都市8
下水が近いのだろうか、悪臭が立ち込め始めた。
纏をしているため、そんな必要はないのだろうが、思わず手で口を覆ってしまう。
今まではそんな臭いなど鎧の下まで届くようなことは無かったので、一気に強くなったのだろう。
下水特有のものに混じり、鉄の匂いが一層強くなったため余計だろう。
そんな風に考えると、ふと思い出す。炎の魔神の言った事。
『今の君になら探せるかもしれないね』
今の君?あの時はこの赤色だったか?
この状態で近くにあった棒切れを手に持つ。しかし、何も変化は無く、ただの棒切れのままだった。
じゃあ何故、あの時ナイフが棍棒に変わったのか。
「なんでだあああぁぁ」
思わずしゃがみこんでしまった。
溜息しか出てこない。
パシャン
直ぐ近く。耳元と言ってもいい程の近く。水音がした。
顔を上げると、蝙蝠のような小さいエネミーが俺を囲むように周りの天井にへばりついており、そこからこぼれた幾つかの破片が水の中へ落ちた。
「嘘だろ!?」
四つん這いで這い逃げるように動く。腕が痛いがそんなことを言っていられない。
腕の包帯に書かれた陣が段々濃くなっていく気がする。治れば消えると言っていたが、逆もあるのだろう。力が先程よりもっと入らなくなっていく。
そんなところに、目の前に分岐路が見え、すぐ入れる右側へと飛び込む。
左側と正面は若干距離があり、蝙蝠エネミーに追いつかれてしまうだろうから候補から外した。
予想通り、右側に通路があるとはわからないようで、そのまま正面の道へと吸い込まれるように飛んで行っていた。右側だけ何故か鋭角の交差をしていたのが幸いした。
おかげでほっと一息が付けた。
水路脇の通路に腰を掛け、手に持ったままの木の棒きれを思い出す。
「どうしたらあんなふうに変わるんだ…?」
じっと見つめて変わるなら安い物だ。だが無意味だった。
鱗片はこの通路にはあまり見られないから、別の路を進まなければならない。
どうするかと悩むが、先程から右腕に感じる痛みが鈍い痛みからひどい痛みになっているので、確認の為一時的に纏を解く。
「なんじゃこりゃ」
こりゃぁひでぇ、なんて言いたい。包帯に書かれていた陣の色は薄墨。今は墨というより宇宙にある闇色程の濃さになり、肘辺りにあったはずが、二の腕から手首まで伸びていた。
まるで陣自体に意志があるように思えた。
「そんなわけあるか…」
ありうる。基本物理だが、この次元には「呪術」が存在する。可能性はある。
「ああああああああ」
通路は決して広くはないが、平行にすることで寝転ぶことができた。
「もう考えたくねえ」
眠い。
*
少し仮眠し、スッキリと冴えた頭に切り替えることができた。
周囲の匂いはどうしようもないが、それは仕方ないと割り切る。
「もし、あの時赤じゃない鎧の色になっていたのなら」
そう。赤で棒切れが棍棒にならなかったのはそう言う事ができない特質があるのだろう。
今確認できている色は灰色と赤のみ。
炎の魔神は「三色目」の色の状態を見て、見つけられるのではないかと言ったのではないか。
「でもなぁ…」
何色かすら見当つかない為、どうすることもできない。
まぁ、地道に。と言いたいところだが、場合が場合。そんな余裕はない。
横に流れる用水を見る。
「とりあえず、上流?を目指しますか」
昨日から何も口にしていないが、出口は入口の場所しかないため、再び戻ることが手間。建前はエネミーが向かった先にいるかどうか確認するために、見失わないように追いかけているから。
通路は交差路で途切れているため、水路に降りる。
深さは膝下ぐらいだが、水の抵抗のせいで歩きにくい。
腹の虫は空腹を訴え鳴くが、それを今諌めることは無理だ。
「腹減った」
棒切れを引き摺りながら進む。水のかき分ける音だけが聞こえる。通常の状態であれば気が狂いそうになるな、これ。
そうして何時間か歩き続けていると、足元の水面に変化があったことに気が付いた。
龍神の本来の色である蒼色の光がゆらゆらと天井を照らしでおり、明るくなっていた。
そして変化は他にも表れ、一本道だった水路に縦坑と言っていいほどの広く底が見えない空間に出た。
下を覗くのすら恐怖を感じたほどだ。結構な深さだろう。
今居る地点から先に道は無い。つまり、下に降りるしかない。
「この下に降りるのか~…」
正直、気が進まない。
それでも他に道は無いため、息を深く吸い深呼吸をし、目を開いて、飛ぶ。
こちら側に来てすぐに体験した、鳥によって噴石と共に飛んだことを思い出した。
あれより幾何かはマシに思えた。
周囲に他に当る物が無いから。
あの時は小さいやつは数えるのを止めるくらい当たったし、大きい石は当たったらまずいんじゃないかなんて考えていたからな。
そんなことを走馬灯の様に浮かべて気が逸れてしまっていたが、最下層の水面まであと少しという所。水面に映った姿に驚いた。
「青い!青くなった?!」
そう。赤く炎を纏っていた鎧が青くなっていたのだ。
驚いた次の瞬間、水面に叩きつけられた。受け身をとれず、顔面から突っ込んだということは言うまでもない。




