第三章 弐
「ええ。ですが、予想通りの反応でしたわ」
若い男は、あはっ、と歓喜の声を上げ、机を叩き喜んだ。
「でしょ?でしょう? 間違いないと思ったんだよ! 早くそのコをここへ連れて来てよ、きっとボクと同じさ!」
「残念ながら今は行方不明で捜索中ですわ」
今度は、ああーっと大げさに天を仰ぎ、顔を両手で覆いながら、どさりと椅子へ倒れ込んだ。
「頼む。きっときっとだよブブキくん。ウーヴァさんは実験の途中で死んじゃったからさ、やり残した実験が沢山あるんだ。早くそのコで実験を再開したいんだ」
「申し訳ありません。なにぶん"森の人"の邪魔が入りまして」
今度は痩せた顔を紅潮させ、歯をむき出しにして怒りを露わにする。
「くそうっ!アイツらあ!」
机上の本も、手を着けていない食事も関係なく全て叩き落としてしまう。
「事ある毎にボクのジャマばっかりしやがって!ブブキくん、早くウーヴァさんの薬事辞典を見つけてよ! "鬼装"の治療法を早く見つけないと、僕は死んじゃうんだからさあ」
「迷宮全体をくまなく探しております。必ず発見します故しばしお待ちを」
ブブキの丁寧な返事はもうニエベの耳には届いていなかった。
すでに足元にあった古い本に視線を落とし、ブツブツと独り言を呟いている。
黒づくめの男は丸めたその背に一礼し、音もなく書庫を後にした。
三十年前、その資質を認められ、時の聖薬師の弟子となった黒牛ニエベは、他には類をみない天賦を持っていた。
地方薬問屋の息子だったニエベは幼い頃から薬草に触れ、師事した薬師の知識をことごとく吸収し、若干十歳にして聖薬師に召喚されるまでになった。
ニエベは、それまで閉鎖的であった技術の伝承を、文字を使う事で新たに知識を書に記し蓄積することに進化させた。これは個人の経験を後世に残し、より多く人に大薬師神宮の技術の恩恵を与える大薬師神宮の理想を叶えるものでもあった。
しかし当時の誰もが、ニエベが抱える闇を見抜くことが出来なかった。
彼にとって病人は実験の対象に過ぎず、生死などには興味が無かった。書に記す方法を考案したのも、自分が効率よく知識を吸収したいがための行動だったし、書を買うために金集めの方法も考え出した。
ウーヴァを霊薬の実験台にして殺した後は、ただ知識を喰らう怪物へと変わっていった。