第二話 「夏のうわさ。」
「ミーサーキ」
左の方から私を呼ぶ声がする。先生の退屈な授業にうとうとしていた私は、寝ぼけた頭を左右に小さく振ると、そちらへ首を傾ける。
「どうしたの?」
「サキ、いま、寝ようとしてたでしょ」
「ね、寝てないよ」
「嘘。その証拠に私、最初、ミサキってよんだもん。ねー、ミサキ」
「もう、私の名前は咲だってば」
右隣に座る英美里は私をからかってはクスクスと笑っている。彼女は、この学校に入学して初めて出来た私の友達だ。席が隣ということもあって、積極的に喋りかけてくれた。背伸びしている私とは違って、大分子供らしい外見だ。髪型もツインテールだし、顔も童顔。それに加えて背も私より10センチ低い。
そんな彼女は両肩に乗っかった髪ほうきをふっと揺らして、私の方へと身を乗り出す。そして先生の方を一瞥した後、手を口にあててひそひそと話し始めた。
「ところでさ、一組の友達から聞いたんだけど、チョコレートの噂、知ってる?」
「なにそれ、チョコレートがどうしたの」
「いやうちの学校ではさ、バレンタインチョコレートに特別な意味があるらしいんだって、」
「へえ、うちにもそんな乙女な噂があるもんなんだ」
突拍子もなくチョコレートという単語が出てきて困惑する。しかし、真面目で勉強熱心なうちの学校にそんな噂がある時点で驚きモノだった。
「って、その様子じゃ、咲も噂の真相については知らないんだ」
「なんだ、英美里も知らなかったの」
「そう。友達が何故か詳しく教えてくれなくてさぁ。吹部の先輩とかからなんか聞いといてくれないかな」
「分かった。でもあんまり期待しないでね」
授業中なので、できるだけ話を簡単に終わらせて切り上げようとする。そのせいで、私は噂の真相を誰かに尋ねないといけないことになったが、実のところ、吹部の先輩とは世間話をする程仲良くない。先生と学生くらいの上下関係だ。そのため、自然とその噂について尋ねる相手は、吹部の同級生ということになる。
「咲に当てはあるの?」
「うーん、吹部友達の花あたりかなぁ」
「そっかぁ・・・でもチョコレートの噂なんてなんだか可愛くていいなって思わない?ほら、うちの学校ってさどちらかというと真面目でちょっと古風な感じだし?」
「まぁ、言っても進学校だしね・・・」
私はそう言って、授業中に開催された秘密の会合をひっそりと終えた後、私は前を向いて遅れた板書を写し始める。後ろに座るお月さまは噂について何か知っているのだろうか。この女子校に入学して三ヶ月は経ったのに、まだ一言も彼女とは話せていない。
いつか彼女と世間話をする程度に仲良くなれればいいのになぁ。そんな風に未来に思いを馳せていると、自然と私の板書を写す手は遅くなっていき、視界はゆっくりとまどろんでいった。