第一章 壱
今日は僕の誕生日で明日は特別な日だった。
つまりは今日で僕は16回目の誕生日を数え、『永久迷宮』に入る資格を得る。明日そこで狩りを行う収穫者〈ハーヴェスト〉として出発するつもりだ。
この地は大昔から見渡す限り雪と大地に覆われていて、生命が生きていくには厳しすぎる環境だった。しかしこの白銀のみの世界に、忽然と現れる翠峰。それこそが死の中で唯一生命の湧き出る泉と言われる
「 翠塔山大薬師神宮」通称『永久迷宮』だった。
数百年前、翠塔山の麓に建立された大薬師神宮は、神秘の力と深い知識で霊薬を調合する"薬師"と呼ばれる神官たちがいて、各地にある薬師神社の総本山となっていた。
その周りにある薬師の里は、大薬師神宮の門前町として開かれ、数千に及ぶ人々が暮らしていた。
東の大通りに面した一角、そこに僕の働く〈豊穣の恵〉亭はある。
お世辞にも決して立派とは言えない店構えだが、店主のカクトス親方の豪快な人柄と豊かな料理の味で、客足は絶えないほど繁盛していた。
「ハイドラ、今日はもうあがっていいぞ」
厨房の隅で馬鈴薯の皮を剥きながら呆けていた僕に、親方が声をかけた。
「えっ?でもまだこんなにありますよ。明日の開店に間に合わないんじゃ」
僕は背後に積んであった野菜袋の山を見てぼやき半分に応える。
「大鳥居の頭が雲で見えんから、明日は午後から雪になる。客は少ないさ。
それにお前はさっきからニヤニヤしっぱなしで気持ち悪いぞ。明日から僕はハーヴェストに……なんて甘い妄想していたのだろうがな」
親方はひげだらけの顔でガハハと豪快に笑う。
「そ、そんなにニヤついてましたか 」
僕は顔が赤くなる。
ここ何日かは同じネタでからかわれていたので、気を引き締めたつもりだったが、そんな事は親方には全てお見通しだった。
「いつも言ってるが迷宮の中では気を緩めるなよ。少しの油断が死につながる。
ここにある野菜どもとはまるで違う」
親方は袋詰めされた野菜を肘下の義手で指した。