氷の神殿
熊橇が吹雪の中を滑走する。
気持ちのいいくらいの速さだ。スピードメーターはこちらに無い為正確さに欠けるが、自動車くらいの速度は軽く上回っているだろう。
俺は熱が高いままで、雪に当たるくらいではどうということはないが、流石に三人には辛そうだ。街を出てから俺を懐炉扱いしているほどだ。
おかげで、纏をしたくてもできないままなのだが。
神域の中心部ではないにしろ、もう神殿の領域に入っているのだ。
タクミには時間経過など影響はないとはいえ、ウタとライに関しては影響を受けるだろう。
「お使い」が一般の人間では不可能という理由がそうだ。
神殿の入口で橇は止まり、その後は徒歩で行く。
広い空間に数多の柱が並ぶ場所まで来るとその先には二人は入れない。
だから
「ちょっと、いってくるから」
そう言う。
その「ちょっと」が、地の時間でどれだけ進むかは入って出てこないことには分からない。
一時間なのか、半年、数年なのか。それすら判らないが、二人に言える言い方はこれしかないだろう。
「いってらっしゃい」
「気を付けてね。ここの神様、気難しいみたいだから」
笑って、送り出してくれる。
ただそれだけのことだが、懐かしいと思った。
こちらでは随分と時間が経った。あちらでも、送り出してくれる親がいたのもかなり昔。
そう考えると、懐かしさと寂しさ、嬉しさが込み上げてくる。
「変、身」
纏をし、奥に祀ってある杯に向かい、歩く。
*
近づく度、身体が重くなる。
膝が、全身の骨が、重いと悲鳴を上げる。
関節が、神経が痛い。
そして、ふっと痛みや、重みが消えると、周囲に柱は立っていない。
生成り色の空間になっている。
『今回の器は、こんなにも脆いモノか』
目の前にいる者は、亀の様だが何故か長い首をしている。
『儂は地の神にして、四ツ神最古である。貴様は他の神の力を貰い受けておるが、耐えきれておらぬ』
首を曲げ、目の前で視線が合う。
『そのようなままでは、水の魔神の様になるが目に見える。故に、見定めるまでもない』
爬虫類独特の瞳に見られ、瞬きもできないでいる自分がいた。
『この空間ですら炎を扱いきれぬとはな…恐らく、このまま元の場所に出たら我の社が燃えるのう』
瞼が無い為、目を細めることはできていないが、瞳孔が細くなった。
『あの場所が丁度良いな。運ぶから、そこでその炎を抑えるようになれ。でなければもとには帰さぬし、力も渡さぬ。解ったな?』
勝手に決められ、勝手に進められた。しかも、何所かに飛ばされるのか。
『行け』
その瞬間に、北の神殿から叩き出された。
叩き出された。その表現が妙にしっくりくる感じを、茫然となる思考で考え、周りを見渡す。
氷と雪以外何もない空間。
洞窟と言ってもいいような気がしてきた。
鍾乳石の様に周囲に乱立する氷。逆向きになった氷柱とでもいえるな。
ここからどうしろと。
『あーあ。ここに来たんだ。残念、残念。本当に残念』
振り向くと、タインがいた。
『君、暴走しているんだってね。主となる属性が?そっか。うん。ふーん。え。それ、僕の役目?嫌だよ。押し付けないでよ』
『確かにさ、魔神であるけど、それ以前に僕だって「元は人」なんだよ?そこ分かってよ。えー』
どこに向かって喋っているの。タイン。
段々、身振り手振りも交じり、独り言の多い寂しい人に見える。
『もーこれ、借り一つだからね。は?五月蠅いよ。今度、叩きのめすから!』
喋るのが止まったと思ったら、こっちにいきなり振り向いて、
『その属性…火だっけ。仮止めしたら、南に直行するよ。あのくそ爺ぶん殴ってやるんだから』
「物騒だな…」
仕方ない、そう割り切られた。
『これから、他の属性を強化し、力の均衡を取り戻します。で、今使える属性…四つだっけ。総てを一気に纏って。一思いに。それが出来なきゃ、ずぅっとこの「空間」から出られないから』
「はぁ!?」
驚きが出たことに俺自身一番驚いた。
纏を総て纏う?今迄一つずつしかしてこなかったのも確か。
『だから言ったのに。後悔の無いようにって』




