第二章 十九
「お、ようやく動き出した、オレらも移動するぞ」
"遠目"の視線の先では、少女の一行が文字通り牛歩の如く毛長牛を先頭にノロリノロリと動き始めた。
「何処へ行くつもりだヤツら」
「火口でしょう。商人が、と言ってましたから、空商人に情報を求めるのではないでしょうか」
この周辺から、火口と呼ばれる迷宮中心部へは深い森を貫く川が数本流れている。
安全を考えるなら植物の少ない川に沿って下って行く道を通るに違いない。
「下流へ先回りするぞ」
「気をつけて下さいよ。あの牛、一町(108m)離れていても匂いで気付かれま……」
"地獄耳"には枝に小鳥が止まった音のように思えた。
空気を叩き、爪で枝をつかみ、葉が揺れる音。
わずか、ほんのわずかだが、重く、音が重く感じた。
「"遠目"殿? 」
その問いかけに、"遠目"は言葉を返せない。代わりに、切り裂かれた喉からもれる空気がひゅうと鳴き、彼の絶命を報らせた。
ばしゃり、と一人分の血雨が地面に降り注ぐ。
死の匂いを嗅ぎつけた植物どもが葉を、蔓を、花をざわめかせ、さらなる贈り物を要求した。
「なっ何も聞こえなかった、聞こえなかったのに⁉ 」
この場所は樹下に食人植物の群生地がある。誰かが近づけば植物が騒ぐし、枝を渡って来たとしても音で必ず分かるはずだ。
本能的に逃走を図ろうと跳躍姿勢をとると同時に、乗っていた枝ごと脚を切断される。
宙に投げ出された"地獄耳"が見たものは、黒い毛の塊のようなの丸い物体だった。
「"森の……"」
"遠目"は遠くが見え過ぎるが故に近くが見えず、"地獄耳"は耳に頼り過ぎて普段の音を聞き逃していた。
もし樹下の食人植物が口をきけたら、きっと歓声を上げていただろう。
落下して行く"地獄耳"の行き先は、正に地獄だった。
しばらくの後、静けさを取り戻した樹上では葉っぱの化け物が枝に止まり、森の一部と化している。
どこを見ているのか、何を考えているのか、何者なのか。
ただ小さく〈かれえ〉と発した音は風に消され、誰にも聞こえなかった。




