第三章 十六
私の肩の怪我は、私が思うよりずっと重傷だった。
火口での事件の折に、落下しまいと右腕にしっかりと巻きつけた蔓が仇となり、過度の負荷と裂傷を負ってしまった。
「えいようときゅうようがひつよう」
幸いにもここには薬草が沢山保管されており、薬師ルルディは書を読み、せっせと薬を調合している。
食事に関してはハイドラがその腕をいかんなく発揮している。当初は平謝りで地面から額を離さなかったが、何をしたのか何をされたのか深く追求しない事で、ようやく顔を上げてくれた。
私としてもその方が良い。わざわざ赤面を晒せるような防御力は装備していない。
この場所は迷宮内では珍しいほどの安全地帯だ。
ルルディは薬草の保管庫にこもりがちだし、入口の通路にはロバロが門番の如く座り常に目を光らせている。
意外なことに脚の怪我をきっかけに、ハイドラとロバロは仲良くなったみたいだ。
「男の友情ですよ。なっロバロ」
ーーか、どうかは分からないが、ロバロはかいがいしく世話をするハイドラの指示に素直に従っていた。
次の日、私とハイドラは周辺の探索と復帰運動を兼ねて通路奥へ行ってみることにした。
「この辺りに倒れていました」
「んぅ。こんな状態でよく命が助かったものだ」
通路途中には、天井にぽっかりと空いた場所がある。
上を見上げると細い縦穴が続いており、先は暗くて見えない。
壊れた空船の蔓に、ぶら下がった私はルルディとロバロと共にここに落ちてきたのだろう。
若干の浮力が残っていた為に急落とは行かず、それなりの制動がかかったことが幸いしたようだ。
「運が良かった」
「この先が分かれ道になっているんです」
道幅が十間(18.3m)ほどに広がり、緑が深くなってきた。
下へと通じる道はすぐに断崖に阻まれたが、上への登りは更に奥へと続いている。
ぐるぐると互いを巻きつけ合う黄色い木や、人の手形をした珍妙な葉を持つ花などの横をかき分け狭い崖の間を抜けると、そこは火口の円周に沿って裂ける巨大な空間だった。
「滝の裏にある洞窟みたいですね」
「外側からはまったく見えなかった。こんな所があると」
裂け目の一番高い所で五十丈(151m)はゆうにある。壁の上からはちょうどスダレのように植物が垂れ下がっていて、この場所を秘境とする役目を果たしていた。
「オルヒアさん、建物が見えます」
「だいぶ古い。長い間放置されていたみたいだな」
緑の波に飲まれるが如く、枝葉の隙間に人工物が見える。そのほとんどが崩れかけている石壁の建物で、遠目にも人が住んでいるようには見えなかった。
「! ……ハイドラ、あそこを見てみろ」
低い木々の中に一本だけまっすぐ突き出た木の枝、そこには記憶にある黒い塊がとまっていた。
「あれは!」