第一章 四
この道は、僕みたいな商店の奉公人とか小間使いがよく使っている秘密の小道みたいなもので、左右の木の枝が張り出しているため、雪が積もりにくく歩き易い。そして直接親方の店、〈豊穣の恵〉亭の裏手に出られるのでよく利用していた。
うねる小道を進んでいると、雪面に真新しい足跡がついている事に気がついた。雪道に慣れていないのかその足跡は小さくたどたどしく、途中で一度転んでいる。
この大きさは……子供?
そしてもう一つは動物らしき物。かなりの大きさらしく、その足跡は深く、大きい。小さな足跡について行っているように見える。
足跡の続く先をずっと追うと、岩の陰に誰かが倒れている。
「大丈夫ですか!しっかりして下さい! 」
僕は声をかけながら倒れている小さな人影に駆け寄った。
こんな時期に外で倒れていては命に関わる。ほんの数時間でも指先から凍傷になり切断を余儀なくされる事もあるのだ。
倒れた人影は声にまったく反応せず、石のように固まったままだ。もしかしてもう手遅れだったのかもしれない。
僕は急いで助け起こし、意識の有無を確かめようとした。
「……女の子? 」
木々の間から遠く街の灯りが雪に反射して、まだあどけない顔を頭巾から半分だけ照らし出していた。はらり、と動いた前髪は、陽光の元にある雪原のごとくきらきらと銀に輝き、その褐色の肌と相まって何か特別な宝石を手にしているように思えた。
身に纏っている鮮やかな刺繍が施された外套や、生地の薄い白衣からして、この辺りに住む娘じゃない。
誰なんだこの子は………ん?
……このコ、うす目アケテル……
僕は試しに自分の頭をゆっくりと左右に動かしてみた。すると彼女の薄く開けられた瞳の中心は僕の顔を捉えたままゆっくりと左右に動いた。
??何がしたいんだ??
もう一度声をかけようと思った途端、真横にあった大岩が突然ぐらり、と動き出した。
「え? 何なにナニ? 」
僕は思わず女の子を抱き抱えたまま逃げ出してしまった。
脚を取られるほど雪が積もっていなかった事が幸いしたのか、何だか分からないモノに追いかけられる恐怖感なのか、いつもの道をいつもの倍の速さで駆け出した。