島出
※いつもより長め
漂流し浜辺に着き、テツヤの家に泊めてもらっている間に、また半月かかっていたことが判明。
なんでも、海岸で俺を見つけてからずっと意識が戻っていなかったため。
あの空間でたった数分の会話をするだけでも数日は過ぎてしまうのか。
しかしウサギとの稽古の時だけ、通常の時間の流れと同じ流れ方をしていた。
なにがどう違うかなど、俺には分からない。そんなこと、俺が知るわけない。
半月もテツヤの家に一つしかない特注と言われているベッドを貸してもらったのだ。
そんなわけで、手伝いと称してテツヤと共に海岸に来た。
珊瑚の死骸が積み重なってできた砂浜は、砂が細かく、気を緩めるとすぐ爪の隙間に入り込む。
珊瑚の乳白色が何処までも続いている錯覚になる広さの海岸だが、隣に広がる樹海にしか見えない森の方が広く見える。かといって、砂浜自体もそれほど狭くはない。
「この砂浜には多くのものが流れ着いてくるんだ。それを回収してできる限り本人に、出来なければ家族に戻るように手配するんだ」
流れ着く物の大半は嵐に巻き込まれ漂流し、行方知れずとなった船からのものだ。
波に押されてきたペンダントらしきものを見つけ、拾い上げる。
ペンダントトップには家族の肖像画のようなモノがはめてあった。
「うわ…」
可哀想だと思ってしまうが、こちら側はあちら側よりも科学が発展していないようで、本人が見つかる可能性はとてつもなく低い。
手を合わせてから、テツヤに渡す。
テツヤは肩から掛けているクーラーボックスのような箱にペンダントを入れる。
「家族のもとへ、帰ろうね」
小さいが、確かに言っていた。
ペンダント以外には紫陽花みたいな花の髪飾り、指輪の付いた左腕、布の切れ端、など。
持ち主はもう「星」に還ってしまったのだろうが、遺族が残っている可能性をかけて、東で一番大きい港町と本土の港へと運んでもらうとのこと。
しかし運んでもらうための船が最近の大荒れの海の所為で来なかったため量が多いらしい。
その説明をするテツヤはどこか悲しそうな顔をした。
何故と聞くと
「君は戻ってしまうんだろう?オレはこの家からは離れられない。そういうことなんだって、教えられてるから」
ずっと一人ぼっちだった。君が来てくれたことは不謹慎だけど嬉しかった。
ぽつぽつと語るが、
「誰がここにずっといなさいって言っていたんだ?」
多分「一人しかいない」こと以外を知らずに、「一人じゃない」ことを知った。俺が離れると知ってしまった「孤独」になってしまうのだろう。だが俺は、鳥に任された「お使い」に行かなければならない。
「この東の統轄をしている長が、この島に造った家から出てはいけないと」
例外として海岸で拾ったものを届ける場合がある。それだけ接触をしたくないのだろうか。
「ただ記憶が無いというだけで、そんなこと…」
「脅威になりうる可能性があるたからだ。私の民に怪我を負わせたら許さない、とも言っていた」
しょげてしまいそうになるテツヤに、
「人の好奇心は上からの重圧など関係ない。それに、本土に渡ってしまえば問題ないだろう?」
出来るだけ明るく励まそうとするが、本土に渡ったら流れ着いたものを誰が回収するのかと聞かれた。
「テツヤはさ、自分の記憶はないままなんだろう?長に記憶を探しに島を出てもいいか聞いて、流れ着いたものを回収するのは…交代や何かで代替案を出せばいいじゃないか。そうすれば島に独りで閉じ込められているよりも早く記憶が戻るかもしれない」
*
そうと決まれば善は急げということで、昨日集めた遺品たちとともに、俺とテツヤの自分の荷物全てを抱え、港のある島へと向かう。手漕ぎの小型艇を使い、進む。
しかし、以前にあった荒い波は無く、今は凪いでいた。
龍神がいつどうやって会話を聞いたのかわからないが、就寝時に行ういつものウサギとの訓練の時に割り込んで、
『明朝、海を鎮めます。そのうちに進みなさい。我のできることはこのくらいですから』
と言ってきたのだ。もし、長との交渉が決裂しても、俺たちが本土に着くまでは海を荒くしないとも、着いたら徹底的に掻き混ぜるとも追加していた。
そうこうしている間に、船は港の端に接岸する。
周りに見えた島民は、テツヤの姿を確認するとさっと目を合わせずに建物の中へと消えた。
「なんだあれ。印象悪いな」
「いいんです。あれはいつものことなので」
独り言が聞こえたらしく、諦めたような、寂しそうな声色で薄く笑っていた。
そして長の家らしき場所へ向かうと、
「今日は遺物の日ではないだろう。帰れ」
と門前払いを喰らった。
*
「ここってどれだけ印象悪ければ気が済むんだ」
愚痴が零れるほど、他の島の住人が嫌いというのを自分に見せつけられた。
「しかたないですよ。大昔に他の島民が来たときに疫病か何か流行ってしまって、ほとんどの住民が死んでしまったというんですから」
今は広場らしき場所で、休憩を取っている。
広場まで来る途中も、飲み物を買おうとするときも、人の事睨みつけ、冤罪を平気で押し付け自分は知らん顔。考え方はどこかの国の女王様が可愛いと思えるレベル。
流石にお嬢様的思考。なんて頭で考えていた。
「いっそのこと、手紙に書いて門の隙間に挟んでから、島を出ようか」
「…何を「書く」んですか?」
…ん?
「書くって、家を出る前に話した遺品回収のことと本土に行きますってことだよ」
結果として実行していることに気が付くのは後になるので事後報告になる可能性もある。
「レンは字、書けるの?」
こちら側の文字はどことなく、「草書を更に崩した様なもの」だというのはケイに教えてもらっている。本を書くから読めるようにと、言語の教科書を渡してくれたおかげで、文法などもざっくり理解している。若干のニュアンスの違いがあるらしいので「ざっくり」としか言いようがないが。
*
そうして、拙いながらも手紙を書き、門に誰も居ないことを確認してから、門に挟む。
その際少し開けたが、気付かれなかったらしい。よかったと思う。
現在、島から離れ、本土のある方角へと二人で交代しつつ櫂を押す。
東と本土の影が互いに薄く隠れ始めたあたり、背後に何やらピリピリとしたものを感じ始めた。
「もしかして、気付いた?」
「…早くないですか?」
俺の独り言を聞いてしまったテツヤは不安そうな顔をした。
本土まではまだ遠い。距離的には半分を超えただろうが、それでもだ。
『急ぎたいのだろうが、体力を徒に消費するだけだ』
ふと声がして見上げると、そこには青い龍…龍神の彼がいた。
『そこから動くでないぞ』
首をしゃくって促すと、口を開き、息を吸い込み始めた。
テツヤは頭上にいきなり現れた龍の存在についていけていないみたいだ。
「な、なん、なんで」
まるで壊れたラジオテープの様に途切れとぎれになっていた。
ギギギ、と首をこちらに向けると、
「まさか、君、使徒、なのかい?」
使徒?いや、ただの(?)使い走りだが…。
テツヤに訊きたいが、まさかそんな、いやしかしそうでなくては、じゃあなぜ、等思考が変な方向へと進んでいく。止めたくてもこちらの話を聞かない、聞こうとしないため止められない。一体どうしろってんだ。




