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第二章 壱


伝統ある我が道場も、私の代で終わるかも知れない。



朝の空気が抜けきらない静寂の中、道場には三人の影があった。

まず一人は「はじめ」と抑揚のない声の主。武に不見識な叔父上らしい。


次の一人は二本の木刀を構えた私、名を凱門オルデヒアという。変わった道着を着ているが、これでもこの道場唯一の剣士。今年で十八歳になる。


最後の一人は武骨を絵に描いたような練達の武芸者。身体から浸み出す剣気は只者ではない。 日焼けした顔、無造作にまとめた髪、獣同然の眼光。身なりを気にする間も惜しんで磨いた豪剣と上々の前評判の男だ。

恐らくは凱門道場の娘を打ち負かせば、婿入り出来るとまことしやかに囁かれる噂を聞きつけて来たのだろうが、そんなウマい話あるわけがない。


 私は二尺あまりの短木刀を双八角に構え、切っ先で相手を威嚇する。


 幾度となく繰り返して来た勝負だが、私は一度たりとも愚昧な男共に遅れをとった事はない。


 心を平坦に近づけ、意識を拡大する。

 両者の間を、空気を読まない空気がそよと流れ、私の耳元に呼吸の声を運んでくる。

……

すぅ〈吸った〉

……

はぁ〈吐いた〉

……

すぅ〈吸った〉

……

はぁ〈吐いた〉

……

すっ〈今っ! 〉


相手の攻撃と同時に飛び出し一気に間合いを詰める。


 距離をズラされた男は視線が泳ぎ、腰の抜けた一撃を無理に繰り出そうとするが、私の短木刀は易々とそれを受け流し、体重を乗せた柄頭で相手の顎をカチ上げる。


瞬間、木造と化した男は、重々しい音と共に大の字に倒れた。


「それまで! 」


 勝利の宣言かき消す歓声と拍手、太鼓の音におひねりが飛び交う。


 道場の外には、何十人もの見物人が並び、格子の間からそれぞれの感情を声にしていた。


「いいぞ、姉ちゃん! 」「もっとやれ! 」

「オルヒア様ーっ! 結婚してーっ! 」「よっ天下一! 」

「もっとみせろー!」「短いぞーっつ」


賛辞とも嘲笑とも取れるそれらの声は、私にとってはどうでも良く、単なる雑音でしかない。彼らにとっては剣の技も勝負の行方も興味の対象ではないのだから。


私は試合の前の厳しい表情を崩さず、倒れて動かないままの男に一礼し、その場を後にした。



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