてみよう。






「…ふたりでどこ行ってたのよ」

「言えないね、言ったら消される。ただでさえ、既に綱渡り状態なんだ」

「どういう事?」

「だから、俺の口からは言えない。知りたいなら、我が王の赦しを得るんだな。まぁ、消える覚悟が要るけど」

「シルファ様はよっぽどの事がない限り怒らないじゃない。何したのよ…」

「偶然だよ。ま、俺も安易に踏み込んでしまったわけだけど、分かってたらしないね。それより、天界の件だ。誰が来るか分からないけど、話し合いがしたいんだと」

「…はぁ?天界が何で…」

「その準備をするよう、言われた。それで結果が出せなければ、恐らく戦争になる」

「はぁ!?ますます意味が分かんない!」

「とにかく、ディズとウィンディを集めて。撃ち返す手段を考えなきゃいけない」


 欲望、裏切り、憎悪、堕落を司る悪魔。他の魔物よりも王に近付ける存在とされる四つの魂は、王に仕える。全てが生の神によって生まれ、育の神によって育まれた存在。元は天界と魔界は一つの世界。いつしか死の神を元の座に戻し、世界の均衡を戻そうとする上界と、死の神を我が神と崇め、世界の崩壊を求める下界に分かれてしまった。


 天と魔の関係が生まれた。そして争いが続いている。生まれた関係によって続く争いの果てに、何が待っているのか。蘇った死の神によってもたらされるのは、果たして…

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