第三章 二十一
「こんな所で会うなんて奇遇ね、お嬢さん方」
「……無事だったか、しぶとい奴め」
空船の桟橋で"森の人"に急襲された時、コイツもあの場に居たはずなのに、全く何事も無かったように平気な顔をしている。
黒づくめの怪人、闇蜘蛛ブブキは既に手にした縄でルルディを捕らえ、異常に長い指で首元を押さえていた。
「ここ最近の悪臭、迂闊よ。あれでは狼煙を上げているようなもの。アタシの所にはすごーく鼻の利く子もいるの」
私の眼の前には両手に大剣を持った重さ50貫(187.5kg)はありそうな大男が立ちはだかっている。
「紹介するわ、このコは頑鉄坊。アタシの代わりに貴女のお相手するわ」
それは大剣と言うよりは大楯と言った方が近いのかも知れない。ぶ厚く縦に長く緩やかに伸びるそれは、高さ一間(1.83m)以上、幅3尺(90cm)ほどの台形をしている。
それを左右一対、ふすまの様に違わせ、あらゆる攻撃を防がんと待ち構えていた。
対する私は空手の徒手空拳。
あの図体だ、速さでかき回して隙を突けば勝てない相手ではない。
分からないのは、なぜ今さらルルディを拐おうとする? 人質なら我々に何らかの要求があるはず。しかし、このデカブツは明らかに逃走の時間稼ぎ。
「なぜルルディを拐う!何が目的だ! 」
「アラ、察しがいいわね。目的はこの娘自身。ニエベ様がこの娘の身体を御所望なのよ」
「そんな事はさせない! ルルディを離せ」
ブブキとルルディのいるさらに向こう。寝室へと続く穴から現れたハイドラはナゼか作りかけの料理が入った鍋を抱え、威勢よく声を上げる。どうせなら会話のスキを突いて、少しはルルディを助けようとかしろ。正直過ぎるぞ。
「イヤだ、愛しのハイドラちゃん、残念だけど今は遊んであげられないの。ゴメンねえ」
ハイドラは遠目に一瞬チラリと私の眼を見て、腰の愛刀に手をかけた。
なるほどそういう事か。
「以前の僕と同じだと思うなよ。今の僕には信頼できる仲間も居るんだからな」
「残念ね、アナタの頼りにしている師匠はそこで無様に足止めされているわよ。ホホホ」
「……それはどうかな? ロバロ!」
ハイドラの指が鳴る音と同時に、私の後ろから地響きと咆哮をまとった巨大な牛が、ブブキ目がけて突進して行く。
しかし、そこはすかさず鉄壁の頑鉄坊が立ちはだかる。
ずしん、と辺りの石壁が揺れる程の衝撃が空気に伝播し、ビリビリと肌を震わす振動の最中、頑鉄坊の横から回り込もうとするが、大楯を横へ広げ私の動きを牽制する。
足止めを専らの作戦とする大男は流石によく訓練されていて、付け焼き刃の思い付きでは歯が立たない。
「またもや残念。ダメなコねえ」
「こっちが……本命だ!」
今の隙に二間(3.66m)ほどまで踏み込んでいたハイドラは居合抜きの要領で腰の刀を抜き放つ。
「それは悪手ね、大した腕もないのに。人質が怪我するわよ」
我が中条螺子捲流に居合の技は存在しない。小太刀二刀を主とする戦法は触れられるほど接敵してこそ真価を発揮する。
故にハイドラの間合いは遠すぎるし手足の長いブブキ相手では不利すぎる。
だが、ハイドラの一刀を叩き落とさんとブブキが振るった曲刀は空を切り、そこにハイドラの刀は握られていなかった。
私の方も間を置かず動き続け、ロバロの背を踏み台に大跳躍を敢行。追撃せんとする大楯をさらに踏んで、空中へと放り投げられたハイドラの刀めがけて腕を伸ばす。
……!
私の脚が再び地を踏んだ時には、鉄の大男は後頭部を峰打ちにて殴打され、一言も発する事なく崩れ落ちて行った。
ハイドラが、カラパソン種の巨大玉葱を倒した話を聞いた時、私は眉間のシワをよせずにはいられなかった。
独力であれを狩った事は評価できる。しかしルルディを危険に晒したまま、取る方法では無かったのではないかと、彼に苦言を投げてみた。
戦いはその場の技量・力量だけでは決まらない。どうやって勝利できる状況に運ぶかという所から始まっているのだ。
きっと褒めてもらえると思っていたハイドラは小さくしおれていたが
"これは失敗ではなく成長ととらえろ。弟子の成長を喜ばない師はいない。私はお前の成長を嬉しく思う。これからも精進を欠かさずにな"
この言葉でようやく笑顔を見せてくれた。
それから何日も経っていないというのに、彼は自分と相手の力量を推し量り、仲間を信頼し、最良の手を選択し、圧倒的に不利な状況をひっくり返して見せた。