第一章 六
彼女の意外な言葉に、またもや混乱する。
確かに、収穫者には荷運びなどの目的で随行者が認められている。
僕がいれば彼女も迷宮内に入ることは可能になるが、僕自身も他の収穫者仲間に入れてもらおうと考えているぐらいの素人だ。
収穫以外の目的で迷宮内に入るなら、普通は腕の立つ者や集団に属するという方法をとる。
素人同然の僕に同行を願うなんて、何か特別な事情があるのだろうか。
「え……あの……ワタシ……知らない人に声かけられなくて……」
単なる人見知りでした
それもかなり重症。
しかしそれはそれで疑問は残る
人見知りの少女が無理に迷宮に入る目的とは?
迷宮内は毒を持つ植物やら人を襲う野菜やらがいて、普通の人にはかなり危険な場所だ。それに見たところ、小さくて武器も持っていない彼女が、戦いに向いているとはとても思えない。
もしかしたら、さっきの大鳥居での騒ぎは彼女の仕業で、一人で無理に入ろうとしたのではないだろうか。
そう考えを巡らした時、急に表の喧騒が気になり、僕は慌てて引き戸の錠を降ろした。
そして聴覚だけで表の様子を伺うと、明らかに戸を叩く音や怒号の中心がこちらに近づいて来ている。
「ルルディ、さっき門を破ろうとしたのは君なのかい? 」
僕の問いにルルディは伏し目がちに首肯する。
「どうしても本殿にいる大薬師に会いたかった。でもお金無いし、収穫者〈ハーヴェスト〉でもない……」
どうする?
自分自身に意地悪な質問を投げかける。
このまま見つかれば当然僕は疑われるだろうし、良くて明日発つ事は出来ない。悪ければ今後、迷宮に入ること自体を禁止されるかも知れない。
何より捕縛されれば死罪かもしれないルルディを、役人なんかに差し出すことなど出来るわけがない。
でもどうやってここから逃げ出す?
通りを行けば、ルルディと毛長牛のロバロでは必ず止められる。さっき来た道を大鳥居の方へ戻って……いや、ダメだ。隠れる場所がない。安全な僕の長屋へ行きたいが、そのためには二町(220mほど)は歩かなくてはならない。どうしよう、通りを歩いて疑われない方法なんてあるのか?どうしても逡巡ばかりで一歩が踏み出せない。
「ムリならいい。私ならヘイキ」
眉尻を下げてぎこちなく笑うルルディの右手は、痛々しい包帯が巻かれていた。その腕の形、大きさは華奢な彼女の一部として明らかに異形だった。
「ルルディ、その右腕はどうしたの?怪我? 」
「む……びっ病気だ。別に 感染ったりしないから、あんしんしろ」
狼狽し、今更右腕をうしろへ隠す仕草。
それにしては違和感があり過ぎる。まるでお伽話に出てくる鬼のような腕だ。
金色の瞳は視点が定まらず、次第に銀の髪が覆い隠す。
涙の気配、落涙の予感、一歩、二歩と後ずさり解決の無い方向へ逃げ出す準備。
見え隠れする彼女の過去。
途端に父さんの言葉が鮮明によみがえり、その道を照らし出す。
(ハイドラ、自分にしか出来ない事を探し出せ。そしてそれを見つけた時は迷わず進めばいい)
僕の心は決まった。
「力のなれるか分からないけど、一緒にいこう。僕は君の事がもっと知りたい。」
泣き出す寸前だった ルルディは、涙をぬぐって、差し出した僕の手に包帯の手で答えてくれた。