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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒い町

作者: せんり

 町を何周もする堀はとても長く、町が大きくなるたびに新しい外周に堀を作っているためその作りは年輪のようになっている。そしてその堀の後に綺麗に形作られた石垣が作られている。その美しさと幾度も大きく拡大していく様はこの町の繁栄の印だ。

 町中は犇く様に石造りの民家が軒を連ねり、どこの家からも子供のにぎやかで明るい声が溢れている。少し進むと商店街があり、店主の呼び込む声は朝から夕暮れまで続き、並ぶ品は森で取れる果実に野草、肉など山の神に育まれた幸はこの町の繁栄を支えている。

 例え夕暮れになろうとも、石造りの道と街灯の明かりで例え月が出ていなくても道を誤ることはない。

 色々な店舗から漂うコーヒーや揚げ物など様々な匂いに見ている

 テラス席のあるお店も多く、赤く染まる町を眺めながらのひと時を満喫する初老の男女がいれば、クレープやパンを片手に友人と談笑しながら話し込む若人の姿がある。

 空気は澄んでおり、気温の安定したこの季節は、一日中上着を一枚羽織れば十分という気温であり誰もが外に出掛け終わらない夜を満喫する。

 すでに太陽の明かりは沈み星々の明かりだけが天上に輝く。敷き詰められた星は絨毯のように無限に広がっていた。



 ただその繁栄は終わりを迎えようとしていた。

 

 

 始めはよくある喧騒にすぎないと思っていた。

 郊外から聞こえる声は悲鳴ど怒号であふれているが、どこかの店主が客と喧嘩をしている程度に考えていた。

 空気が騒動により騒がしくなり、老人も若者も店員も誰もが遠くの喧騒を眺める。益々激しくなる怒声とともに石畳の街灯はわずかに振動し始める。街灯はガチガチと音を出し始め、テーブルに置かれたコーヒーカップは中のコーヒーに頻りに細かい波紋が浮かび、スプーンのぶつかるカチカチが徐々に大きくなっていく。

 人々の活気ある声はいつの間にか止んでおり、遠くの喧騒が益々鼓膜を響かせる。


 月のない暗い空にさらに暗い雲が見えた。

 

 立ち上がる雲は町から登り、空の絨毯に大きな穴を開けている。

 徐々にその下にオレンジ色の揺蕩う輝きと、風に乗って漂ってくる匂いに喉の奥から噎せ返り、上着で鼻を抑え匂いに耐えた。

 空は黒とオレンジに染まり始め、悲鳴が木霊し、ところかまわず岩の崩れていく音が聞こえた。


 「なにが、なにがあったんだ!?」

 周囲に問うが誰も答えられない。

 誰もが同じように鼻を抑え、空を見上げ、悲鳴の方を見る。誰も何が起きているのか分からなかった。ただひたひたとにじり寄るような不快感と足を張り付け心の底から冷え込むような恐怖を受けて目を見開いている。ゴクリと嚥下する音がうるさいほど耳を響かせる。

 

 黒い影があった。

 オレンジ色の炎が見えたとき、その中に黒い染みがあり、それがゆっくりと大きくなっていった。

 魔物がいた。


 人間の数倍はありそうな巨体にはずしりと筋肉が付き、裂けた口からは薄汚れた歯がびっしりと並び、荒い息はうっすらと寒さを覚える程度の気温ですら蒸気になってぶわりと溢れ出す。鋭い目に眉間には深い皺が寄り、肌も髪も灰を被り火傷と裂傷の痕がいくつも残っており、麻の服は何度も何度も使い古されているのか、半分以上が引きちぎったように切られていた。右手は木こりが使うような大型の斧を持ち、腰には弓と矢を提げている。

 「醜い小人どもが、山の神の怒りをしれ!」



 最初に押し入った家はごく普通の家庭のようだった。

 石造りの家には木のドアがあり、斧で叩き切ると容易く壊れていく。

 家の中には大きな木の机とイスが並べられており、その隣には台所がある。

 夕食の準備だったのだろう、台所には大型の鍋が火にくべられており、中では何かスープのようなものが今も煮詰められている。

 机にはすでにお皿が並べられていた。

 

 家に入った直後にあった背中は年老いた女の物だったか、ドアをたたき割ったあと、振り返った老婆の首を落とすとゴロと転がり、皿の上に落ちた。髪は皿から溢れ少しずつ赤黒い血が皿に溜まっていった。

 残りは両親であろう男女と、その子供であろう七、八歳の男の子とまだ四歳程度の子供だ。

 男はすぐに女性と子供を守るように立った。その背中に三人を隠すように立つ。

 男の背に守られた女性はさらに二人の子供を守るように立つ。

 二人の目はしっかりと魔物を見据えていた。

 子供たちは恐怖なのか、起こっていることを理解していないのか、母親の袖を握りしめていた。

 「――化け物め」

 男が眉間に深い皺を寄せて睨みつけながらそうつぶやいた。

 左手で後ろを庇いながら、右手は軽く握られて胸のところで構えている。たとえ魔物が襲い掛かって来ようとも反撃するつもりなのだろう。

 のそりと魔物が動き、男の前に立った。男は何度も何度も魔物の腹を殴り、ものをぶつけるが、魔物はビクともしない。ただ男の愚行を眺めているだけだった。

 目の前に立った時、魔物は斧を振りかざし男を叩き伏せた。

 男はあっけなく頭が割れ、肩が抉れ崩れ落ちた。


 男が死んでも女は叫ばない、限界まで噛み締められた歯は今にも折れてしまいそうなほど、鋭く睨みつけた目からは声もなく涙が滴り落ちる。

 そっと寄せた手で子供たちを守る。ただこの二人の命を守るために、この子たちを守りたい。それだけを考えて魔物を睨みつける。

 自然と細い音を出しながら息きを吐く。

 

 男の子たちは女の身体の後ろから、母の激しい息遣いを聞きながら、隠れながらも必死で抗う。その荒い息遣いが聞こえなくなった。

 見上げるとドクリと一度だけ血が溢れるように流れ落ちるのを見た。

 女の顔には口しかなかった。

 

 もう両親はいない。

 八歳くらいの男の子は弟と背中にかばい、魔物を睨みつけた。

 絶対に弟は殺させない。僕が守るのだと言わんばかりの視線を向ける。

 とても心温まる光景だが。魔物にとってそれは他愛のない出来事でしかないのだろう。

 邪魔な死体をどかすと、男の子の体に向けて斧を振り下ろす。肩から脇腹へまっすぐに切り伏せられ、男の子は絶命した。

 魔物は最後に残った小さな子供を見た。

 手も足も震え、歯を食いしばりたいのに叫びたいのかふるえる顎に歯がカチカチとぶつかる音。

 何を思ったのか彼は兄の体を後ろに隠し、母親の頭部も自らの背に隠し、父の腕もまとめて、その前に立って両手を広げた。

 震えているからだが収まることはない、涙と鼻水で酷い顔になっているが、父が、母が、兄がしていたことを繰り返す。

 守っているのだ。

 もう失われた命だけど、彼は家族を守り、唯一人になっても守っているのだろう。

 なんとも空しい命だ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 町からほど近い小山にある森の中には、一つの集落がある。 

 そこに住む者たちは、人間から魔物と呼ばれていた。

 彼らは身長190センチにも届く巨体であり男は全身が分厚い筋肉で覆われているようで腕すら、人間の足以上に太い。女も人間よりも背が高く、筋肉質な体系をしている。

 大自然を相手に生きる彼らは森の果物や山菜を食べ、動物たちを狩り、その命に感謝して神に祈る。

 太陽が昇ると同じくして活動を始め、沈むのに合わせて眠る

 彼らは自然とともに生きている。

 木でできた家は質素で、道はただ踏み鳴らされただけだが、ゆったりと流れる時間がとてもここちのより村だった。


 その日は徐々に寒くなる空気に森の木々から葉が落ち野草が少なくなり、朝と夜とで気温の差が激しくなりはじめていること、毎日の狩りから猟師たちが枯葉を踏みしめながら帰ってきた。

 朝早くに出かける猟師たちは森のあちこちに仕掛けた罠を朝早くに確認し、獲物が少なければ弓による狩猟を行う。そうしてとらえた獲物を持ち帰り、村の近くの川辺で捌き持ち帰るのがいつもの流れである。もしも獲物が捕らえられなければ狩りの途中で野草を探しそれを糧に日々いきるのだ。

 その日もいつも通り捕らえた獲物を捌き始めていた猟師たちは森の奥、村の方から漂う煙の臭いを感じ取った。

 不審に思った彼らは数人作業に残り村へ早々帰ることにした。

 そこで見たのは煤汚れ朽ち果てた家と荒らされた畑だった。


 「なにが、なにがあった!?」

 叫ぶ彼の声にこたえは返ってこなかった。

 「お前たちすぐにだれかいないか探すぞ、それから一人は川に戻り全員連れてこい!」

 「ああ!」

 すぐさま出す指示に従い、彼らはそれぞれ駆け出した。

 散り散りに走り、近くの家を確認する。

 しかしそこにあったはさらなる悲惨な現実だった。


 「おい!だれかいないか!?」

 彼がまず声をかけたのは奇しくも自分の家だ。

 長く猟師長の家系を持つ家で、村の安全を守るという役目もあり最も村の入り口近くに家が建っているのだ。

 朽ちた家の扉を壊すのように開けると中は崩れた天井に押しつぶされており、薄暗く奥は何も見えなかった。

 「なんの――匂いだ?」

 嗅いだことのない、嗅いだ瞬間喉の奥から肺に入る匂いを感じ、胃の奥から強烈な不快感を味わう。あまりの臭いに今にも吐き出してしまいそうになるが、胃液がわずかに逆流し、喉の奥にしびれるような不快感を受けるだけですんだ。

 屋内はどこも焼け焦げており、不快な匂いと炭の臭いに眉を顰めながら天井と家具をどかしていく。少しづく心臓の音が大きくなる気がした。嗅いだこのないにおいがどことなく森で死んでいた動物を供養したときの臭いを彷彿させる。

 机をどかした時、そこには妻とその手の先に息子がいた。

 「あああ――ああああああ――うあああああああああああああああああ!!!!!!」

 抱きかかえた二人はあまりにも悲惨だった。

 なんども背中から刺されたのか、妻の背中には無数の刺し傷があり、息子の顔はもう誰か分からなくなるほど殴打のあとがあった。

 「なぜ、なぜだああああ――神よ、山の神よ!!私達が何をしたというのだ!!なぜこんなことが、なぜだ!!なぜ、妻が息子が死ななくてはならないのだ!!!なぜなんだ!!!!」

 そんな声はもう村中から響いていた。嗚咽に慟哭に包まれた町は物音ひとつしない静かな村であった。必死に神にすがる声、愛するものの名を呼ぶ声。

 誰も何も聞こえなかった。

 

 翌朝、村の真ん中にある祭壇の前へ遺体を並べた。

 これから葬儀をしなくてはならい、彼らの魂が森の中で迷わないようにしっかりと山の神へと魂を送ってあげなくてはならない。

 祭壇の前に進む。

 猟師長が司祭を務めた。もうこの村には司祭すらいない。


 そうしてみな家族との最後の別れを済ませた。

 

 

 「復讐しかない」

 葬儀のあと執り行われた話し合いでまず上がった意見は、怒りの冷めやらぬ怒号とともに放たれた言葉だった。

 「分かっている。だがその前にこれを見ろ」

 差し出された紙にはこう記されていた。

 「同胞の仇。死して償うべし」

 短いが端的に書かれている文字は美しく綺麗に書かれているにもかかわらず、紙の寄った皺から怒りがにじみ出しているようなそんな錯覚をしてしまうようだった。

 「復讐だ」

 その言葉に反対するものなどいない。

 愛するものを、掛け替えのないものを、安心と安らぎを、心の奥底からすべて根絶やしにされた恨みは簡単に消えることはない。

 

 戦士が武装を整える。夕暮れ時の森は薄暗く漂う空気は重苦しい。時折森の奥から聞こえる野生動物たちの声はどこか悲愴めいた声であった。

 ざわつく森の声に反して、夕暮れに染まる眼下の町は燃え上がるように灯りであふれている。憎しみのあふれる活気だ。

 森から町までの道のりは多くの虫の声がずっと響いていた。

 石垣に木霊して少し遠くに感じる町の声が徐々に目の前に迫る、そこに深い影を作る。

 差し込む夕焼けは明暗を分けるように切り取られ、その深い闇に怨念が溢れる。

 憎しみが濁りきった池の底の澱のように淀み、ゆらりと立ち上がる。

 静かだった。

 穏やかな気分だった。

 活気に見ている声が聞こえない、目に映っている物が何だったのかわからない、ただ肌に感じる風に身をゆだねて水面に揺蕩う落ち葉のように音もなく漂う。

 そっと夕日に手を翳せば透き通った光が指の合間から溢れ零れ落ちる。

 足元から伸びる影にまた一つ誰かの影が重なり、その陰にまた誰かの陰が重なり、重なり重なり。どこまでも続く影が口を開け、目を開け、腕を振り上げる。

 足を踏みしめる。振り上げた腕に斧を持ち、弓を腰に携える。

 進む。突き進む。

 影が走る。

 夕焼けが燃える中にたたずむものが影に沈んでいく。

 「殺せ!!!!!!!」

 怒号をあげた。

 沈み始める夕空に真っ赤な血が黒く塗りつぶしていく。

 石の外壁が、道が、街灯が黒塗にされていく。

 「死ねえ!死ねえええ!」

 「殺せええ!」

 真っ赤に染まる町が闇に沈んでいく。

 薄汚く、浅黒く。

 「ころせええ!!」


 町は黒くなる、新たな黒い町を作って消えていった。

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