第三章 十八
「オルヒアさんはどうしてこの迷宮に来たのですか? 」
移動の途中、廃墟となった建物で小休止をしている時に、ハイドラがごく自然な疑問を口にした。
そういえば、今まではっきりと自分の目的について話をした事はなかったか。
私は郷里での道場のことや、弟フィーゴの病気のこと、薬を求めてここに来たことなどを大まかに語ってみせた。
「複雑なんですね……」
「一応は聖薬師ニエべに雇われて"森の人"を調査する事になっている。だが手下ではないので、ブブキに仲間というワケではないさ」
「その調査が終わったら、郷里に帰ってしまうのですか? 」
即答はできない。正直ハイドラの事もルルディの事も気にはなっている。
自分の用事が済めば"サヨウナラ"ではあまりに薄情ではないか。
それに聖薬師ニエべと闇蜘蛛ブブキ。奴らには裏がありそうだ。この迷宮を隠れ蓑に何かをコソコソやっている事は容易に察しがつく。
「お前はどうする? このまま収穫者を続けるのか」
黙り込むハイドラ。彼もまた即答は出来ないらしい。
「以前は父さんの言っていた“自分にしかできない事”を探す近道が、収穫者だと思っていました。でも今はルルディの力になる事がそれだと確信しています。その先どうするかは……ちょっと……けど、剣の修行は続けたいと思っています」
その時私の中で、ばらばらだった歯車が前ぶれもなくいきなりガッチリと歯を噛み合わせぐるぐると回転し始める。あるものは早く、あるものはゆっくりと、しかしそのどれもが加速して、私に理想の未来を見せようとしていた。
右肩の傷の治りからして、薬師としてのルルディの腕は大したものだ。ルルディならきっとフィーゴの病気を治してくれるに違いない。
ルルディにその辺りの話を聞いた事はないが、ハイドラが行くと言えばどこまでもついて行きそうに思う。
ハイドラは剣の修行を続けたいと言っているし、ルルディが一緒なら郷里に来てくれるだろう。
彼ほどの真面目さなら二、三年で私を越えて立派な剣士に成長するのは間違いない。
そして我が道場を継いで貰えば、中条螺子捲流も安泰で全て丸く収まるじゃないか。
しっしかし、こういう時はなんと言って誘えばいいのだ⁇
『ルルディの呪いが解けたら、一緒に郷里に行って、フィーゴの病気を治して、あ、治すのはルルディの霊薬で、ハイドラは道場の修行の二、三年で継いで欲しいので一緒に来て欲しい』
……長いし。何が言いたいのか自分でもわからん。
もっと短く軽い感じで
『継ぐ?』
んーーあーー……いろいろ飛ばしすぎか。意味不明の水切り遊びか。
要点だけを簡潔に、が良いな。うん。
『私と道場を継いでくれないか』
「と」……「と」かあ……ハズカシイ。
これでは夫婦になってくれと告白している様なものじゃないか。
そうじゃない、そうじゃないんだよ。
「オルヒアさん」
別に私はムコが欲しいワケじゃないんだ。
ハイドラはいい奴だ。それは分かっているしかし
「オルヒアさん!」
「は、はいっ⁉ 」
「大丈夫ですか?顔が赤いし、呼吸も荒くなってますよ」
「……何でもない、ダイジョブだ」
「そうですか。疲れが出たのかも知れません。今日はもう帰りましょう。遅くなるとルルディが心配しますし」
「そう……だな。そうしよう」
妙な気分だった。
一人の私がぐいぐいと背中を押し、前へ進めようとする一方で
もう一人の私はそれに対して頑強に抵抗し、前へ進ませないように維持を張る。
どちらの私が本物で、どちらが正しいのか。このもやもやしたものは何なのだろう。