第一章 参
通りに出ると、どの家もおそろいの雪帽子をかぶり仲良く並んでいた。
この辺りでは冬になると当たり前のような光景なのだが、人々がこれぐらいの雪や寒さで家にこもる事はほとんど無いと言っていいと思う。
大薬師神宮の門前町に暮らす人々は、食糧が乏しくなる冬場のこそ活気付く。
翠塔山のふもとの大鳥居から山頂に鎮座する本殿へと至る大空洞は、そこに生息する植物が作り出す密林になっていて、かつては古代遺跡だったとも神の気まぐれの産物とも言われてた。
寒風の中、かじかむ手を揉みながら雪道を進み、大通りへと出た。
そうだ、新調した防塵ゴーグルとマスクは明日取りに行こうと思っていたが、この時間ならまだ店は開いているだろう。
僕は少し遠回りをして道具屋によって行く事にした。
往来を行くたくさんの人によって踏み固められた雪道を通り、大鳥居へと通じる参道へと出た。屋根の上の雪帽子よりさらに高い大鳥居は、この位置からでもその容貌魁偉な巨体を確認できない。
いつもあそこをくぐって迷宮へと旅立つ収穫者〈ハーヴェスト〉を、羨望の眼差しで見ていただけの小さな自分は今日で終わり、明日からはほんの少しだけ大きくなった自分で大鳥居をくぐる事が出来る。そう考えただけで胸元に熱いもの込み上げてくるようだった。
少しだけ見ていこうかな。
夜間の入場は原則禁止なので、門番がいるくらいで殆んど誰もいないはずだし。
僕の脚は何か奇妙な力に引っ張られるように、次第に深くなって行く雪片を踏みしめ、晦冥に浮ぶ朱色の大木へと向かう。
黒々とした木々が立ち並ぶ中、大鳥居まで半町(50mほど)の場所まで来ると、右へ左へと行き交う松明の光と共に張り詰めた空気が伝わって来た。その光照らされた数人の役人らしき人影は、棍棒やら刺又を手に何やら騒いでいる。
「どこへ行った⁉ 」
「足跡を追うんだ! 二手に別れろっ! 」
「かなり小さなヤツだ、見つけ次第拘束しろ! 」
門破りでもあったのだろうか。
収穫者〈ハーヴェスト〉以外の者の迷宮への入出門は、おもいのほか厳しく制限されている。収穫者が一人いれば、随行者として誰でも入れる事にはなっているが、年令と条件に応じて一定の〈奉納料〉と言われる金額を支払わなければならない。もちろん門破りは重罪で、捕まれば死罪もありうる。
僕はそこに立ち止まって離れた場所から大鳥居の方を見ていたが、役人の数は増える一方で、騒ぎが収まる気配はまったく無い。
面倒に巻き込まれる前に帰ろう。明日は大事な日だ。しっかり寝て体調を整え万全で臨みたい。
僕は林に隠れている右の小道へ入った。