少女は気味の悪い赤猫の仕事を引き受ける
注目を浴びたカフェのとあるテーブルでは、人間と、機械人、獣人が揃うという異端な空間が出来上がっていた。
くねくねと赤いしっぽをくねらせながら、獣人クロノスが話を切り出す。
「それで――蒼思石は手に入ったんです?」
二杯目のティーカップをそっとソーサーに置き、人間の少女は一段と深いため息をついて見せた。
隣で指折り数えをしている機械人にちらりと目をやって、
「手に入ってたら、コレはもっとまともな思考回路で働けているわよ」
呆れたように言うのであった。
当の本人は二人の話を理解できる訳でもないので、やはり人間そっくりの五本、両手合わせて十本の指でただただ、何かを数えている。
機械人――人工的に作られた部位を持つ生き物の事。たとえ形が人間でも、獣人でも、おおよそ四割の機能を機械が担っていれば『機械人』に分類される。
機械人は二種類存在する。機械部位が五割以内の機械人は『ハーフオート』と呼ばれ、六割から九割の場合は『オート』と呼ばれる。
完全に機械であるモノは生き物には分類されず、ただの「ロボット」である。
現在はハーフオートが九割を占めており、オートは珍しい存在となっている。
ここにいる機械人の青年は『オート』な訳だが、型が古い所為か、丈夫さは十分なのだが記憶能力が欠落しているのだ。
現在脳部分を支える機械は『紅思石』を中心に構成されている。紅思石の方が安価で手に入り易いが、性能は蒼思石よりも大幅に劣る。
青年が忘れっぽいのは、その紅思石の所為であった。しかも必要最小の大きさしかないため、輪をかけて記憶能力が悪い。
「それにしても、大昔に採り尽くされてしまった蒼思石を手に入れるには相当苦労が伴うでしょう」
「現在進行形でね。 情報が入っても、大概偽物だし。 本当にジュエル庫の管理者はどうかしてるわ」
「あの倉庫も酷いものですよ。 それに管理者もがめついばかりで取引の話は全く進みませんし」
クロノスはややオーバー気味にやれやれというジェスチャーをして見せた。
少女は椅子の背もたれに完全に身を預けるようにして、腕を組む。
「この国の蒼思石に関する本は全部読んだわ。 でもどの情報も古すぎて役に立たなさそうだった」
「そいで、あっしをお呼びになったという訳ですか。 そうですねえ、ちょうどいいですねとっても」
クロノスは勝手に頷きながら、尖った爪の揃う右手の親指と中指とで軽快な音を鳴らした。
星屑交じりの煙と共に、三人が座るテーブルの中心に小さな布袋が現れる。少女の手の平でもまだ小さく見えるほどの布袋だ。
青年は魔法が珍しいのか布袋に興味があるのか、四百六十三まで数えていた指を止め、小さなそれに目を奪われている。
「……これは?」
少女は驚くことなく、単刀直入にクロノスに尋ねた。
「探し物ですよ、お嬢さん達の」
「! ……偽物じゃないでしょうね」
「良い反応ですねえ。 ご安心を。 ただ、オートの機械人を十分に動かすには小さすぎます。 現在より多少マシになる……その程度でしょう」
「それでも良いわ、現状が少しでも改善できるなら。 それで? 取引の条件は何かしら?」
「おやまあ話が早いですよ。 入手元とか気になりません?」
「どうでもいいわ」
「そうですか……残念です。 まあ、後に知る事にはなるでしょうしいいでしょう。 さて、条件ですが」
赤猫はいつにもましてにんまりと笑みを作る。
「ここ、キッカーシティから少し離れた所に『幻想の森』があるのはご存知でしょう? 最近気の触れた魔物が増えておりまして……ちょっと元凶を調べてシメて欲しいんですよ。 それだけです」
「簡単ね。 期限は付くかしら?」
「いえいえ! ご準備とかありますでしょうから、達成できた時点でご報告していただければ大丈夫です」
「そう。 分かったわ」
少女はさっさと席を立ち、未だ布袋を見つめている青年の首根っこを引っつかんだ。青年は特に動じることも無く椅子から転げ落ち、そのまま立ち上がる。
「行くわよ、フェルン」
「ん、分かった。 けど、誰だっけ?」
「あの気味悪い赤猫は『クロノス』、私の名前は『ベリル』。 今回の仕事が終わるまでちゃんと覚えておくのよ」
「ん。 ええと、ええと、クロル?」
「…………」
少女の拳が青年の顔面にストレートに入った。
続く?
世界観とか、登場人物とかについてはまた今度書くかもしれません。