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第三章 十三


穏やかな炎が揺れるかまどに鍋をかけて、冷えたルルディ汁をもう一度温める。


 様々な道具が雑多に散らばる様子は、ここを使う薬師が慌てていた訳ではなく、同時に多種の薬を調合していた事を表していた。


 ロバロの脚の傷は思ったよりも浅く、傷薬のおかげですぐに立ち上がることが出来た。


しかし 僕が顔面で壺を粉砕してから、丸二日経ったがオルヒアさんは未だに意識が回復していない。


 ルルディが言うには、血を流し過ぎたから回復が遅れているそうだ。


あまり無理をし過ぎると今度はルルディが倒れるよ、と言ってはいるが、"ヘイキ。ダイジョウブ。"を繰り返すばかりで休もうとしない。


今の僕ができる事は少なく、食事とか洗濯とかぐらいしか無い。


いちおう偵察のために通路の奥の方まで行ってみたが、あの臭いのする所には、岩陰から湯が沸いている場所があり、ロバロの脚の湯治に丁度良かった。その他は途中で道が他方に分岐していて、迷子になりかけただけだった。


「? 何の匂いだろう?」


目の前にはその作る方法をずっと工夫し続けている"ルルディ汁"が、美味そうに煮えているが、明らかにその香りとは異なるし、湯の沸いている場所の物とも違う。鼻腔の奥に青臭さが連続拳闘攻撃して来るような独特な異臭がする。


この下は、薬草の壺が並ぶ保管庫だが、たまにルルディが薬草を取りに来るぐらいだし、今は人の気配は無い。

さらに下には降りて行くと臭いが強くなって来た。


「ぐっ……強烈だな。吐き気がする」


 寝室の方から漂って来る臭いは、異臭悪臭を通り越して毒霧に近くなっている。


 そういえばルルディが、自分の知っている中で最高の薬を作ると言っていた。


 恐らくはその臭いなのだろうが、コレではオルヒアさんだけじゃなくルルディまで倒れてしまいそうだ。


「ルルディ、大丈夫かい? 少しは休んで……」

ルルディが倒れて……ええっ⁉


僕はうつ伏せに倒れているルルディを小脇に抱えると、疾風よりも早く悪臭漂う寝室を抜け出した。


「ハイドラ……私はもうダメだ。眠くて……臭くて……」


「しっかり!この臭いは何なんだよ、薬?」


 大げさではなく、ルルディの顔色は紫色になっている。疲れのせいもあるのだろうが、一日で急激に年寄りになった様に見えた。


「残念だ。無念だ。ワタシではオルヒアを起こすコトはできない。だがしかし、キボウはある。」


「希望? それは何? 僕にできる事があれば何でも言ってくれ!」


「あの薬は最高のデキ。オルヒアが飲めば必ず眼を覚ます。今からその方法をオシエる」


 そう言うと、コショコショと耳打ちをしたが、実際にその内容を聞きながらも耳を疑ってしまった。


「この薬を……だと? そんな鬼の如き所業をボクにやれというのか……」


「フフフ……ワタシはオルヒアを必ず助けると言った。その為なら鬼にでも閻魔にでもなる。ハイドラ、後はタノム。ガクッ」


 やけに芝居じみた台詞を口にしたところで、ルルディの緊張の糸は切れ、後には気持ち良さそうな寝息だけが残った。


一人になった僕は、ルルディに耳打ちされた作戦を反芻し、その難度の高さを改めて考えてみた。


想像の域を遥かに超える経験が必要なことは分かる。


仮にこの作戦が上手くいっても、前払い後払いの高い高い代償を支払わなくてはならないだろう。

それでも、それでもやるのか。


僕は決心のつかないまま、悪臭漂う寝室へと脚を向け、入り口から暗い中を覗く。


 やるしかないーー



 敬愛する師を救うためにはそれしか無いのだから。


戦の跡に屍を晒す事になるなろうとも。

オルヒアさんが眠っているその横には、おどろおどろしい煙が湧き立つ壺が置いてあり、僕に手にされる時を静かに待っている。


 ごくり、と固唾を飲み込み、固拳を作る。


 僕は新ためて気持ちを強く持てと自分を鼓舞し、大股で壺へと突撃した。




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