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第一章 弐

〈豊穣の恵〉亭は、僕が小さい頃から働いている食堂だ。


カクトス親方は、父さんの昔の収穫者仲間という関係で何かと世話になっている。


家族のいない僕にとっては、ほとんど親代わりのような存在で、厳しくも優しい懐ろの大きな人だ。




 僕の母さんは僕がその存在を記憶する前に死んでしまい、僕は男手ひとつで育てられた。


 その父さんも六年前のある日、突然帰ってこなくなってしまったが、それについて僕は特に考えたことはあまりない。まわりには結構同じような境遇の人はいたし、みんながその境遇を受け入れて、助け合って生きている事がここでは日常的だった。



三十年ほど前までは収穫者と呼ばれる人々は存在しなかったそうだが、いつしか迷宮内には人を襲う凶暴な植物が出現するようになり、それらから薬師を護衛する目的で組織されたのが始まりだと聞いている。


今は主に、薬師が使う薬草や食料となる野菜を倒して収穫するのが仕事になっていた。



「俺としてはお前にこの〈豊穣の恵〉亭を継いでもらいたかったのだがな。


ノレーゴ種とカラパソン種の玉葱の違いが分かるヤツなんかお前だけだし、その料理の腕と味覚の鋭さがあれば、この店をもっと大きくだって出来たのに……だが、もうそれは言うまい」



親方は天井を見つつ溜め息を吐きながら腕を組んだ。



「すみません親方。料理は大好きですが、父さんがよく言ってた"自分にしか出来ない事"を探しに行きたいんです。僕には迷宮の中にその答えがある気がしてならない」



親方としては迷宮に挑む冒険心も、それを止めたい親心も、両方理解できるだけに苦しいところなのだと思う。

一度迷宮に入ってしまえば、軽く年単位で帰ってこれない。



収穫者として、大薬師神宮のために働くのは非常に名誉なことではあったが、その寿命は短く、ほとんどが父さんのような迷宮内での行方不明者だった。



親方のように大怪我を負っても、生きて帰って来る収穫者は本当に稀な事だと何度も聞かされていた。


「大鳥居を出るまでが収穫作戦、ですよね? 」


親方は満足そうに首肯し口端を緩める。


「無事に帰って来い。きっとだぞ」


力強く叩かれた肩はじんと熱くなって心にまで届き、再会の誓いが深く刻まれた。


僕は親方の目尻にあった光るものを見ないように頭を下げ、〈豊穣の恵〉亭を後にした。



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