自己紹介
大人しく話を聞いていた少女が、ふいに彼のコートの裾を引っ張りました。
「さっき言っていた『全員』の中に、わたしは含まれていませんよね?」
恐る恐る尋ねる少女に、それはそれは優しい微笑みで彼は答えます。
「管理人さん以外、全員だよ」
澄んだ空、温いそよ風、舞う桜、曲がり角には走る美少女。
そんな決まりはないけれど、始まりといったらやっぱり四月、そう春なのです。ありとあらゆる春の要素が主人公とその物語の始まりを飾り盛り立てる、世の中そういうものなのです。
それなのに、あぁそれなのに。
三日続いた穏やかな陽気はどこへやら、ことわざなぞ無視して一変してしまいました。
花曇りと呼ぶには重すぎる曇天、おおよそ春らしくない冷たい強風。こんな住宅地の真ん中に花びら舞うような桜の木など生えてはおらず、ましてパンをくわえた美少女などいるわけもなく。
少年と呼ぶには大人で青年と呼ぶにはまだ少々子どもっぽい彼は、キャリーバッグを引きずりつつ空いている手でスプリングコートの襟をギュッとたぐりよせました。一応これでも主人公なんです、彼。
初登場のシーンがこんなとは、まるで彼のこの先を暗示しているかのよ
「放っとけ!」
……怒られちゃいました。
「って、俺なに言ってんだ?」
少年は自分の言葉に首をかしげながら、取り出したスマートフォンで地図を確認しながら再び歩きだしました。どうやら感覚でツッコんだみたいです。
そうそう申し遅れました、実況と解説担当の『天の声』です。