仮面の力
突き飛ばされた男から阿修羅の面をかぶった少年へと視線を戻すと、彼は裏拳を振り抜いたような体勢で止まっていた。吹っ飛ばしたのは彼で間違いないと他の三人は確信した。
そしてアニキから命令が下る。
「お前ら! そいつを捕まえろ!」
「へ、へいっ!」
と、命令が下ったのと同時にピッキングをしていなかった方、背が高い方の男が掴みかかった。
しかしその動きは彼の元へ到達する前に、何かによって止められてしまった。
「あ、あれ? 身体が動かねぇ……」
「は? お前ふざけてんのか?」
「いや、全然動かねぇんだよっ」
背の高い男が身体のいたるところに力を入れるも、手足は動く様子がなかった。
不思議そうに見ているピッキングをしていた男とは裏腹に、アニキは慎重にその男に言った。
「おい。そいつから離れろ」
「アニキ?」
「いいから離れろ」
「……アニキ?」
「離れろっつってんだろ!」
急に叫びだしたアニキの指示に、なんのことかわからずに首をかしげながら離れるピッキングの男。
アニキには見えていたのだ。背の高い男の周りに光る無数の細い糸が。
その糸は蛍光灯の光によって僅かに姿を見せており、その姿を見ようと目を凝らせば、背の高い男のいたるところに絡みついているのが見える。
そしてアニキが目を凝らして糸の出処を目で追ってみると、事務所の入口がある壁の左隅、自分の右上から伸びていた。そしてそこには、部屋の隅の壁にぴったりと張り付くように、三つの赤い目が光る蜘蛛の面をつけた人間がいた。糸はその人間の指から出ていたように見えた。
「だ、誰だお前はっ!」
腰元にあるハンドガンに手をかけ、そう叫ぶアニキ。
「見つかっちゃった。見ての通り、蜘蛛です」
やれやれという風に床に着地した蜘蛛の面をつけた人間。声の感じからして、少女のようだった。
よく見ると、面の横には蜘蛛をモチーフにしたのか、上から見た蜘蛛の形をかたどったように足みたいのが付いていた。それと赤い目のせいで蜘蛛だとわかる。
蜘蛛の面を付けた少女は、そのまま動けない背の高い男の元へと近寄ると、男に話しかけた。
「どう? 動けないでしょー。私のこの糸ねー、蜘蛛の巣みたいに粘着性があるくせに、結構ピーンと張ることもできるんだよ。だからこうやって蜘蛛の巣みたいにして引っかかった獲物を絡めとることもできるわけ。私ってば天才ー」
「バカ。無駄に語んな」
「バカって何よ!」
小さな言い合いを始めた阿修羅と蜘蛛。
それをしめしめと思ったのか、ピッキングの男が阿修羅の面の少年の背後に近づいた。あと一歩で届きそうというところで、一気に飛びかかった。
「いい加減にしろォおお!!」
「あっ! バカ、後ろっ!」
「やべっ!」
言い合いに気を取られていたのか、慌てて後ろを振り向いた少年。
と、二人の間に上から一つの影が割り込んできた。
ピッキングの男は急ブレーキをかけてファイティングポーズをとる。
「待ちなさい」
「何だお前は! 今度はなんだ!?」
割り込んできた影は、タイミングが完全にズレている静止の声と白いうさぎの面をつけて現れた。
長い耳にクリリとした大きな赤い眼。完全におちょくっているようなファンシーなお面だった。
男は一瞬身構えるも、そのお面に対しての警戒を緩めてしまう。
「……なんだ?」
「悪者は私が倒す。月に代わっておしお」
「やめろォおおおお!!」
慌てて阿修羅面の少年が声で止めに入った。
「……邪魔しないで」
「タイミングよく助けてくれたのは助かった。でもパクリはよくない」
「どうして? せっかくやってみたかったことができたのに」
「なんでって……俺たちが主役だからだ。常に俺たちはオリジナルじゃないといけないだろ!」
絞り出したような理由だったが、うさぎ面の少女はどこか満足したように先ほどの男のほうへと向き直った。
「やり直しを希望したいです」
「き……希望?」
「今度はオリジナルで」
「ふ、ふざけるなぁあああ!」
「ひっ!」
うさぎ面の少女はどこか慌てるように宙へと飛び上がった。その跳躍力は人間の跳躍力をはるかに超えていて、天井ギリギリまで助走なしで飛び上がると、空中でくるりと身体をひねり、器用に月面宙返りを決めた。
その動きを視界の端で追っていた男は、後ろに着地したうさぎ面の少女へと振り返ろうした。しかし足が何かで固定されていて動かない。見ると、足元にクナイが刺さっていた。
「は?」
あまりの不可解な出来事に間抜けな声を出した男。その男に対して、うさぎ面の少女が抑揚のない声で説明を始めた。
「これはムーンサルト殺法といって、月面宙返りをして相手の意識が上に向いている間に、着地を狙おうと振り向こうとする相手に対して足元か頭部を狙って攻撃をする攻撃方法。ふふふ。私が優しい人間で良かったわね。私じゃなければ即死だったわよ」
そう言って相手に背を向けると、ピッキングの男は白目を剥いてその場に崩れた。
まったくもって何が起きたのかわからなかった阿修羅面の少年と蜘蛛面の少女は、顔を見合わせた。
そしてその一部始終を離れたところから見ていたアニキは、ついに腰元のハンドガンに手をかけ、三人の誰かに当たれば良いという思いで、三人のいる方へと向かって一発発砲した。