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第三章 壱


凍てつく雪と氷の大地に立つ緑の槍、翠塔山。


高さおよそ一万丈(3000m)の険しい山頂では剥き出しの岩肌が広がり、人はおろか動物の姿さえ見えない。その絶景は人の営みとは隔絶された自然の厳しさが変わらず存在していることを物語っていた。


しかしそこには異様な光景もある。何者も拒絶するかのようなこの地に、突然現れた大建築。綺羅とした朱の柱が並び、精緻美麗に組まれた梁が緑青の大屋根を支える。それはさながら銀世界にあって更に輝きを放つ辰星であった。


百にも及ぶ部屋には異国より運び込まれた豪華な貴重品と絢爛な調度品が並び、二百にも及ぶ薬師を常時動かし、一国の霊薬一年分を一日で作り出していた。


この地を守護し、薬師において前にも後にも並ぶ者はいないと称される、神代聖薬師ニエべが住む大薬師神宮本殿が鎮座していた。


もっとも、この地はほとんどの季節が白く塗りつぶされている為、その荘厳な姿を地上から拝むことは滅多にできない。


あそこには聖薬師が住んでいて、神のごとき暮らしをしている。そして日々人民のために神秘の技を駆使して霊薬を作っている、そう信じられていた。


地上に住む人々は、ほとんど大薬師神宮の主人の姿を見たことがないため、勝手な想像がさも真実であるかのように語られているに過ぎない。


かつての大薬師、ウーヴァがそうであったように、ニエベもまた滅多に人前に出ることは無かったのだ。

その行動範囲は極端に狭く、彼が金に物言わせてかき集めた書が詰め込まれた書庫か、非人道的な実験が行われていると噂の実験室だけだった。


そしていつものように、うず高く積まれた分厚い本の山に埋もれ、ニエベは一心不乱に知識の世界に没頭していた。日中、ここには誰も来ない。そればかりか月を通しても数回しか人に会わずに済む。こんな地上の楽園は他にはない。


「ニエベ様」


稀有な事に 障子の外から声がかかる。が、返事はない。いつもの事だ。

知識の世界に溺れている間は、なにを話かけても返事などは無い。

新たに外に興味が湧いた時にしか魂は戻って来ないのだ。


音もなく障子が引かれ、黒づくめの男が書庫へと入ってきた。


その中は、むせ返るような薬草の香りで充満し、高い天井辺りは霞んで見える。


入口の壁には、一面紙が雑多に貼り付けてある。その一枚一枚にこと細かく掟や指示が系統ごとに書かれており、直接ニエベと会話せずとも、指示を受けられるようになっていた。


 闇蜘蛛ブブキは紙の壁を素通りし、本の山をかき分け、不気味な標本の横を通り、ニエベの元へたどり着いた。

 目の前には痩せた男が座っている。


 見た目は二十代後半だが、病的に細く異様に目がギラついていて、その身には何も、羽織も打ち掛けも褌さえも、身に付けていない裸体のままだ。


 へこんだ腹、浮き出た肋骨、痩けた頬、無造作にまとめられた髪に、虚ろな目。



そして角。



 痩せた右腕には赤黒く変色し、肌が岩の如くゴツゴツとしている。


 右肩から耳のかけても同様に変わり果て、頁めくる毎に岩を擦り合わせるような音を立てる。


 希薄だった生命感は、ブブキの気配を感じるや否やみるみるうちに取り戻し、目の奥に異常な輝きが灯った。



「失敗した? 」



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