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正パイ戦争

作者: 眠るナマモノ

 太陽はその姿を隠し、若い男女も夜の街へと姿を消すような丑三つ時。そんな時間まで酒をかっくらうような人間ばかりが集う一軒の酒屋があった。時間が時間だけに、居座る客は深酔いしている者や他人に絡んで管をまくもの、いずれも癖の強い顔ぶればかり。店主はバーを名乗ってはいるが、この騒々しさでは相応しくはない。そんな中で、黙々と酒を流し込む二人組の男がいた。

「なあ。」

 二人の間の沈黙を破り、今やすっかり馴染みとなった片割れ(髭面なので、「髭」と呼称する)が、連れの男(こちらは「眼鏡」)に話しかける。

「なんだよ。」

「ふと、今さっき思ったんだよ。」

「おお、なんだよ。言ってみろ。」

 酒気など帯びていないような落ち着きで言葉を交わす二人。

「いや、やっぱり女っつーのはよ。なんて言うかよー。」

「もったいぶるな、時間の無駄だ。」

 眼鏡が少し不機嫌そうに急かす。

「…胸だよな?」

「続けろ?」

 ─酔っていた。口調は落ち着き払っているものの、ものすごく酔っていた。無理もない。既にウイスキーをロックで12杯目だ。並の人間なら酩酊している。

「いや、ほら、やっぱり大きさとか?形とか?重要だよなぁ。あと…。」



 眼鏡がノってきたのが嬉しいのか、身振り手振りも大きく語りだす髭。

「…ちょっと待て。」

 眼鏡が話を遮る。

「なぁんだよ?」

 これからさらにノっていくところ、というタイミングで遮られ、不満げな髭。

「同意だ。大きさ、形、確かに重要だ。だがな、一つ聞きたい。」

「ん?」

「…その手は何だ?」

「手??」

「その手の、動きだ。」

「あ?…ああ、〝これ〟?」

 髭の手の動きは、言うなれば芳醇に実った「何か」を示唆する包み込むような手つき。

「それだ。」

「…これがなんだよ?」

「本気で言っているのか?」

「ああ、本気だよ。本気で分からねえんだよ。」

「胸、と言えば〝こう〟だろ。」



 そう言う眼鏡の手つきは、平面的な「何か」を示唆するものだ。

「…ははーん、なるほどね。いや、だけど誤解があっちゃいけねえ。念のため確認しようや。」

「望むところだ。」

「よーし、んじゃ〝胸〟と言ったら、せーの…」

「巨」「貧」「「乳だ。」」

 そろった声とは裏腹に相反した答えが混じり合う。

「フフ、フフフフフフ…。」

「フッ、フッフッフッフッフ…。」

「「ハッハッハッハッハッハッハッハ……あぁン?」」

 今度はセリフまでピッタリ。

「おうおうおうおうおうおう、てめえ正気かよ、オイ!」

「こ、ち、ら、の、セリフだ!でかいだけの胸に何の魅力があるというんだ!?」

「なんだとてめえ!もういっぺん行ってみやがれ!」

「あー!何度でも言ってやるとも!でかいだけの胸に!何の魅力があるんだ!?!?」

 わざとらしい大きな声で答える眼鏡。

「てんめぇ、この野郎…!日本人の大多数を敵に回しやがったな!」

「なーにを勝手に多数派面しているんだ!日本人1億2千万人にアンケートでも取ったのか!?」



「んなことするわけねえだろ!ネットで巨乳好きのほうが多いって見たんだよ!」

「どこのサイトだ!?」

「ニ○ニ○ニュースだよ!」

「信用できるか!馬鹿が!」

「じゃあ、どこの結果なら信用できるってんだよ!」

「国だよ!」

「やるわけねーだろ!お前が馬鹿だ!」

「大体、多数派が常に真理とは限らないだろう!俺はそんなものに左右されん!貧乳が至高だ!」

「テメーが多数派、アンケート云々とか言い出したんだろうが!」

「うるさい黙れ!納得させたければそんなものに頼らず、お前の口で納得させてみろ!」

「テメー、言わせておけば…。良いか!巨乳てのはなぁ!…」


 


「おいおいおい、今日は一段と賑やかだなぁ?」

「おお、若いのが二人盛り上がってんのよ。」

「なるほどねえ、そんで何やってんのよ?」

遠巻きに話す二人の後ろから訳知り顔の男が近づく。

「…あれは、〝正パイ戦争〟…。」

「「正パイ戦争!?」」

「ええ。かつて、ある二人の口論から国を分けての内戦にまで発展したと言われる正パイ戦争です。こうした日常の中にも、戦争の火種は転がっているのだと教えてくれますね…。」

「…そうか?」

「いや、よくわからん。」

──誰だ、こいつら。




周りの連中はさておき、髭と眼鏡の激しい激突は留まるところを知らず、ついには席を立ちあがり言葉で殴りあう。

「だああああ、わからねえ野郎だなぁ!お前はよぉ!」

「そもそもだな!あんな脳みそまで乳脂肪が詰まってそうな胸に魅力など感じるはずもないだろう!」

「お前はどんどん敵を増やすなぁ!怖いものを知らないのか!というか、言わせてもらえばな!前に太ももの話したときもそうだったよなぁ!」

「何がだ?」

「いや、キョトンとしてんじゃねえよ!タイツかニーソかの話のときだよ!」

「あー!あれか!あれは別に俺は悪くないだろう?」

「はぁ!?あんときだってお前が、データを示せだの納得させろだのごねてただろうが!」

「お前がタイツの魅力をわからないのがそもそもの問題だろう!?」

「また蒸し返すのか!何度も言うけど、ニーソとの境から見える太ももが最高なんだろうが!」

「お前はだからDTなんだよ!タイツから透けて見える太ももが至高だろう!」

「お前だって精々キスまでじゃねえか!」

 あらぬ方向に話が展開し、さらに激しさを増す。双方のキモい想いの奔流は思わぬ形で途切れる──。

 


鳴り響くドアベル。新たな来訪者の予感を、白熱した議論(?)の中で鋭敏になった二人の語感が敏感に察知した。

現れ出でたるは─美女。ザ・豊満美女。出るとこ出まくるナイスバディー。極めつけにタイツ着用である。

二人は凝視した。穴が開くほど見つめる。胸を、足を嘗め回す様に眺める。捕まれ。

二人の視線に気が付いたのか、美女は二人の方に目を向け、ドン引くわけでもなく、軽蔑するでもなく優しく微笑みかける。

目が合ったことに慌てふためきながら、静かに腰を落とす。

「「…なあ。」」

落ち着いたテンションに合わせて声のトーンも下がる。

「タイツ」「巨乳」「「悪くないな…。」」

ハッとお互いの顔を見合わせる。先ほどまでの大激戦が嘘だったかのように、力強く握手を交わし、上機嫌で店を出て行った。

正パイ戦争は終結を迎えたのであった…。





─「と、言うのが“百聞は一見に如かず”ってことだな。わかったか?」

「パパ、長いしキモイ。」

















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