第二章 十八
ハイドラ一行が歩いている場所から、半里(約2km)ほど離れた所に高い木々が立ち並んでいる場所がある。その枝に、全身黒ずくめの人物が佇んでいた。
奇妙な事に、その男は太い枝から伸びた蔓に逆さまにぶら下がり、一行をじっと見つめていた。
隠密集団 子蜘蛛衆の一人"遠目"
一行の一人、薬師の少女は数日前の門破り未遂容疑で捕縛命令が出ていたが、その容姿について報告を受けた聖薬師ニエベは、直ぐさま監視のみ徹底するように命令を変えた。
以来、"遠目"は付かず離れず監視を続けているが、病気で若干不自由な以外は特に変わった様子は見られない。
「チッ、平和なツラしやがって、見ているコッチがバカらしくならあ」
迷宮内を、遠足にでも来ているかのように過ごす様子を見せつけられ、思わず小声で不満を口にしている。
「口を慎んで下さい。聞こえていますよ」
一つ下の枝ではもう一人の黒ずくめが、仲間のつぶやきをたしなめる。
「こんな小声のグチを聞いているのは、オメエぐらいなモンだ。」
"遠目"は仲間の一人"地獄耳"の能力を遠回しに賞賛する。
その能力はこの距離からでも、少年少女の会話が十分に聞こえるほどだ。
「ヤツら、乳香〈バルター〉を手に入れたみてえだな」
「あの剣士いい腕してますよ。例の硬い木を半分まで切りましたからね」
「新しい"森の人"の情報はねエのか?」
「ありません。会話に単語が出てくるぐらいで、彼らも具体的に何かを知っているという口ぶりではありませんね」
逆さ吊りの"遠目"は軽くふうんと鼻を鳴らすだけで、別段興味があるワケではないようだ。
「アナタだけ先に帰ってもいいですよ」
「冗談。ブブキ様に殺られちまわあ」
子蜘蛛衆にとって頭領闇蜘蛛ブブキは絶対服従の親に他ならない。命令に背くことは即、死を意味する。
辺りは穏やかな空気が流れ、小川のせせらぎ、風に揺れる枝葉、小鳥の歌がささやくほどにしか聞こえない。少なくとも"地獄耳"が追える範囲に危険を知らせる音の存在は無いように思えた。




